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転がる意思には、苔が生えない。


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記事:オノカオル(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
とある聖夜のことだった。
サンタは、穏やかな笑みを浮かべてこう言った。
 
「今年は、ふるさとを贈ろうと思う」
 
ワクワクしながらプレゼントを待っていた兄と僕は、
文字通りポカンと口を開けた。
 
思わず横にいた母親の顔を見る。
母はいつになく神妙な顔つきで、
次の言葉を待っている。
 
サンタが赤い帽子を取った。
おふざけの時間は終了ですよ、と言ったみたいだった。
 
「引っ越すことにしたんだ。行き先は北海道です。
つまり東京が、ふるさとになります」
 
サンタ、もとい父は、
いつになく優しい目をしていた。
 
ヒッコス? ほっかいどう?
 
僕は小学2年生、兄は6年生だった。
東京とふるさとの組み合わせが悪すぎて、全然ピンとこない。
事態が飲み込めなさすぎて、僕は今度は兄の方を見てみる。
 
兄は、目を真っ赤にしていた。
近くにあったボックスから無造作にティッシュを取り、
鼻をチーンとかんでいる。
 
そして泣いている。
ポロポロとこぼれ落ちる兄の涙を見て、
僕はますます混乱するばかりだった。
 
“引っ越す”という言葉を理解し、
それが「中学でも一緒だね」と言い合った
仲間との決別を意味することを、彼は知っていた。
だから涙したのだ。
 
そのあと家族で何を話したか、よく覚えていない。
そしてそれから3ヶ月後、我が家は札幌へと引っ越したのだ。
 
札幌に着いて早々、壁にビックリマンシールを貼ろうとして
怒られたのをいまだによく覚えている。
 
「もう自分たちの家じゃないんだから」と言われた。
“アパート”という概念すらなかった僕はひどく混乱し、
自分の家ではないと言われたのがなぜだかとても悲しくて、
やっとその時、わんわん泣いた。
 
それが僕の経験した、最初の“引っ越し”である。
 
札幌では、転校生になるという経験をした。
初恋のひとができた。
いわゆる“優等生”になり、
生まれて初めて“いじめ”にも遭った。
 
スキーを覚えた。サッカーはつづけた。
毎日ボールを蹴りつづけた。一生懸命やった。
だから、全国大会にも出場できた。
 
長崎県代表の国見中学には大久保嘉人もいて、
そこで僕は、上には上がいることを思い知らされた。
非常に残念ではあるけれど、
やってる球技がちがうんじゃないかと思うほど、
その差は歴然としていた。
 
引退の時期が来て、いくつかの私立高校から
スポーツ推薦がきたけれど、僕は公立高校への進学を選んだ。
 
言葉を選ばずに言うならば、僕は挫折したのだ。
環境がガラリと変わっても、変わらずにつづけてきたサッカー。
そのサッカーで挫折し、それしかやってこなかった僕は途方にくれた。
他に何をやったらいいのかわからない。
だって、ほぼサッカーしかやってこなかったのだから。
 
なかばヤケクソになった僕は、
サッカーに費やしていたエネルギーを勉強にあててみた。
 
60点満点の学力テストで30点を取った日に、
僕は地元の英語塾の門を叩いていたのだ。
生まれて初めての塾だ。
 
しかしどうやら、英語との相性は良かったらしい。
僕は次の学力テストで奇跡的に60点を取り、
なぜか自分は「語学の才能がある」と大いなる勘違いをして、
外国語学部に入ることを志すことになる。
 
その瞬間から僕は、猪になった。
戌年生まれだけど、猪になった。
猪突猛進。
視力を0.1まで落としながら勉強に勤しんだ。
 
その甲斐あってか、
僕は外国語で有名な東京の私大に合格した。
欲を言えば英語学科に入りたかったが、
そこまでは学力が及ばず、
スペイン語学科への入学となった。
 
期せずして、僕は東京という“ふるさと”に戻り、
寮生活をはじめることとなる。
 
はじめて家族と離れて暮らし、
はじめてオールなるものをし、
コールなる茶番を演じ、
はじめて選挙に行き、
初体験を済ませたりした。
 
大学生活は楽しかった。
それと同時に、このままではダメだとも思っていた。
楽しすぎるからこそ、ここにいつづけてはダメだと感じていた。
 
幸い僕は、外国語学部にいた。
留学すれば、日本を離れられる。
どうせなら遠くがいいと思った。
地球の裏側に、アルゼンチンという国があり、
その国では都合よく、スペイン語が話されていた。
 
そんなこんなで2003年。
僕は深く考えることなく、アルゼンチンへと飛んだ。
 
はじめての海外生活。
はじめてのホームステイ。
はじめてのホームシック。
 
僕は途中、自分の意思で住まいを変え、
メキシコ人2人とルームシェアをはじめた。
 
バックパックでの貧乏旅行をして、
はじめての国に行き、はじめての人と話し、
はじめての経験をたくさんたくさんしてきた。
 
断言できる。
この1年がなければ、間違いなく今の僕はいない。
おそらくは今の会社にいないし、今の仕事に就いていない。
そう、確信している。
 
この頃に、まだ若いながらも僕はあることに気づく。
 
「景色は自分で変えてゆける」ということだ。
自分の周りの世界というのは、
自分の足で動いてみれば、
それなりに変えられるということだ。
 
変えてみた景色がいい景色かどうか、
そんなことは動いてみなければわからない。
 
事実、ひどい景色もたくさん見てきた。
随分がっかりもしてきた。
 
でも自ら動かず、
周りのせいにしつづけるのだけはちがう気がした。
だから僕は、割と考えることなく動いてきた。
 
社会人になる頃には、
“引っ越し”も自由に行えるようになる。
 
卒寮した僕が最初に生活の場に選んだのは、登戸だった。
 
いろんな思い出があるが、いちばん忘れられないのは桜だ。
川沿いに満開の桜が咲き乱れるあの場所にあったあの家で、
僕は内定の連絡の電話を受けたのだ。
 
毎晩夜中まで働いて、タクシーの中で眠りながら帰った。
9000円弱のタクシーの領収書を切りつづけるのが申し訳なくて、
最初のボーナスで会社の近くに引っ越した。
経費と時間の節約になると思って、躊躇なく引っ越した。
 
最寄駅は東銀座になった。
僕はふと思い立って、自転車通勤をはじめた。
引っ越す前には考えていなかったが、
この距離なら自転車で通えることに気づいたのだ。
 
タクシー代が浮かせる。
そして何より、大嫌いな満員電車に乗らずに済む。
我ながら名案だった。
 
すると体重は1ヶ月ごとに1kgずつ落ち、
学生だった頃と同じ体重でキープされた。
 
そんな風にチャリ通勤は、
他にも思わぬ副産物を産んでくれた。
 
会社のあった田町からの帰り道、
もうすぐで家に辿り着こうかというところに築地市場がある。
 
金曜の夜を徹夜で乗り切り、
土曜の明け方に市場で食べる早朝の定食。
それが、僕が知りうる中での世界一の朝ごはんだ。
 
会社が赤坂に移転した時は、僕は北参道に引っ越した。
真新しいオフィスに、真新しい副都心線。
そんなあたらしい風に吹かれていると、
僕自身もあたらしいことに挑戦したい
という気持ちが強くなっていた。
 
シナリオのスクールに通った。
ナレーションの勉強もしてみた。
仕事のためになることなら、なんでも試してみた。
 
試行錯誤を繰り返し、
でもうまくいかないことの方が断然多くて、
それでも、トライしてやってみることでしか
見えてこない景色を、この目でなんとか見ようとしてきた。
 
いま自分が、どこにいるかなんてわからない。
遠くまで来たような気もするけれど、
まだどこにも辿り着けてなんかないことは確かだ。
 
そして今年の1月。
会社を辞め、故郷・福岡へと戻った同期と久々に会った際に、
このゼミの話を聞いた。
 
気づけば僕は、また“はじめて”に手を出していた。
もちろん、うまくいかないことの方が多い。
 
文章を書くことが簡単だったことなんて、一度もない。
 
往生際悪く、もがきつづける日々。
そんな中、異動が出た。
今度は外資系広告代理店に出向だ。
断る権利などないが、二つ返事で「YES」と答えた。
 
また変われる。
そんな気持ちで春を過ごせることをうれしく思う。
 
というわけで、GW明けから僕はまた田町で働いている。
どうやら英語が必須らしい。
上等だ。
 
どうせなら、海外に留学も行きたい。
また“はじめて”に、手を出したい。
 
早速、スパルタすぎることで有名な
英会話学校の入学説明会を申し込んだ。
どうせまた、うまくいかないことだらけなんだろう。
でも、それがどうした。
うまくいくまで、やってやる。いまはそう思っている。
 
僕は多分、どこまでいっても石ころなのだろう。
少なくとも絶対に、ダイヤモンドではない。
 
でも、それがどうした。
 
行きたい方へ転がりつづけて、
できるだけ遠くまで、遥か彼方まで行ってやる。
 
 
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2017-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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