プロフェッショナル・ゼミ

黒の黒さが違うことを知った彼女との夜《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:bifumi(プロフェッショナル・ゼミ)

「ユキちゃん・・・・・・。
ユキちゃん・・・・・・。
もう私家に帰りたくない。今親と喧嘩して、家を飛び出してきた。これからどうしよう」

気づくと私は、泣きながらユキちゃんの家に電話をかけていた。
「ちょっと、大丈夫? 家くる? 今日はだれもおらんけ泊まってもいいよ」

「・・・・・・いく。
ユキちゃん家にいく。もうすぐ最終のバスがくるけ、それに乗っていく」
「うん。あのスーパーのところのバス停わかるよね? そこで待ってる。気を付けてね」
受話器の向こうから私を心配するユキちゃんの声が聞こえてくる。

中学生になり、もう何度親と喧嘩しただろう。
口を開けばあれはダメ、こればダメというばかり。もううんざりだ。
私のこと何もわかってないくせに。
私が何が好きで、どんなことに興味があって
学校で毎日どれくらい周りに気を使って生活しているか、そんなこと何もわかってないくせに、知ったようなことばかり言って、私を押さえつけようとする。

そんな親への不満が爆発したある日の夜、大声で罵り合ったあと、私は走って家を飛びした。行くあてなんてなかったけど、ユキちゃんに電話したらなんとかなる。私にはそれだけが頼りだった。

中学に入り、クラスで初めて話した人がユキちゃんだった。出席番号が近く、明るくて面白いユキちゃんとはすぐに仲良くなれた。こんなに気があう人が存在することがすごく嬉しかった。私たちの性格は真逆なのに、お互いの考えていることが手に取るようにわかった。すぐにユキちゃんとは、学校生活のすべての時間を一緒に過ごすようになった。

ユキちゃんはいつもみんなを笑わせる人気者。人と怖々付き合っていた私にはそんなユキちゃんがまぶしかった。

最終バスに乗って、バス停に降りると、ユキちゃんがベンチに座って待っていてくれた。
「ありがとう。ユキちゃんがいてくれてよかった」彼女の笑顔を見た途端、ぽろぽろと涙が零れてきた。
「ううん。こんなことくらいなんでもないよ」
車もほとんど通っていない暗い夜道、私はユキちゃんの後をとぼとぼついていった。

ユキちゃんの家は、よく買い物にいくスーパーの近くということは知っていた。小さい頃からこのあたりは私の庭のようなものだった。だけど前を歩くユキちゃんは、「そんなところに道あった?」と思うような知らない小道にずんずん入っていき、よその家の庭のようなところをぬけ、あっちに曲がりこっちに曲がりして、やっと一軒のボロボロの建物の前にたどりついた。

アパートといえば聞こえはいいけれど、それはかなり築年数の経った、今にも崩れ落ちそうな建物で、人が住んでいる気配もなく、他の部屋に電気はついていなかった。建物全体が呼吸することをやめ、ただ朽ちていくのを待っているだけの廃墟のようだった。ユキちゃんは1階の一番端のドアを、ギイィとあけ、中へ入っていった。恐る恐る私もついていく。

室内は、6畳一間に流しとトイレ、お風呂がついたうす暗い部屋だった。今思うと、元は独身者向けのアパートだったのかもしれない。6畳一間にお母さんと肩寄せあって暮らしているユキちゃんの姿に、私は見てはいけないものを見てしまった気がして何もいえなかった。

もう少し大人なら、気の利いた言葉の1つでも言って、気にしていない風を装えたのかもしれない。だけどたかだか13年しか生きていない免疫力0の私のメンタルでは、上手な嘘をつくこともできず、じろじろ家の中をみないようにすることだけで精一杯だった。
「上がっていいよ。とりあえず座って」ユキちゃんに促されて、私はそろそろと靴を脱いだ。

「で、今日はどうした? またお母さんと喧嘩でもした?」
「う、うん・・・・・・」
ユキちゃんに、私の母親がどんなにひどい人間か、どれだけ私を苛立たせるか、今日言われて傷ついた言葉を一つ残らず聞いてもらおうと、バスの中で喧嘩の一部始終を何度も思いだしていた。だけどユキちゃんの暮らしを見てしまった瞬間、湧きたつ怒りや喧嘩の苛立ちが吹き飛んでしまった。いつも一緒にいる大好きなユキちゃんの秘密を知ってしまった驚きと申し訳なさで、言葉が出てこない。

そんな私の様子を察したのか、ユキちゃんはジュースを飲みながらぽつぽつと自分の境遇を話してくれた。

ユキちゃんは小さい頃は、九州でも南の方の県に住んでいた。お父さんが手広く事業をやっていて、とても羽振りがよかったそうだ。
会社の業績がよい時は、家族で海外旅行に行ったり、とても豊かに暮らしていた。
当時家族で行った、台湾旅行の写真もみせてくれた。そこには、楽しそうに笑うユキちゃん一家が写っていた。唯一持ってくることができた思い出のアルバムなのだと、ユキちゃんは、愛おしそうに写真を指で撫でていた。
その後、お父さんの事業が傾き、2人いるお兄さん達とも離れ離れになり、一家離散。お兄さんもお父さんも今生きているのか死んでいるのかすらわからないという。ユキちゃんはお母さんと一緒に夜逃げし、この地にたどり着いた。お母さんは準看護師をしていて、夜勤の時は、ユキちゃんはいつも一人で過ごしている。

一家離散や、夜逃げなんていう言葉は、ドラマの中でしか聞いたことがなかった。まさかこんな身近に、しかも友達にそういう境遇の人がいたなんて、私の心の許容量は完全にオーバーしていて、パンク寸前だった。

「一人の夜も、こういう生活もだいぶ慣れたよ。唯一慣れないのは、ここに人を呼ぶことくらいかな」と、ユキちゃんは寂しそうに笑った。
学校でユキちゃんはいつも笑ってふざけてばかりいるけれど、自分のことや家族のことを話しているのをそういえば聞いたことがない。

6畳一間のユキちゃんの家は、とてもキレイに整えられていた。窓際には小さなテーブルがあり、そこにはユキちゃんのお気に入りのものばかり集めたコーナーがあった。某ドーナツ屋さんと同じカップ&ソーサーが2客と、砂糖とクリーム入れが、お店と同じように並べてある。「これドーナツ買った時の景品でもらったの?」と聞くと「ううん。私、いつか結婚したら、家にお客さん用のコーヒーセットを置くのが夢なんよ。今はとても買うことできんから、ドーナツ屋さんにいくたびに、こっそりカバンに入れて持ち帰って、ここまで揃えたんよ。結婚してちゃんとした生活ができるようになるまで、借りておこうと思ってね」と笑いながら答えてくれた。
そっか・・・・・・。ユキちゃんの憧れがこのテーブルの上に詰まっているんだ。

小学校と違い、いろんな環境の人がいるのが中学というところだと知った。
普段仲良く話していても、人に言えないことを抱えながら、学校生活を送っている人がまわりにもたくさんいたのかもしれない。
ユキちゃんの今の状況と比べたら、親と喧嘩したくらいで、家を飛び出してきた自分がとんでもなく恥ずかしく、幼稚に思えてきた。何を話してよいのかわからず、沈黙が続いた。

「そういえば最近、上野ちゃんと仲がいいよね」と、ユキちゃんが突然聞いてきた。
「うん、塾が一緒なんよ。あの子すごくいい子なんよ。私は性格が暗くて、ドス黒いから、上野ちゃんと話してると、自分も明るくなれたような気がして癒される」
上野ちゃんというのは、隣のクラスの子で、のんびりおっとりした、誰からも好かれる子だ。悩み事なんてないだろうなあと羨ましくなるくらい、穏やかでいつも笑顔。きっといい家庭で育ってきたんだろうと、子供心に感じていた。

「ユキちゃん、上野ちゃんと小学校で仲が良かったん? あの子いい子よね」
「・・・・・・。ううん、仲良くなんかない。私あの子のこと大っ嫌いなんよ」と、吐き捨てるようにユキちゃんが言った。

「えっ? ちょっとユキちゃん、上野ちゃんよ。誰かと間違えてない? 何かあった? 上野ちゃん、人から嫌われるような子じゃないけど・・・・・・」
普段あまり人の悪口をいわないユキちゃんが、
こんなに嫌悪感を丸出しにするのは初めてだった。

「私、ここに来たばっかりの頃、上野ちゃんの家の近くに住んでたんよ。家族がバラバラになって、寂しいし、切ないし、泣いてばかりいた。
大晦日、お母さんと2人で初詣でに行きよったらね、前を上野ちゃん一家が歩きよった。家族みんなで寒いね寒いねってキャッキャいいながら、笑いよった。私すごく惨めな気持ちで、後ろからその様子を見よったんよ。悔しくてお母さんが横におったけど大泣きしてしまった。泣きながら初詣でに行ったのなんて初めてやったわ。上野ちゃん一家が死ぬほど憎らしかった。本当はあんな風に家族と一緒に歩くのは私のはずなのに。なんで私は大好きなお兄ちゃんやお父さんと別れて、こんなに寂しくてつらい思いをせないけんのやろうって、涙がとまらんでね。それ以来私、上野ちゃんのことが大嫌いになったんよ」

「・・・・・・。」
なんて答えたらいいのかわからない。
あまりのことに頭がついていかない。
誰が悪いわけでもない。もちろん、上野ちゃんには1ミリの非もない。

ただ、ユキちゃんの境遇が、前を歩いていただけの上野ちゃん一家に深い嫌悪感と、恨みを抱かせてしまったのだ。
理不尽だろうとなんだろうと、人を憎むことに、理由なんてない。
それを言いがかりというのかもしれないけれど、そこには常識や正当な理由など存在しないことを知った。自分に一切非がなくても、だれかに恨まれるということが、この世の中にはあるのだ。

私は何をされたわけでもないのに、ユキちゃんの心の闇の深さに鳥肌がたった。

ユキちゃんと私は、気が合うし、とても似ているところがある。でも実際、どこが似ているのかはよくわかっていなかった。ユキちゃんは社交的で明るく人気者。私は人見知りで、ふさぎこみがちで、人づきあいが苦手。私達は、お互いが持つ心のドス黒さに気づいていて、この人ならきっとこの黒い部分を受け入れてくれるに違いないと、お互いを求めあっていたのかもしれない。

ユキちゃんは、人を入れたことのない家に私を上げてくれ、上野ちゃんへの憎しみも話してくれた。私が誰にも話さないということもきっと、わかっていたのだろう。

だけど上手くいえないけれど、私とユキちゃんのドス黒さの本質はまるで違っていた。ユキちゃんの心と私のそれとは、奥深くにある黒の黒さが違うのだ。それは人の一生分以上の苦しみを早くに背負ってしまった、ユキちゃんの悲しみの深さなのかもしれない。
どうやっても寄り添えない深い溝が、私とユキちゃんの間にはあった。
ユキちゃん闇の深さや黒さが、私には恐ろしかった。

心の整理がつかないまま、結局一睡もできず、明け方私は逃げるようにユキちゃんの家をでた。

それ以降、学校でも相変わらずユキちゃんは人気者だったし、私達は仲良く過ごした。
でもあの日以来、私は、ユキちゃんとの間に一線を引くようになった。
ユキちゃんの家にも、二度と行くことはなかった。
中学2年生になってクラスが変わると、ユキちゃんとは疎遠になり、少しほっとした。ユキちゃんが嫌いになったわけじゃない。だけど距離をおきたかったのだ。

あの日の夜、ユキちゃんの家で、私の心に突き刺さった棘は、今でもまだ抜けずにいる。
これまでも心に棘が刺さったことは何度もあるけれど、それはいつの間にか抜けたり、中にとりこまれ吸収できる程度のものだった。だけどユキちゃんの家であの日刺さった棘は、傷口が腐ることも、化膿することも、かといって抜けることもなく、深く深く私の中に刺さったまま、なにかあるたびに、ズキズキとうずくのだ。

先日、子供の用事で中学に行き、子供たちが笑いながら無邪気にボールを追いかける姿をみていたら、ふいにユキちゃんのことを思いだし、また傷口がズキッと痛んだ。

風の噂でユキちゃんは、高校の同級生と結婚し、子供も2人いて、とても幸せに暮らしているという。
今、ユキちゃんの家には、お気に入りのコーヒーカップコーナーはあるだろうか?
知り合いをたどれば、いつでもユキちゃんとは連絡がとれるし、会える距離にもいる。
だけど、私はそれを避けている。

私はあの夜のことを忘れていないし、棘も心に刺さったままだ。だけどユキちゃんには、あの日のことは忘れていてほしい。私に会う事で、人一倍悲しい思いをしてきたユキちゃんに刺さった棘が、うずいてほしくないのだ。

だからやっぱりこれからも、私からユキちゃんに連絡をとるようなことはしないだろう。
ユキちゃんが幸せでいてくれさえすれば、私にはもうそれだけで十分だから。

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