夢を間引いて大人になった。
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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「また、しげってるね」
取り込んだ洗濯物を抱えて、母はそう教えてくれた。
「えー、もう? おととい間引きしたばっかりじゃん」
「そうだけどさぁ、ほら」
指さす先を見やる。ベランダの端、日光があたる時間がいちばん長い場所。そこに置かれた赤い植木鉢からは、緑の葉が、こぼれそうなくらい溢れていた。
「えー、あんなにスカスカだったのにね」
数日前にも、見苦しい程びっしり茂っていたので、思い切ってスカスカになるまで間引いたばかりだったのだ。あまりにも抜きすぎて、心配になったくらいなのに。心配して損した。
一か月前、五月の連休明けの日曜日。植木鉢に大葉の種をまいた。順調に芽をふき、五月下旬には、足の踏み場もないくらいになった。まるで教室に集められた園児のように、小さな芽が、元気よく伸びていた。
たいへん可愛らしい様子ではあるが、これからも、どんどん大きくなることを考えると、全てを育てるわけにはいかない。
植木鉢のスペースは限られている。それに、密集しているから根が絡まったり、栄養が足りなくなったりしてくるはずだ。隅に生えているものは、今後もさほど立派になる見込みはないだろう。
数か月後に、料理に使えるようなサイズと量の大葉を、安定的に確保するには、いくつかの芽だけ残して、他は抜いてしまわないといけない。
無情にも引き抜かれた小さな芽たちの犠牲など素知らぬ顔で、残った大葉たちはすくすくと茂っている。
そしてもうじき、二回目の間引きという試練の時を迎えようとしている。
植木鉢の大きさから考えて、残せるのは三本だけ。その三本を育てるために、他の芽は抜き取られる。
まるで、将来の夢のようだと思う。
「大きくなったら、何になりたい?」
幼いころは、なりたいものが沢山あった。変身して悪と戦うヒロインにもなりたかったし、お花屋さんやお菓子屋さんにもなりたかった。小学校に入ると、小説家や漫画家、声優、考古学者。ドラマを見れば、医者や警官、俳優になるぞと思ったし、高校受験を控える頃には、3割くらいの気持ちで舞妓さんになる人生を考えていた。
何にでもなれるはずだった。でも結局、どれにもならなかった。人生の節目節目で、他のことと比較して、夢のほうを間引いてきたから。
例えば中学三年生の頃。舞妓さんになるか、普通高校に進学するか。舞妓さんになるなら、単身京都に渡って、厳しいお稽古を積まないといけない。それよりは、文化祭が楽しそうだった、あの高校に行きたい。
だから、舞妓さんを諦めた。
高校二年生になるとき、文系か理系かの希望を出すように言われた。理系の職業への憧れは、ずっと持っていた。医者や、試験管を振る研究者、難しい計算をして落下地点を予測する人、宇宙飛行士などなど、かっこいいと思っていた。でも数学や物理の点数が壊滅的だし、文系の教科のほうが楽しい。
だから、医者やその他の理系の道を諦めた。
お花屋さんやお菓子屋さんになるなら、大学に進学するより、専門学校へ行くほうがよかっただろう。でも、大学に行けば、安定した人生が保証されていると思った。
だから、お花屋さんやお菓子屋さんを諦めた。
大学の友人に、一緒に声優の養成所に入らないかと誘われた。
見た目がまずい私でも、声優なら人気者になれるかも、と思ったし、お芝居をするのは楽しそうだった。でも、声優で食べていくのは大変という話も聞いたし、体験講座の講師が厳しくて心折れた。そんな思いをして生きていくより、安定した収入の職業で、心穏やかに暮らしたい。
だから、声優を諦めた。
しんどいことや苦手なことを回避し、目の前の楽しさを求め、安定した生活という漠然としたイメージを最優先した。そのために、夢をひとつずつ間引いていった。
最後に残ったのは、なんとも特徴のない、のっぺりしたものだった。
大葉に例えるなら、葉の大きさや茎の太さは普通。特に傷んだところはないが、特に好きなところもない。良いところといえば、たまたま、生えた位置が植木鉢の真ん中という、無難な場所だということだけ。
こんなものを残すために、私は他の夢を間引いてきたのか。
何にでもなれたはずだったのに、何にもなれなかった。正直、「人生、失敗したなー」と思った。もう、どうしようもないと感じて、投げやりな気分にもなった。
仕方がないので、こののっぺりしたものだけを抱えて生きていた。私の中の全てのエネルギーは、ここにしか行き場がなかった。そのうち、いつの間にかこののっぺりは、どんどん背を伸ばし、葉は茂り、枝は思いがけない方向へと伸びていった。
最初は「平凡で、つまらないな」と思っていた今の仕事も、知れば知るほど奥が深く、目指す目標は次々に現れ、楽しみは大きくなっていった。一見、関係がなさそうな分野まで、勉強する必要が出てきた。
最初は沢山あった将来の夢。成長するにつれて、一つずつ間引いていき、大人になった今、残っているのは、ほんのわずか。
多少、寂しくはあるけれど、私のエネルギー全てを食らって、今の夢はどんどん大きくなっている。これから更に、思いがけない巨木に育つかもしれない。ワクワクしている。
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