初めてエロ本を買った、高一の夏
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記事:中村公一(ライティングゼミ・日曜コース)
「変態で何が悪い」
そう開き直り、一冊のエロ本を手に取った。
2009年の高校一年の夏、私はある大学見学の帰り道に都内の本屋へ立ち寄り、そこのライトノベルコーナーで思案に暮れていた。ライトノベルは当時から大隆盛を誇っていたが、私自身は、「ラノベ」読書歴がほとんど無い。太宰治や京極夏彦、筒井康隆などの作家の本は好んで読んでいたが、スニーカー文庫や電撃文庫と言った、ライトノベルのレーベルから出ている普通の「ラノベ」は、当時から全く読んでいなかった。
そんな私が、何故この本屋でラノベコーナーに立っていたのか。実は目の前に平積みされている本に原因があった。
成人向けライトノベルレーベルから出ている新刊が多数置かれていたのだ。この時まで私はライトノベルに成人向けが有ることも知らなかった。世間知らずにもほどがある。
因みにこの時私は大学見学の帰りなので制服姿である。この姿で「エロラノベ」の前に立ちっぱなしでは「エロ高校生」のそしりは免れまい。高校が千葉県で、知り合いがまずいない書店だと言う事が私の救いであった。
官能小説を買うなんて変態ではないか……。当時エロ本らしいエロ本に触れず、少年漫画のお色気シーンくらいしか見たことのない私は、そう思って購入をかなりためらっていた。
しかし、その中の一冊の本の表紙を目にして、私の思いは一気に傾いた。
その本は、あるシリーズものの第3巻であった。中世ヨーロッパに似た世界が舞台で、主人公がある国の王子で、そこで多くの美女とハーレム生活をしているという話だ。
その絵が、私の好みだった。よくある没個性的な萌イラストとは違い、作者の芯が前面に出ている良い表紙だったのだ。
でも、第3巻である。1巻はないのかと思って棚を探すが、見当たらない。最新作第3巻のみであった。
これには悩む。2巻分を知らないで、果たして内容を理解できるのだろうか?
そこで私は、最初の10ページほど立ち読みしてみた。既にこの時点で私はド変態の仲間入りである。本に18禁マークがついていないのが藁ひとすじの救いだった。
読んでみると、これが、中々面白い。挿絵も趣味にどストライクである。性教育以外でのエロ方面の知識がどうにも乏しい私は、冒頭に繰り広げられる濡れ場を読むだけで興奮するとともに、ある意味では勉強になった。この知識がそのまま将来役に立つかはさておき、最後まで読みたい衝動に駆られる。
購入意欲が芽生える。若い男子高校生のリビドーも抑えがつかない。しかしどうもためらってしまう。店員に変態と思われたら恥ずかしい、家で親に見つかったらどうする。そもそも店員に売るのを拒否されたら何にもならない……。
初めてエロ本を買うとき、人間はこんなに苦しむものなのかと思うと、大人に対する見方が変わりそうになった。みんな苦労していたんだな、と勝手にホロリとしてきた。
既に立ち読みは10ページを超えようとしている。これ以上続けたら購入拒否の前に店から追い出されてしまう。買うべきか、買わざるべきか。それが問題だ。変態と言われても良いのか……。
そう自問自答した時、ふと私はこの言葉を思い出した。
「オタクで何が悪い」
という言葉である。ネットか何かで目にした言葉だった。この言葉は、昔から蔑まれ忌み嫌われた「オタク」と呼ばれる人種(?)への偏見に対して放った強烈な台詞として、私の中に深く刻み込まれたものだった。
そうだ、何が悪いんだ。私は好きなものを好きだと思い、それを手に入れたいだけなのだ。すけべなのは、男と生まれたからには背負わざるを得ない宿命なのだ。
「変態で何が悪い」
そう、馬鹿馬鹿しいにも程がある自己肯定を脳内で勝手に行った私は、くだんの本を手にしたままレジへ向かった。決死隊の心境だった。
結果はどうなったか。本にカバーまでつけてもらい、それを鞄へ大切にしまった状態で本屋を後にしていた。ここまで本を大切に鞄に入れた経験はそうそうない。
まずはこの本が完全に自分のものとなった事を喜んだ。家までの帰り道は本の事で頭がいっぱいで、当然ながら大学見学の内容など遙か遠くへ飛んで行ってしまっていた。ただでさえ馬鹿な少年である。今私は焦らされていると言っても良い。湧き上がる青いリビドーが溢れた中でつまらない大学見学の話など邪魔もいいところだ。
ようやく家に着いて、早速読み込んだ。控えめに言っても素晴らしい作品だった。その後に出された最新作を含め、シリーズを買い集めた。いずれも素晴らしい作品で、今でも家の本棚にある。
この本の購入が、現在私の趣味の面に与えた影響はかなり大きかった。私は高校時代文芸部に所属していて、短編小説を十数編書いていたが、社会人になって初めて短い官能小説を書いてみたのである。遊び程度のつもりだったが、これが大変難しかった。AVやエロ漫画などの視覚情報ではなく、文字情報のみで読者に性的興奮を与える。これがいかに難しい事なのか痛感させられた。
少々下品な言い方だが、高一の夏に買ったあの成人向けライトノベルは、その頃大変「お世話」になった。
しかし現在、その本は官能小説執筆の教科書として、現在とても「お世話」になっているのだった。
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