メディアグランプリ

下山さんの、スポーツマンシップ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:オノカオル(ライティング・ゼミ)

「チャレンジ!」
声高らかに、ジャック・ソックは審判に要求する。

オーストラリアのパースで開かれた、
テニスのホップマンカップでのひと幕だ。
対戦するレイトン・ヒューイットが放ったファーストサーブは、
ギリギリのラインでフォールト(ミス)の判定。
すぐに気持ちを切り替えて次のサーブへの体勢に入った
ヒューイットに、ソックが思わず声を掛けた。

「今の、入ってるぜ。チャレンジしなよ!」

“チャレンジ”とは、審判の判定に疑問がある際に、
1セットに3回だけ認められた、ビデオ判定による確認を
要求(チャレンジ)出来る権利のことである。

もちろんこの場合は、ヒューイットの方が
チャレンジ権を行使するのが普通である。
しかし、「チャレンジ!」と叫んだのはソックの方だった。

まさかの告白に、ヒューイットはポカン。
審判もビックリして「入ってたの?」と訊いた。
それでも「チャレンジだ!」とソックは笑いながら審判に叫ぶだけ。
あり得ない事態に会場も笑いに包まれ、
「わかった、わかったよ、チャレンジするよ」とヒューイット。

会場からの手拍子の中、ビデオ判定の映像が流れると、
なんとサーブはインしていた。
ドッと会場を覆う、温かな歓声。
照れ笑いするソックと、申し訳なさそうに微笑むヒューイット。
僕はそこに、最高のスポーツマンシップを見た。
と同時に、自分の心の奥の方にしまっておいた
酸っぱい記憶も思い出していた。

高校2年生の頃だった。
僕は壁に貼り出された自分の名前をぼんやり見つめていた。

当時はまだ、定期テストの結果が
きちんと数字になって貼り出され、
上位100名ぐらいはバッチリ名前入りで
全クラスに掲出されるという仕組みだった。

何枚も横に連なっていく紙の、一枚目。
トップ10の一番下の欄に、初めて自分の名前が載っていた。
1学年10クラス、総勢400名を超す中での、10位だ。
それは堂々たるものだった。傍目から見れば。

“学校”という場所には、じつに数多くのヒエラルキーが存在する。
容姿、部活、そして勉強。
その他にも様々なファクターが存在し、そこはかとない認知が蔓延し、
みんな誰もが誰かを見上げたり見下げたりして、自分の立ち位置を“確保”する。

イケてる女子はイケてる女子とグループを形成し、
たとえクラスが違っても、なんとなくイケてる男子と仲がいい。

部活を頑張るスポーツバカがいれば、
オシャレやバンドに目覚める輩もいる。

普段はやかましいだけの奴が、行事になった途端に
「この世の春」と言わんばかりの活躍を見せる“お祭り野郎”に変貌する。

かと思えばジッと大人しく、日の目を浴びることもないかわりに
平穏無事な生活を過ごして卒業の日を迎えるピースフルな人々もいる。

当時僕は“外国”など知らなかったが、
「ここもひとつの国なのだ」と思っていた。
様々な人種が集い、異なる文化や思想を共有して、日々を共にする。
そんな、国だ。

そしてそんな平和な民主主義国家の中で僕は、
“総合点”で勝負しようとするタイプの人間だった。

7歳から始めたサッカーは高校に入ってからも続け、
2年生の秋には新キャプテンを任されるまでになった。

私立のスポーツ推薦を蹴って公立高校への進学を選んだからにはと、
勉強もそれなりに食らいつき、学年で30番以内には常に入れるよう努力した。

そんな涙ぐましい“見栄”と汗臭い“努力”の甲斐あって、
僕はそれなりに充実した高校生活を送っていた。

そんな僕の中でのちょっとした事件が起きたのは、
高校2年生の冬の話だ。

同じクラスに、下山さんという女子がいた。
ハンドボール部に入っていて、普段から物静かな印象だった。

ご飯を食べるにも、授業のちょっとした移動でも、
たとえばトイレに行くのだっていつも同じグループで
金魚の糞のように動く女子とは対照的に、
下山さんはひとりでいるのが平気なようだった。
むしろ、ひとりでいることを好んでいるようにさえ見えた。

たとえば3限目が終わったあと、
部活男子が早弁を食べ始め、無気力女子がイヤホンで音楽を聞き、
とりとめのないお喋りやだらしのない笑い声が教室中に溢れる中、
ただもの静かに文庫本に目を落としている。

いつも同じブックカバーをかけていたから、
どんな本を読んでいたのかもわからない。
だけど彼女は、いつも同じペースで
ページをめくっていた気がする。

僕の通っていた高校は自由な校風が売りで校則が比較的緩かったせいか、
女子はみんなスカートの丈やらそこまできつくないメイクやら、
アクセサリーやらPHSやら髪の毛の色を気にする子がほとんどだった。
そんな中下山さんは、短く切り揃えた黒髪と、校則通りのスカート丈と、
化粧っけの全くない顔で毎日を淡々と過ごしていた。

下山さんは、“特段変わったところがない”という意味で変わった女の子だった。
でもそんなサバサバとして凛とした下山さんを好む女子も多く、
彼女は誰からも信頼され、一目置かれているようにも見えた。

そして彼女は、クラスで一番テストの成績がよかった。
そして僕は、クラスで一番下山さんが苦手だった。

2年生も秋を迎えると、各部活動は代替わりの時期を迎える。
夏のインターハイをもって引退した3年生を送り出し、
いよいよチームが本格的に新体制へと突入するのだ。

僕は、満を持して新キャプテンに就任した。
学校という国の中に、いくつもの県がある。
僕はサッカー部という県の中で、そこの長としても頑張っていくのだ。
僕は意気揚々と、人生最初の「キャプテン会議」なるものに参加した。

キャプテン会議とは何か。
僕の通っていた高校は雪国の高校なので、
それこそ冬の部活動は場所の取り合いとなる。
普段の本拠地をグランドに置いているサッカー部は、
雪に閉じ込められてしまう冬の間は冷遇されてしまうのが通例だ。

体育館を使用する室内競技の部活が優先的に体育館の時間を確保し、
そのあと話し合いで隙間時間をサッカー部の使用時間として分けてもらう。
そんな会議に、キャプテンになりたての僕は参加していた。

そしてそこに、下山さんがいた。
ハンドボール部の新キャプテンとして彼女も参加していたのだ。

僕の高校のハンドボール部は全道大会常連の強豪だった。
だからこそ、体育館の使用に関しても発言権が強い。
暫定的に割り振られた体育館使用表も、
ハンドボール部はいい時間帯といいスペースが確約されていて、
わかっていたこととはいえ僕はそれを羨ましく思った。

滞りなく進んでいた会議が終盤に差し掛かった頃、
下山さんが手を挙げた。
彼女は静かに、それでも一定のトーンでこう告げた。

「野球部、サッカー部、ラグビー部にも、
もっと体育館での練習時間が割り振られるべきだと思います。
夏の間、私たちはずっと体育館で練習できています。
冬の間も、走り込みや筋トレなど、
体育館以外でもできることはたくさんあるし、
そこは融通をきかせるべきかと。
北海道にいる限りは雪は降るのだから、
冬場の練習場所に関してだって屋内競技と屋外競技は
フェアーであるべきかなと、個人的には思います」

みんな、その発言にぐうの音も出なかった。
ラグビー部の主将は無邪気に喜んでいたが、
僕はなんだか素直に喜べなかった。
下山さんはほんとうに、
誰をも寄せつけないぐらいにフェアーだったのだ。

誰にも言ってはいないし、誰にもバレてはいないが、
僕はその頃から下山さんを勝手にライバル視し始めていた。
負けたくない。と勝手に、そして強烈に闘争心を燃やしていた。

定期テストが近づいていて、僕は持ち前の“負けず嫌い力”を
ありったけ振り絞って、あれだけ嫌いだった数学の勉強を頑張り、
得意の文系教科に関しては“地獄の一夜漬け・三連荘”で
教科書のテスト範囲をほぼほぼ丸暗記した。

テスト一週間前は、部活動が休止になる。
部活動で培ったあり余るエネルギーを、僕はすべて勉強に注ぎ込んだ。
その甲斐あって、その時のテストは我ながら会心の出来だった。

さて、採点されたテストが返ってくる。
成績上位者は、先生から発表される。

「上位得点者、93点、下山」
ま〜た下山さんかあ。驚きにも諦めにも似た感嘆の声があがる。
そのあとで最高得点者として、自分の名前が呼ばれる。
「95点。今回頑張ったなお前」
先生も嬉しそうに僕の名前を呼んでくれた。
僕は恥ずかしいぐらいに有頂天になっていた。

このままいけば、初めてのクラストップだ。
ついでに言えば、学年でも10本の指に入るチャンスだ。
下山さんにも勝てる。
「あんたは淡々とクールにやってそんな感じかもしれないけど、
俺は俺で必死で足掻いて今の俺やってんだよ。絶対に負けられない」
今こうして書き起こすと赤面してしまうぐらい
恥ずかしい感情を燃えたぎらせながら、
いよいよ最後の教科の答案返却の時がきた。

これで、今回の勝負のすべてが決まる。
勝手に僕が下山さんをライバルとした、
一世一代の大勝負が決着する。

今でもよく覚えている。
それは英語のテストだった。

そこまでの合計点数はたった2点差で僕がリードしていた。
世界中探しても僕だけが知る、僕と下山さんの合計点数を、
僕は律儀に答案が返されるたびにメモしていたのだ。

成績上位者が発表されていく。
2人目のところで、僕の名前が呼ばれた。
92点。よかった。
でも、でもまだ、下山さんの名前が呼ばれていない。
その直後、恐れていたことが起こった。
「最高得点者は、下山。95点」
おおーと、クラス中が羨望の声で満ちた。
作り笑いをして、必死に「お〜」とは言ってみたものの、
僕だけは、嘘だ嘘だ嘘だと、ひとり打ちひしがれていた。

あんなに頑張ったのに、また負けた。
おそらくもうこんな会心の出来など二度と訪れないだろう。
なのに、負けた。よほど悔しかったのだろう。
答案が手元に返ってきて先生が解答の説明をしている時、
自分でも思ってもみなかった行動に走った。

最後の2個手前の選択問題。
正解は「d」だった。
僕は「a」か「d」か悩んだ末に、「a」と書いて間違った。

僕は周囲を見渡していた。
当時の僕の席は一番後ろの廊下側、
つまり誰からも覗かれない位置に席があった。
手に握りしめていた赤ペンをシャープに持ち替え、
僕は自分でも信じられない行動に出ていた。
「a」 の綴りの上に線を書き足し、「d」に書き換えたのだ。

「先生、ここ採点ミスがあります。正解dなのにバツになっちゃってます」
答案を持って前へ行き、ばつが悪そうにそう言えばいい。
そうしたら、総合の合計では勝てる。

何百人もの丸付けをするのだ。
先生方の採点ミスも日常茶飯事だった。
その英語の先生は特に雑なところがある先生だったから、
テストのたびにそういった間違いがあってよく修正が入ったものだった。

心臓の音だけが聴こえた。
ほんとうに耳から心臓が飛び出しそうだった。
カンニングより汚い行為を、これから俺はしようとしている。
そんな罪悪感と緊張感で、手に異常な汗を掻いた。

解説を続ける先生の声が遠くに聞こえて、
頭がどんどんぼーっとしてきた。

「というわけで、解説は終了です。
何か採点で気になることがある人は前に〜」
先生がそう言った。

手元の答案は、もう書き直している。
誰にも見られてなんかない。
ここで出て行かなければ、負ける。
立て。立って、なんでもないように先生のところへ行け。

行け。そう思って思い切り椅子を下げたその瞬間、
視界の端っこで誰かが席を立った。

下山さんだった。
彼女はいつもとなんら変わりない所作で先生の前まで行くと、
いつもと変わりない無機質な声でこう言った。

「先生、採点にミスがあります」と。
「おお、マジか〜。悪い悪い、どこ間違ってた?」
と悪びれずに覗き込む先生の顔色が少し変わった。
そしていくつかの言葉を交わしたあと、
「下山、ごめんな」と先生は言った。

下山さんは、静かに席に戻った。
何事もなかったかのように自分の席に戻り、
答案を丁寧に畳んでクリアファイルにしまった。

先生が教室に向けて喋る。
「え〜、先程ですね、最高得点者は下山の95点と伝えましたが、
先生間違って丸を付けていて、下山は93点でした。
と、いうことで、謹んで訂正させて頂きます!」
ざわついていた教室が、一瞬静かになったのを覚えている。
え、わざわざ自分の点を下げに行ったの?
そんな心の声が聞こえてくるようだった。

僕はだらしなく中腰になった尻を、
グイッと後ろに下げたままになっていた椅子に沈めた。

1点差で、僕は合計得点で下山さんに勝った。
学年のトップ10にも入った。
文武両道ですごいね、と色んな人から言われた。
でも、そんなこんなで、僕はちっとも嬉しくなかった。

僕は不正を犯そうとしたのだ。

生きている限り、競争は免れない。
負けたくないという気持ちは、何よりも大事だとも思う。
しかしそれと同時に、フェアーでなければならないとも強く思う。

冒頭で出て来たテニスプレーヤーのジャック・ソックは、
対戦したヒューイットにストレート負けを喫している。
でも同時にこうも思うのだ。
彼は一番負けてはならない相手には負けなかったと。
もちろんそれは、自分自身である。

なにせこの戦いが、
この世で“いちばん”ハードなのだから。

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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