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お父さん、ありがとう。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:宅野美穂(ライティング・ゼミ日曜コース)

私は、5年ほど前まで某生活雑貨店に勤務していた。
担当していたのは、健康雑貨売場のヘアケア用品。
サロンで取り扱っているようなシャンプーやトリートメント、スタイリング剤などの発注や陳列をしていた。

仕事中は商品の在庫確認、レジ応援といった連絡をスムーズに行うため、インカムを付けて業務に臨む。
その人に出会った日も普段通りにインカムを付け、お客様からの問い合わせに品出しにと、フロアを飛び回っていた。
忙しいのが少し落ち着き、ホッと一息ついた時、ある業務連絡がインカムのイヤホンから聞こえた。

「“ぬるぬるおじさん”が来たので注意してください」

……?
“ぬるぬるおじさん”ってなんだ?
一瞬、私は何を言われたのか理解できなかったので、近くにいた同僚に聞いた。

「“ぬるぬるおじさん”って何よ?」
「え、その人来てるの? テスター仕舞わないと!」

“ぬるぬるおじさん”という単語を聞いた瞬間、同僚は焦った様子で店頭に駆けていった。
「質問の答えは?」と思いつつ、同僚が戻ってくるまで私はモヤモヤを抱えながら品出しを進める。
しばらくすると、どことなく達成感に満ちた同僚が戻って来た。

「いやー、なんとかやられずに済んだよ」
「……何が?」

全くもって分からない。
とにかく“ぬるぬるおじさん”が何なのかを聞かないと、私のモヤモヤは消えない。

「そっか、会ったことないんだ!」

意外だねといった様子で同僚は説明してくれた。

“ぬるぬるおじさん”は、よく売場に現れるおじさん。
なかなか個性的な方らしい。

私が担当しているヘアケア用品の棚は3列。
その隣にはフェイスケア用品の売場があり、やはり3列、棚がある。
フェイスケアも、ヘアケアも、いわゆるテスターが置いてある。
ヘアケアだったら、スタイリング剤やアウトバストリートメント。
フェイスケアだったら、化粧水や美容液。
お客様に、実際に使い心地を試して購入の参考にしてもらうためだ。

“ぬるぬるおじさん”は、そのテスターを片っ端から頭に塗りたくるのだそうだ。

「全部!?」
「そう、全部」

信じられないといった様子で聞き返す私に、同僚はあっさり答える。

「化粧水もスタイリング剤も、全部ごちゃ混ぜってこと?」
「そう」

……親父、強者でしょ!

「でも、そんなに大量の液体を髪につけたら大変なことになるんじゃ……」
「だから、“ぬるぬるおじさん”なんだよ」

なるほど。

「おっさん、頭に塗りたくった手で次に行くから、テスターがベトベトになるんだよね。他のお客さんの迷惑にもなるし。だから、“ぬるぬるおじさん”が来たら、テスターを仕舞わないといけないんだよ」

さっき、焦ってテスターを仕舞いに行ったのは、そういうことだったのか!

「ほら来たよ、うちの売場にも。あの様子だと、フェイスのチームは間に合わなかったみたいだね」

同僚が顔を向けた方へ視線をやると、いた。
明らかに頭がぬるぬるしているおじさんが。
恐らく、フェイスケア用品の化粧水や美容液を頭に塗ったおじさん。
その上で、スタイリング剤を塗ろうとしているおじさん。

私は、戦慄を覚えた。

「あれ、出禁にはしないの?」
「うーん、単純に試しているだけだって言われたら、それまでだからね」

そういう問題か!

「髪に良くないんじゃないの?」
「うーん、でも、化粧水とかって基本的に肌につけるものでしょ? だから頭皮にも影響ないんじゃない?」

そういう問題か(2回目)!

私と同僚がそんな会話をしているうちに、“ぬるぬるおじさん”は去って行った。

「お、帰った。テスター出さなきゃ」

やれやれといった様子で同僚は再び売場へ行ってしまった。
随分、冷静だな!
私は、ひたすら心の中でツッコミを入れた。

別の日。
同僚が慌てた様子で私の方に向かって来た。

「ちょっと事件だよ!」
「はい?」
「“ぬるぬるおじさん”が来たんだけどさ、今日は一人じゃないんだよ!」

えー?
一人じゃない?
友達でも連れて来たっていうこと?

やや混乱しつつ、聞き返した。

「どういうことよ?」
「すごいよ! 娘と来てるんだよ!」

……はい?
む・す・め?

「はあっ!?」

あのおっさん、娘がいるのか?

「娘もぬるぬるしてるの?」

思わず聞いてしまった。

「いや、してない」

安心した。
いや、それどころじゃない。
“ぬるぬるおじさん”に娘がいたことが衝撃だ。

「まだ売場にいるから、見に行ってきなよ」

同僚に促され、売場へ向かう。
……いた。
“ぬるぬるおじさん”がテスターを頭に塗りたくっている横に、4、5歳くらいの女の子がいる。
牽制のために、おじさんの近くのテスターを仕舞った後、同僚のところへ戻った。

「本当にいた!」
「でしょ? 結婚していたことにびっくりだよね」

本当だ。
ただし、私だったら旦那がぬるぬるしているのは、嫌だ。
いや、娘の立場だったら自分の父親が店員に“ぬるぬるおじさん”とか言われるような行動をしていること自体、恥ずかしい。

「娘は、どんな気持ちでお父さんを見ているんだろうね」

娘に同情してしまった。
自分の父親が“ぬるぬるおじさん”じゃなくて良かったと、心底思った。

「俺は、娘の前ではあんなことはしないよ!」
「分かってるよ!」

なぜか、同僚が言い訳してきた。

あれから5年の月日が経った。
私は生活雑貨店を辞め、制作会社所属のライターとして働いている。
“ぬるぬるおじさん”のインパクトはすごく、未だに忘れることができず、こうやって記事のネタにしてしまっている。
今、彼はどうしているのだろうか。
まだ、ぬるぬるしているのだろうか。
当時、小さかった娘さんも、そろそろ難しい年頃になっているだろう。
今度、売場に寄ることがあれば聞いてみたい。

「まだ、“ぬるぬるおじさん”は来ますか?」と。

できれば、娘のためにも来ていてほしくない。
家族のためにも、父親には情けないことをしてほしくない。
それが、娘というものだ。

幸い、私の父はぬるぬるしていない。
だからというわけじゃないが、家族のために働き、周りに恥じない行動をしている父を誇りに思っている。

お父さんが私のお父さんで良かった。
ありがとう。

***

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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