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青色に音楽を乗せて(ライティングゼミ 日曜コース)


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記事: 能勢 ゆき(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
ピアノと向かい合った彼女は、そっと目を閉じた。何かに祈るようなその姿は、本当に天使の様で、天から降り注ぐ一本の光の筋が彼女を照らしている、私にはそんな風に見えた。
 
数秒後、ゆっくりと目を開けた彼女はドビッシーの「月の光」を奏で始めた。胸がぎゅっと締め付けられるような切ない音。それでいて赤ちゃんをそっと抱く母親のような優しさも帯びている。
 
―――私が愛した音。
 
気がつけば、涙が頬を濡らしていた。彼女の姿がどんどん霞んでゆく。彼女がピアノを弾くのは、今日が最後だ。その姿を、その音を目と耳に焼き付けておこう。
タイムリミットは、もう目の前まで迫っていた……。
 
少し幼馴染の話をしようと思う。
近所に、ミサという同い年の女の子がいた。私たちは家族ぐるみで仲が良く、お互いの家もしょっちゅう行き来していた。
 
ミサの家には、大きなグランドピアノがある。
ミサの家に遊びに行くたびにそのピアノで連弾をして遊んだ。連弾が終わると、決まって私はミサにピアノを弾くようせがんだのだった。
 
私はミサの奏でるピアノの音色が、音楽が大好きだった。
彼女の音は透き通っていて、きれいだ。鍵盤の上を彼女の長い指が滑らかに動き回る。それはまるで森林の中を流れる小川の透明な水が、太陽の光を反射してきらきら輝き、周りで鳥が歌い、動物が踊っているようだった。彼女が奏でる音楽は生き生きしていた。素人が聴いても、格段に上手いことが分かった。
 
「ミサは、世界で活躍する音楽家になるんかな?」
「うーん、まだ分からん。けど、ずっとピアノは弾けたらええなって思ってる」
 
ミサは生涯音楽を続けると、私に話した。
そしてその数年後、彼女はその宣言通り、有名な音楽大学に進学した。
 
大学生になり、お互い忙しくて以前のようになかなか会えなくなってしまったが、それでも予定が合えば私はミサと会っていた。もちろんピアノも聴かせてもらう。ミサのピアノの技術はますます洗練されていて、私はいつも彼女の音楽に心を奪われるのであった。
 
だがミサが21歳の時、異変が起こる。
 
ある日、ミサと食事の約束をしていた私は、急ぎ足で待ち合わせ場所に向かっていた。前の予定が押して約束の時間に遅れそうだったのだ。
 
店につくと、ミサは一番奥の席にもう座っていた。うつむいていたので、私にまだ気づいていない。
 
私はミサがいる席へとゆっくり足を進めた。近づくうちに何か空気が重くなっていくような錯覚に陥った。ミサがおかしい……。
 
「ミサ……?」
前に立って恐る恐る声をかければ、ハッとしたようにミサが顔を上げた。
ぎょっとした。あの明るいミサが目にいっぱい涙を溜めていて、目の縁に溜まった涙が今にも溢れだしそうになっている。
 
ミサは私の目をじっと見て、震える声で呟いた。
「あんな、私もうピアノ弾かれへんようになるかもしらん。病気やねんて」
「え……? どういうこと?」
 
詳しく話をきいてみると、こうだった。
ある日、ピアノを練習していた際、ペダルを踏む足に違和感を覚えた。力が入らず、踏みづらい。おかしいと思い、病院に行った。診断名は「中心核ミオパチー」。手足の筋力が徐々に弱くなる難病だった。
 
「ちゃんと治療したら治るんちゃうん?」
「ううん、一時的に遅らせることはできても時間と共に筋力は落ち続ける。いずれ歩くことも難しくなると思う」
 
信じたくなかった。素晴らしい才能を持ったミサがこれからだという時に壁にぶち当たってしまうなんて。
 
だけど神様は微笑んではくれなかった。ミサは次第に歩行することも長時間ピアノを練習することもできなくなり、結局大学をやめた。私は悔しくてどうにかなりそうだったが、一番辛いのはミサだ。ミサの前では極力明るく振舞い、音楽の話はなるべく避けるようにした。
 
だけど、ミサは決して諦めなかった。私は後で知ったのだが、ミサはまだ動かせる手で通院先にあったピアノを演奏し続けた。
―――「人の心に寄り添う癒しのピアニスト」
彼女は、病院内の人気ピアニストになっていたのだ。
 
だけどそんなミサにもついに限界がきた。指に違和感を覚えたのだ。
その日、ミサは私にメールをよこした。
 
そろそろダメっぽいわ。ちょっと悔しいけど。
それでさ、お願いがあんねん。完全に弾けなくなる前に人前で演奏しようと思う。
本間はこんな状態で人前に立つ事がすごく怖いんやけど、最後やから悔いだけは残し  たくないんよ。あんたにはさ、ちゃんと見てほしい。いつも一番応援してくれてたから。うちの最後の晴れ舞台、見に来てくれへん?
 
会場は、ミサが通う病院にほど近い教育・障害福祉センター。
私はミサの指が見える鍵盤側の席を確保し、演奏が始まるのを静かに待った。
周りを見渡せば、ミサのご両親・親しい友人・ミサのファンである患者さんたち・ヘルパーさんなどたくさんの人たちが席を埋めていた。
 
―――ミサ、よかったやん。最高の晴れ舞台やで。
 
ほどなくしてミサが出てきた。ほとんど動かなくなった親指はテーピングで固定している。
「魂を込めて演奏します。楽しんで聴いてください」
 
そう言って、ミサは数秒間目を閉じ、一曲目の「月の光」を弾き始めた。
私が特に好きだった曲。ミサのきれいなタッチは、この曲にすごく似合う。涙は溢れてくるけれど、懸命にその姿を焼き付ける。
 
一曲目が終わるとすぐ二曲目に入った。バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」。この曲もすごく良い。私がよく弾いてほしいと、せがんだ曲だ。アニメ「時をかける少女」のBGMにも使われていたので、ミサが弾いてる横で私がアニメの台詞を口ずさむとミサが爆笑したっけ。
そんなことを思い出して、気がつけば涙は乾き、代わりに口角が上がっていた。
 
そして最後の三曲目を弾く前にミサは、客席に向かって語りかけた。
 
「ピアノは、私の体の一部でした。だから今日で終わってしまうと思うとすごく悲しいし、悔しいです。だけど私は今日のために準備をする中で、初めてというほど楽譜と向き合いました。作曲家が何を想い、どんな風景を見ながらこれらの曲を作ったのか。私はこれまでにないほど、彼らの心に迫ることができたと思います。失うものは大きいけれど、得るものはもっと大きい」
 
そう言ってにっこり微笑んだ後、彼女はこう締めくくった。
 
「私の音楽は、これからもずっと続きます。この先、まずはドイツ語を学んで楽譜研究を進めようと思っています。音楽は、一生私の良き友人なのです」
 
そう言ってミサは三曲目の「カノン」を弾き始めた。
会場中が温かいものに包まれていた。みんなの心が一つになった瞬間だった。
 
―――ミサ、がんばれ!!
 
演奏会は大成功の後、幕を閉じた。ミサはこれからも前向きに音楽と向き合っていくのだろう。
 
ミサの音楽は海のようだと思う。たくさんの生き物たちを、大地を取り囲む大きくて広い、世界中を繋ぐ海。さらに海の色は非常に豊かだ。み空色、花色、薄浅葱、深藍、白藍……。優しくて、激しくて、美しくて力強く、どこまでも深い。
あなたの音楽もそれに当てはまる。ピアノであれだけ多彩な音を表現できたのだ、あなたの中にはたくさんの音が溢れているのだろう。そしてあなたの音楽はまだまだ続く。あなたが音楽で立ち直れたように、今度はあなたが誰かをあなたの音楽で救ってあげてね。
 
 
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2017-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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