メディアグランプリ

教室では教わらなかったことを、“放浪者”から教わった。


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記事:オノカオル(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「落ちてきてるだろ? 顔の左半分がさ」
 
指で目の辺りをおさえながら、老人はそう言った。
黒のハットから、白髪混じりの長髪が肩まで伸びている。
 
「俺は右利きだからさ、左側が落ちてくる。
ときどき鏡を見るとね、自分が思ってるよりもずっと、
カッコ悪くなってるってのがわかる」
 
細かな皺を刻んだ目尻を辿ると、
そこに強い光をたたえた目があった。
 
確かに目は垂れている。
しかしながらその目は、
今まで見た中で最も強い眼光を放っていた。
 
その日僕は、インタビューに来ていた。
相手は日本を代表するファッションデザイナーである。
 
「ゲロを吐くようなもんだよ」と、彼は答えた。
「創作とは?」という質問に対してだ。
いきなりすごいインパクトだ。
 
インタビューはアトリエを利用して行われたから、
周りには彼が手がけたコレクションがずらりと陳列されていた。
モノトーンの静謐な世界が広がっている。とてもゲロには見えない。
 
ゲロを吐くというのは、なかなかしんどい行為だ。
そういう“産みの苦しみ”みたいなことを言っているのだろうか。
それなら生みだすことを生業とする端くれとして、
多少の理解はある。
「ならばその原動力は?」と訊いてみた。
 
「締め切りかな」
意外な返答だった。
 
「締め切りがある仕事でよかったよ。
なかったら俺、ずっと仕事なんてしない。
たぶん一回もコレクションなんて開いてないな」
なぜか自慢げに、彼はそう言った。
 
思った通り、変わった人だった。
でもだからこそ、インタビューは面白い。
 
矢継ぎ早にポリシーを訊いてみる。
 
返答は3つだった。
宣伝しないこと。
雑誌のコマーシャルページを買わないこと。
そして、セレブに服をプレゼントしないこと。
 
「だって、作ることと着ることは対等でしょ?
着る方が偉くなってしまったら、
服はおかしな方に行ってしまう」
彼は強い口調でそう言った。
 
「いちばん辛いのは、無視ね。
見向きもされないこと。
 
シカトされるのが、いちばんきつかった。
だからさ、まずは“批判される”服をつくろうと思った」
タバコをくゆらせながら、彼はつづける。
 
「自分のことなんて誰も知らない、
こいつがすごいのかそうでないのか、
まったくわかんない状況の中ででも、
ちゃんと共感される。熱烈に支持される。
 
『こいつのこと知らないけど、何コレ超いいじゃん!』
それがいっちばん面白いと思うんだよ」
と彼はうれしそうに話した。
 
書くことも一緒かもしれない、と僕は思った。
 
無謀とも思われた彼の挑戦は、
強烈なブーイングと熱烈なブラボーを
半々で受ける結果となる。
 
試行錯誤を繰り返したのち、彼は徐々に評価を得て、
遂にはパリコレ進出を果たした。
その頃には周囲も彼に一目置かざるをえず、
彼は一気にスターダムにのし上がっていった。
 
「ヤバいと思ったね」
当時を思い出して、彼は顔を歪めた。
成功したのに、ヤバい?
どういうことだろうと素直に思った。
 
「だって、こっちは“反抗”しに行ってるんだぜ。
認められたらおしまいでしょ?」
 
つくづく面白い人だと思った。
褒められたら喜び、認められたら嬉しい。
それが人間だと、僕は思っていたからだ。
 
彼はファッションに対する持論も語った。
「女の子は、お人形さんじゃない。
ちゃんと欲を持った、世界でいちばんセクシーな生き物だ。
 
だから予定調和な服なんか作りたくない。
左右非対称をやりたいし、引き裂きたいし、
ぶら下げたいし、穴を開けたい」
彼の言葉には、次第に熱がこもっていった。
 
「そういう衝動がなくなったらおしまいなんだ。
パリは、俺から牙を抜こうとした。
勲章をエサにして、俺を骨抜きにしようとした。
だから俺はヨーロッパを飛び出した。
行き先はどこでもよかったけど、モロッコに向かった」
 
そこまで話して、彼はようやくコーヒーをひと口飲んだ。
自分の喉がカラカラなことに、そのとき初めて気づいた。
 
「そこら辺のジジイがさ、コーランを読み上げてるんだよな。
美しいんだよ、わかるかい? 美しいんだよ。
 
それときったないカフェでさ、
若者どもが歌で日常会話をしてるんだよ。
 
わかるか? それは生活の歌なんだ。
商売じゃなく、生きるための歌なんだよ」
 
わかるかと訊かれて頷いたのは、
僕にも似た経験があったからだ。
 
アルゼンチンにいた頃、
僕がまだ大学生と言われるモラトリアムを生きていた頃。
 
暇さえあればバックパックで旅に出ていた。
南米大陸は貧富の差が激しい。
街中のメインストリートにさえ、物乞いの姿がある。
 
パラグアイのアスンシオンを訪ねたときのことだ。
片足のない物乞いを街角で見かけた。
もうすぐボリビアに入ろうとしていた僕は、
いらなくなったグアラニー(パラグアイの通貨)を握りしめ、
古びて色褪せたギターケースに小銭を投げ込んだ。
 
両替すらもままならない小銭を処分しようと思ってのことだった。
可哀想な人に恵みの手を差し伸べられて、一石二鳥。
そんな風に思っての行動だった。
 
顔を上げた物乞いの顔を見て驚いた。
片目が義眼だったからだ。
 
一体この男はどんな人生を歩んできているのだろう。
そんなことを感じざるをえなかった。
 
いたたまれない気分になって、
僕はその場を立ち去ろうとした。
 
すると背を向けた僕を、物乞いの男が止める。
男は壁に立て掛けていたギターを残っている方の足にのせた。
 
ギターをつまびく。
 
驚いた。
素人の僕でも一瞬でわかるほど、圧倒的に上手いのだ。
 
彼の声を聴いて、もっと驚いた。
しゃがれているのに透き通った、
鋼と硝子で出来たような声だったのだ。
 
憐れみなんか、まっぴらごめんだぜ。
 
彼の歌は、僕にそう言っている気がした。
 
はからずも、ゴールデンアワーだった。
夕陽が美しく沈み、
ギターと歌声だけが静かな街に響き、
歌い終えたあと、ひとしきり教会の鐘の音が鳴った。
 
僕はしばらく立ち尽くしたあと精一杯の拍手を送り、
そのあとで今度は紙幣をギターケースに入れた。
10年以上前の話である。
 
「とまあ、そんな経験があるんですよ。
だから何となくですが、僕にもその話はわかるような気がします」
と、僕は目の前の老人に話した。
 
彼は目を閉じて味わうように僕の話を聞いてくれ、
少しだけ体を揺らしながら、時折深く頷いてくれていた。
まるで、音楽を聴いているかのように。
 
そのあとで彼は、とても美味しそうにコーヒーを啜った。
「手でパターン引くのなんか、ほんとはめんどくさい。
うん、めんどくさいんだよ。
 
でも、やる。
最低10年は着れるようにと思って服を作ってる。
着る人にさ、服と暮らしてくれ、って思ってるんだ」
 
インタビューは、終わりに近づいていた。
僕は、ずっとこの人の話を聞いていたいと思っていた。
 
理想の暮らし方についても尋ねてみた。
 
「大学生みたいな部屋に住んでさ、
いつでも出ていける状態。
 
マンションも高級車も買っちゃダメだ。
いや、買ってもいいけど、所有しちゃダメだ。
人間って生き物は欲深いからね、
所有した途端に、所有されちまうんだよ」
 
スナフキンみたいなことを言う人だと思った。
彼はほんとうは、放浪者に憧れてるんじゃないか。
そんなことを思った。
 
自由を愛し、何も持たず、人生をさすらう男。
 
それでもやはり、訊いてみた。
「何か、遺したいものとかないんですか?」と。
 
彼はニヤッと笑った。
こどもみたいな悪戯な笑みだった。
 
「ないよ。一切ない。
自分が死んだあとのことなんて、知ったことじゃない。
 
死んでいやだなと思うことなんて、
コーヒーがうまいって感じられなくなることと、
タバコがうまいなぁって思えなくなることぐらい。
 
地球最後の日が来てもさ、タバコ吸ってコーヒー飲んで、
できたらきれいな女とふざけていたい。
 
だからさ、それをおいしいって感じるために、
頭と体を健康なままでキープしたいんだな。
 
要するに、現役であること。
現役で死にたい。」
 
そこまで喋って、
彼はおもむろに左の目尻を指差してみせた。
「落ちてきてるだろ?」と。
 
落ちてきているのか?
ほんとに落ちてきているのか?
 
むしろ、上がっていきそうだ。
まだまだ上がっていきそうだ。
 
そんな情熱的な目が、
僕の目をまっすぐに捉えていた。
 
 
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2017-05-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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