オモロガワさん、0秒で瞬殺ですよ
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記事:とおる(ライティング・ゼミ日曜コース)
「私のギャグ、見ていきませんか~~?」
午前8時30分、僕の前に彼は現れる。
鳥山明が大好きそうなウンコの帽子。朝には眩しすぎるキンピカのスーツ。どこで買ったのか逆に気になる星型の眼鏡。
直視できない。目が合っただけで恥かしい。そんな姿で、彼は京橋駅の前にいる。
「30秒で、絶対に! 笑わせますよ~」
いやいやいや。
京橋駅がごった返している理由は通勤ラッシュだからで、一発芸を見るためではない。ましてや、遅刻ギリギリの時間帯。サラリーマンは皆、急ぎ足で彼の目の前を通り抜けていく。
僕だって、滑り込みを信条とする身の上。1秒だって惜しいのだ。
まあ、仮に。時間があったとしても、止まらないだろう。50音全てにギャグを持つ、と宣伝しているが、彼のギャグはとてもとても下らないのだ。もちろん、目の前で止まってみたことは、たった1度しかない。見ているこっちが公開処刑されている気分になるネタだった。
――だけど、どうして?
どうして、僕は通り過ぎながら、笑顔になっているのだろう?
彼とのファーストコンタクトは、配属から暫くたったの冬のことだ。
勤務にも少し慣れてきた。先輩がフレックス勤務であることを確認し、ギリギリ出社しても、誰からも文句を言われないと分かった頃。
だったら9時ピッタリでもいいじゃないか。そう思って時間を遅くしたら、彼の公演開始時間と被ってしまったわけだ。
「私のギャグ、見ていきませんか~~?」
初めて見たとき、目を疑った。擦った。
そして、寝ぼけているのかを疑って、最後に幻覚が見えているから病院に行こうと決意した。
その目と頭を疑う光景が2~3日ほど続いて、ようやく、僕は彼が実在の芸人だということを認めるしかなくなった。
「見た?」
「うん、見た。俺、通り過ぎ際にギャグ見えちゃったよ」
そんな会話を京阪線のエスカレーターで繰り返す毎日。変な奴がいるわ、という話は瞬く間に同期中で話題になった。東京から来たインターン生と、大阪ってトンデモない人がいるね、なんて話題になったこともあった。
そして、彼とすれ違う日々は繰り返されていく。
そのうち、仕事の方が忙しくなってきた。新人扱いながら、仕事を任せて貰った。先輩からすれば、凄く簡単なお仕事。だけど、新人の僕には荷が重い仕事ばかりだった。
自分のスキル不足と不勉強を呪っても、仕事は終わらない。キーボードを叩いてみるけれど、何の作業進捗もない。
「まあ、新人なんてそんなもんだよ」
そんな風に先輩からは慰めて貰うけど、期待外れだったことは明らかだ。悔しい、情けない、そんな想いだけが重なっていく。僕に出来ることと言えば、たくさん残業をして、頑張っているというアピールをすることだけだった。
ずるずる、ずるずる。
朝の毎日がしんどくなる。また泣きそうになりながら仕事をして、終わらなくて残業をする羽目になるのか。
京橋駅の乗り換えは、処刑場所へ歩く地獄の道へと変わっていった。
「私のギャグ、見ていきませんか~~?」
そんな中でも、ソイツは変わらない。相変わらずのウンコ帽子にイライラをぶつけたくなっていく。
「見た?」
「見た。また居たよ。勘弁」
同期との会話も辛口になっていった。もう、最初の頃みたいに珍獣の様に見ることもない。当たり前にいるソイツに見飽きていた。京橋じゃなくってさ、どこか別の場所に行ってくれよ。なんて、八つ当たりそのままのグチを言い合った。
それでも、ソイツと通り過ぎる日々は過ぎていく。
仕事は相変わらず、上手くいかない。上司にどやされ、また残業。体裁だけは立派な報告書を残して、プロジェクトは幕を閉じた。
先輩からは「頑張ったね」と言われたけど、何の納得もいかない。僕は少しもマトモになっていなかった。頑張っただけ。成長なんてしていない。
――このまま、この生活がずっと続くのかな?
電車を降りながら、そんな思いに駆られる。ご飯を食べて、仕事して、寝て。それで一日が終わる生活。理想の社会人生活とは程遠い。もっとキラキラとした、楽しい生活だと思っていたのに。
――仕事、行きたくないな。
そんな思いが僕の足を、少しだけ、止めた。
「私のギャグ、見ていきませんか~~?」
そんなときだ。
僕の耳に彼の声が聞こえた。緊張感のない、陽気な声。
振り向くと、彼の目の前にはお客さんがいた。卒業旅行らしき大荷物を持った女子高生のグループ。彼女達は旅の記念に、この見えている地雷を踏み抜く決断をしたらしい。
見てみようかな、と心の自分が囁いた。
どうせ、先輩たちは9時ピッタリに出社しない。プロジェクトも一段落して仕事も落ち着いている。電車一本逃しても、誰にも咎められやしない。その甘い一言が、僕をクギ付けにした。
そして、僕は、少し離れた位置から彼のギャグを見た。
「はい、ギャグギャグ~~♪」
そのフレーズから始まるギャグを、僕は憶えていない。下らなかったことは憶えている。だけど、僕は思わず声を上げて笑ってしまった。
ああ、スゴイわ。この人。
毎日、毎日。京橋の朝早い時間に出てきてギャグを披露する。
毎日、毎日。無視されて、呆れられて。
きっと、何度も何度も辛い目にあってきた筈だ。
それでも、彼なりの夢があって、目標があって。
彼は毎日。たった1人で、この駅前に立ってギャグを見せている。
それに比べて、僕はどうか。
成果も出ないからと諦めて、腐って。努力アピールの残業で、体裁だけは取り繕って。
上司に理由もなく怒られたわけでもない。先輩は忙しいのに、僕の指導のために時間を割いてくれた。そんな恵まれた環境にいて、本当にやれるだけやっているのか。
成果なんて遅れてやってくる。頑張ることにも意義はあるはずなのに。
そう思ったとき、僕は踵を返して、歩き出した。
「私のギャグ、見ていきませんか~~?」
春、今日もまた、僕は京橋を乗り換える。そして、この声を聴く。
通り過ぎながら、僕は呟く。もう立ち止まりはしないけど。
「30秒で、絶対に!! 笑わせますよ~」
――オモロガワさん、0秒で瞬殺ですよ(笑)
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