メディアグランプリ

「喫茶店で、注文していないものがひんぱんに出てくるわけ」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:塩 こーじ(ライティング・ゼミ)

まさか五十過ぎてからDJの真似ごとをやるとは思わなかった。

地元周辺しか流れていないコミュニティFM局は築20年ほどのマンションの一室。部屋の半分をガラスの壁で仕切り、防音設備をして急ごしらえのスタジオができている。

ディレクターが曲をかけ、合い間に僕がコメントをさしはさむ。自分で書いた原稿はやはり読みやすいのか、ほとんどNGなしの一発OKだった。

収録が終わってスタジオを出ると、録ったばかりの音声データをUSBメモリで渡された。「完パケです」とディレクター。

数日後にはこれが放送で流れるのだ。有頂天で帰宅し、さっそくメモリをPCにセットして聴いてみた。

第一声が聞こえたと同時に思った。

ぜんぜんダメじゃん、これ……

声がこもってよく聞き取れない箇所が多数。舌もぜんぜんまわってないし。

自分の声を録音して聞くとぜんぜん違った声に聞こえるというが、これほど
ひどいとは思わなかった。

こんなのが放送で流れるのか。顔から血の気が引いた。

 

まだ中坊だったころにAMの深夜放送に夢中になり、いまでもFM中心にさまざまな番組を聴いている。ラジオの世界には以前から関心があった。

1年ほど前、地元にコミュニティFMが開局し、スタッフやパーソナリティを募集すると聞いた。

直接マイクの前で喋ることはないにしても、裏方として番組づくりには関われるのではないかとさっそく面接に。

手伝ってくれるなら誰でもよかったらしく即採用。若くもなく学歴もない僕が、拍子抜けするほど簡単にラジオの世界にもぐりこめた。

しばらくCDの楽曲を音声データに変換したりとかの地味な作業をまかされた。開局したてで人もいなければ音源も足りなかったらしい。家にある70~80年代の洋楽CDを持っていくと「いいCDもってるね」と、やはり洋楽好きのディレクターに喜ばれた。僕のCDが電波に乗って地域一帯に流れることになった。

 

開局したてのFM局は番組もまだわずか。終日同じBGMばかり流していて聴取者から不満の声も届いているらしい。

「アーティスト特集でもやりましょうか。1発目は誰でも知ってるような大物バンド、ローリング・ストーンズで」

僕の提案にディレクターはあっさりOK。選曲もコメントも僕の自由で、ついでに喋りもやってくれと頼まれた。「ロックにくわしくない人に喋らせると言葉が浮いちゃうからねえ」

 

この年でロックにハマっている自分が少し恥ずかしくなった。

――つたない喋りのままストーンズ特集はオンエア。意外に好評だったらしい。月イチのペースでロックの代表的アーティストを特集することになった。

かけたいアーティストや楽曲はいくらでもある。ずっと聴き続けてきたロックが、はじめて仕事の役に立った気がした。

 

ライターの必要条件のひとつは、自分の得意ジャンルをもつことだ、とこのごろ強く思う。

この分野なら誰よりもくわしい、いくらでも語れることができる、そんなジャンルだ。

はっきりいって僕がラジオで語ったストーンズ話なんて、ロック好きならだれでも知っていることばかり、マニアからすれば一般常識みたいなものだ。

ロックをまったく知らなくてもウィキペディアで調べれば(コピペすれば)、それなりの曲紹介は書けてしまう

もっともっとマニアックでないと。ロックにせよ、なんにせよ、自分の好きなものを深く、かつ面白く語れることがライターには必須だと思う。

それがあまりにもニッチで、ほかに詳しい人がいないような分野ならなおさらいい。自分に仕事がまわってくる率が高くなる。

ライター募集に応募すると、よく訊かれるのは「どんな分野が得意ですか」という質問だ。「僕は〇〇のジャンルが得意です」とアピールしなければならないときもある。

日ごろから常に、自分の得意分野はなにか、考えておく必要がある。だけどこの僕に、他人に誇れるような得意ジャンルがあるとは思えない。

振り返ってみれば、いままで中途半端な生きかたばかり。ひとつの物事を究めた経験があまりない。仕事にしても趣味の面でも。

いったい俺は五十数年というもの、何をしてきたんだろう。時おりそう考えてガク然となる。

いまや僕の脳内は、断片的な知識が雑多に散らばっている状態だ。バラバラな知識は、いざというときあまり使いものにならないだろう。

たとえ知識や経験を積んでいても、それを眠らせておいて活用できないのでは意味がない。

 

コミュニティFM局での収録も3度目になった。1度目につづき2度目の収録も聴いてみたが、やはり人に聞かせられるようなものではないと思った。

ディレクターから喋りについては、とくに指摘はなかった。商業放送ではないので、多少シロートっぽくてもOKということなのだろう。でも喋っている本人にしてみれば耐えられない。聴くたび激しい自己嫌悪に落ちる。

3度目の収録。スタジオへ車を走らせながらも気は重い。

そんなときふと思いだした。

そういや劇団の養成所にいたころ、レッスンのたびに発声練習ってやってたよなあ。

役者にとって発声や滑舌は重要だ。毎回レッスンを始める前に発声練習は必ずやらされる。本番の舞台に出る直前に、楽屋で発声練習する役者さんを見たこともある。

発声練習は芝居だけではない。テレビやラジオなど人前で喋る職業にも有効だ。

専門のアナウンサー学校に通っていた人なら常識だったろう。しかしこれまで喋りを仕事にしたことなどなかった自分は、まったく気がつかなかった。

FM局のあるマンションに到着するまでの約20分間、ハンドルを握りながら大声で暗唱した。アエイウエオアオ、アメンボ、赤いな、アイウエオ……

若いころさんざんやらされたので20年以上たった今でもしっかり憶えている。

なぜいままで、収録前にこれをやらなかったのだろう。知識としては知っていながら、現実の場で生かせなかったのだろう……。

 

自分には専門知識や得意とする分野は何もない。ほとんどの人はそう思っているだろう。でもそれはもしかしたら自分が気づいていないだけかもしれない。

まだまだ自分の中には活用していない知識やスキルがある。自分でもその価値に気づかずにいるのだ。

自分を客観的に見ることで、他の人にはない自分だけのセールスポイントが分かってくるのかもしれない。僕は録音された自分のトークを聞いて、はじめてその滑舌の悪さに気がついた。これはウリにはならないが。

なるほど、喫茶店でカフェオレを頼んでもブレンドコーヒーが出てくることが多いわけだ。たいていは「ちがいます」と言いだせずそのまま飲んでしまうんだけど。

 

 

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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