プロフェッショナル・ゼミ

彼女ともう一度、花火みたいに笑いあいたい。もしも願いが一つ、叶うとしたら《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「ようちゃんとのぞみちゃん」

まるで、絵本のタイトルみたい。彼女と私は、そう、呼ばれていた。

彼女−−−−牧野 陽(よう)を、初めて見たのは、高校に入学して間もない、5月のことだった。放課後の学校は、月末に行われる運動会の準備でにぎわっていた。クラスごとおそろいのTシャツにゼッケンを縫い付けたり、ハチマキを作ったり。
中でも一年生から三年生までの各クラスで一本ずつ、縦に長い布に応援メッセージを描く「垂れ幕」は、運動会当日、校舎の外につるして発表され、コンテストも行われる、運動会の見どころの一つだった。
私はクラスの垂れ幕の係をじゃんけんでまぬがれ、部活に行こうとしていた。

「あ! のぞみ!」
声をかけてきたのは、8組で、同じ部活の美穂だ。
「これから部活?」
美穂は、絵の具が入ったバケツを大事そうに抱えている。
「うん。美穂、垂れ幕係なんだね」
「結構楽しいよ」
「ふーん」
見ると、廊下に広げられた白い布に、鉛筆で、サイケデリックな女の子と男の子の下絵が描かれている。
「あの人が描いたの。陽さん、絵が上手いんだよ」
美穂が、持っていた筆で指した先には、短いショートカットに幅の広いヘアバンドをした女の子が、下絵に沿ってオレンジ色の絵の具を塗っているところだった。短い前髪から、キリッと上がった眉毛がのぞき、オードリー・ヘップバーンみたいだ。
「……そうなんだ」
「イラストが得意なんだって!」
美穂は、「陽さん」という子の元へと戻って、絵の具塗りの続きを始めた。
−−−−個性的な子だな。
それが、私の、陽の、第一印象だった。

「な・か・よ・し 1年5組」
「団結★2年3組」
「3年4組 必勝!!」
運動会にありきたりな言葉が並ぶ中で、陽がイラストを描いた1年8組の垂れ幕は群を抜いて目立っていて、全校の垂れ幕コンテストで1位を獲得した。
−−−−すごいんだな、陽さんって。
クラスの代表として、表彰台で賞状を受け取る彼女を見て、思った。その時はまだ、それだけだった。

「保坂さん、よろしくね」
「はいどうも!」
高校3年生になった私は、陽と、同じクラスになっていた。そしてさらに驚いたのは、陽は、私の後ろの席に座っていた。あいうえお順で、「保坂」の私は、「牧野」の前だったのだ。何気ない会話を交わした私たちは、プリントを回すたびに冗談を言い、授業中、先生に対するツッコミを小声で言い合う、そんなフツーの、席の近いクラスメイトだった。

「私もそれ大好き!!」
しかし、ある現国、現代国語の授業中、私が教科書に隠して図書館で借りていた糸井重里の本、『ペンギニストは眠らない』を夢中で読んでいたのを見つけた陽は、授業が終わると興奮して話しかけてきたのだった。
「えっ! ホント!? うれしい!」

そして二人は、あっという間に仲良くなった。ただの仲良しなんてものじゃない。燃えている花火から火をもらった次の花火が勢いよく火を噴くように、仲良くなった。

陽が私を呼ぶのが「保坂さん」から「保坂ちゃん」になり、それから「のぞみちゃん」になり、そして「のぞみ」になるまで、1ヶ月もかからなかった。

私たちは好きな本の貸し借りから始まって、音楽の話、映画の話、芸能人、両親のこと、将来のこと、人生のこと、なんでも話した。学校帰りは帰り道の喫茶店で時間を過ごし、休みの日には、待ち合わせて買い物に出かけた。

「えっ!? 中学から一緒だったんじゃないの?」
「一年のときから仲良しだったんでしょ?」
事情を知らない子には、よく言われたものだ。
そう、高校1年からずっと仲良し、なんなら中学のときから大親友だった。陽と私は、そんな感じに見えていたのだと思う。それくらい仲がよかった。そして誰かが言い出したのか、いつしか私たちはこんな風に呼ばれるようになった。

「ようちゃんとのぞみちゃん」

「先生は反対だよ!」
担任の畑中先生が声を張り上げたのは、無理もなかった。私は国文学科への進学を志望していたが、成績は思うように伸びず、浪人は確実だった。しかし、土壇場になって、隣県の芸術大学を受験する、そう先生に告げたのだ。
それは、ほかでもない陽の勧めだった。そして、その大学は、陽の第一志望でもあった。
「のぞみは、ここ、受けた方がいいと思う。絶対向いてる」
どこからか大学の願書を持ってきて、私を説得してきた陽の言葉を、私は誰よりも信じていた。結局、先生に言われて、もともと希望していた国文学科を幾つか受験したけれど、陽の勧めた大学以外は全滅。
こうして彼女と私は一緒に、地方の芸術大学に通うことになった。

うれしかった。一人暮らしをした私たちは、お互いの家を行き来し、泊まることもあった。高校のときはできなかった、夜通し話しこむこともできた。早速車の免許をとった陽に乗せられて、夜中の温泉に忍び込んだり、海に行って、空が白むまで、夜通し話し込むこともあった。
高校から同じ大学に行った子は多かった。そこに陽が通っていた美術予備校の友人や、新しく同じクラスになった友人、いつも8人くらいで仲良くしていた。同じ授業を取り、それぞれの家に遊びに行ったり、鍋をしたり、お酒を飲んだり。でも、いくら大人数で集まっても、私たちの呼び名が揺らぐことはなかった。

「ようちゃんとのぞみちゃん」

「太陽の陽で、よう、っていうの。よろしくねー!」
「ようちゃん、ヨロシクー!」
もともと個性的な陽は、芸大という場所に響き合って、さらに輝きを増しているように見えた。
その証拠に、入学して2ヶ月もしないうちに、アパートの下の階に住んでいるという、2つ年上の彼氏ができた。さらに彼氏ができても、彼女に想いを伝える人は、後を絶たなかった。写真を専攻している先輩や、絵画の同級生から、モデルの依頼もあったらしい。陽は、それだけ個性的な美人だったし、存在感のある人だった。

「あ! この間はありがとねー!」
「いえいえ! また来てよ!」
陽が有名なのは、学校内だけではなかった。彼女と街を歩いていると、あちこちで声がかかる。彼女は社交的で、いろんな人と、すぐに仲よくなるのだ。郵便局の窓口の人、目覚まし時計を買いに行った雑貨屋の店員、近所の酒屋のおかみさん。正直になんでも口にする彼女には、誰もが手助けしたくなるのだろう。新しく一人暮らしを始めたばかりの町に、次々に知り合いができていた。

すごいな、と、思っていた。

彼女には、人を引きつける力があるんだ。そんな特別な人と一緒にいる私は、また、特別なのかもしれない。そう思っていた。

しかし、彼女の社交的な姿を目の当たりにする日々を送っているうちに、気がついたことがあった。なぜだろう。私はいつも、きらきら笑う陽を見るたびに、胸のうちがざわざわしているのだ。そしていつしか自分に自信が持てなくなっていたのだ。

なぜだろう。

−−−−目、かもしれない。

そう、彼女と二人でいる時、知り合いやら、彼女に好意を持っている人に会うと、その第三者が、私の目を見ることはなかった。話はいつも、彼女とその人だけで行われて、私は話が終わるまで、彼女の付き添い、そんな雰囲気を醸し出して、会話を聞き流し、存在を薄くしていた。

「今度飲み行こうよ!」
−−−−あ、またこれだ。
夏休み、二人で一緒にお祭りのバイトをしたときのことだった。
たった2日間のアルバイトでも、陽は、その人懐っこさから、バイト仲間とすっかり意気投合していた。
「これ、ケータイの番号」
「連絡すっから!」
「ゼッタイだよ!!」
後から実際にこの人たちと遊んだ、ということは、聞いたことはなかった。でもそうした別れ際の盛り上がりを見るのは、初めてではなかった。そして、陽と仲良さげに話すどの人も、その場に居合わせる私の存在など、なかったかのように、目を合わせてくれることはなかった。一度も。

「ようちゃんとのぞみちゃん」

相変わらず友人たちはそう呼んできた。でもいつの間にか、私は、私たちが対等な二人組、ではなくなっている気がしていた。なぜだろう。私はただ、陽にくっついているだけの人、陽のそばにいるだけの人、輝く陽の影になっている人。その呼び名が、私には辛くなっていった。

「えー! なんでなんで?!」
「なんでって、本格的にやってみたいから」
大学3年生。学科の中で、さらに詳細な専攻分けがあった。私は、本当は、陽と同じグラフィックデザイン専攻にしたかったけれど、びっくりする陽をよそに、あえて写真の専攻を選んだ。
写真自体は好きだった。サークルに入って、フィルムや白黒写真の現像も体験したことがあった。初めてのことばかりで、面白かった。しかし、「将来写真で食っていこう!」なんて、本気で思ってたわけではない。私は、陽と、離れる口実が欲しかった。それは専攻だろうが、なんでもよかった。

陽とは、専攻が変わったところで、教室も同じ建物の同じフロアにあったし、アパートも近く、頻繁に行き来するのは変わらなかった。しかし、専攻の写真の授業で、ほんの数時間でも、陽と一緒ではない、自分一人の時間が持てることが、私にとっての大きな癒しだった。さらに4年生になれば、授業のほとんどが、専攻の授業になるのだ。
写真のクラスでは、新しい友達もできた。教室の中にも、いつも座る定位置ができた。私は撮影に出ていなければ、暗室に入り浸るようになり、次第に陽との間に、少しずつ隙間ができていった。それでも、みんなで集まる時、二人で会う時は、いつもの「ようちゃんとのぞみちゃん」を演じることに専念した。
こうして私は、なんとか残りの大学時代をやり過ごしたのだった。

「みんなに聞かれるの、のぞみちゃんは? どうしてる? って」
大学を卒業して数年。久しぶりに会った陽は、そんなことを言い出した。陽は大手のデザイン会社に入社して順調にキャリアを重ね、私は就職に失敗し、写真を撮りながら、バイトを転々とするフリーターをしていた。
陽はこの間、大学の友人たちと会ったらしい。その話も私は聞かされていなかった。
「のぞみちゃんはって聞かれると、私、困っちゃってさ、なんて答えていいかわからなくて」
「フリーターしてるって、答えればいいじゃない!」
私には、そんな風に言い返す気力はなかった。陽の言葉は、長年私の中でくすぶっていた劣等感を、再び燃やすには十分すぎた。
それから私は陽と、本格的に距離を置いた。自分のために。

「わぁー! のぞみー、変わってなーい!」
「美智こそ! 元気だった?」
高校卒業から20年、私は地元のホテルで行われた高校の同窓会に出ていた。美智は高校三年のクラスメイト。私も陽も仲の良かった友達だ。大学が別々だったから、最後に会ったのは……、十年前だ。
「……もう、あれから十年だね」
ひとしきり近況を話し終えた美智は言った。
「そうだね……。あっという間だった」
十年前か。もう、十年前になるのか。

陽は、十年前、高速道路の事故に巻き込まれて死んだ。
グラフィックデザイナーとして独立したばかりだった。陽は車の運転が好きで、全国どこへでも愛車の青いクーペを飛ばして出かけていた。それは、大雨の夜の、対向車線のトラックの飲酒運転だったらしい。陽を含めた車5台、けが人が多数、3人が亡くなるという、痛ましい大事故だった。

「仕事で全国飛び回るのが夢だった、陽らしい最後だったのかも」
葬儀という場で不意に再会することになってしまった私たち同級生は、そんな風に、自分たちを慰めたのだった。

「芸大っていうから期待したけど、面白い人、全然いないの。のぞみ以外」
美智が思い出したと言って話してくれたのは、思いもよらない陽の言葉だった。
「大学二年の夏休みかな、陽と会ったんだよね。のぞみはバイトしてたでしょ、だから呼べなかったんだけど」
「えっ、そうなんだ……」
「のぞみが大学に入ってくれてよかったって、陽、何度も言ってたよ。のぞみがいなかったら、大学やめてたかもって」
「……知らなかった」

あの頃、毎日感じていた劣等感は、私のただの思い込みだったのかもしれない。
私は陽の隣で、ただただ笑っていればよかったのだ。
そんなことに気がつくのに、20年かかってしまった。

駆け込んだ化粧室の、小なシャンデリアがついた鏡に向かって、私は無理やり笑顔を作ってみた。
しかしすぐに、笑顔は、ぐしゃぐしゃになった。
私の隣にあるはずの「ようちゃん」の笑顔が、もう、思い出せなくなっていたからだ。

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