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一冊の本のせいで、私は片思いをやめることになった


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記事:かほり(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
私はこの本を読んで、片思いが終わったと思った。
失恋したのでもなければ、恋が実ったのでもない。
ただただ標本みたいに、片思いが綺麗なまま保存されたのだ。
それは永遠に蘇ることも、傷つけられることもない。
 
私は6年間、片思いをしていた。
相手は高校2年の時のクラスメイトである。
 
修学旅行のある夜、手持ち花火をしたときに、意中の相手がわざわざ私のところまでやって来た。
ほとんど喋ったことはないのに、突然だった。
びっくりした。
「その火もらってもいい?」
「どうぞ」
このやり取りだけで終わった。
しかし、自分の花火の火が相手の花火に移る瞬間がどうにも忘れられなくて、高校を卒業しても、大学に入学しても、私の中でキラキラと輝き続けていた。
そして気がつくと、6年間もの月日が経っていたというわけだ。
高校卒業以降、一度も会っていない。でもずっと好きだった。
フェイスブックやインスタグラムでその人のアカウントを検索して、眺めてはにやにやしていた。
 
友人にこのことを打ち明けると、だいたいは引かれた。
「ほとんど喋ったことないんでしょ? もはやストーカー(笑)」
「えっ、まだそんな少女漫画みたいな恋してるの? だからいつまでも彼氏できないんだよ」
 
でも私はなんと言われようと、その人へ抱く感情は純粋な恋心だと思っていた。
この片思いに誇りを持っていた。
 
信じていれば、いつか運命の力で結ばれる時が来るんだ!
だって、相手と私の精神は、花火の火でずっとずっと繋がってるんだから!!
 
片思いの相手。名前は野村くん。
それはそれは、絵に描いたような爽やか系の野球部男子だった。
「『君に届け』の風早くんやん」と言った友人がいる。
そうだ、まさに野村くんは風早くんだった。爽やかさ100%でできていた。
 
好きになったきっかけは、新学期のホームルーム。クラス替えを終えたばかりの教室で、学級代表を決める場面であった。
そこには実に重苦しい空気が漂っていた。
なかなか代表が決まらないのである。
「誰か、立候補してくれる人おらへんかな~」
担任は困り果てていた。
でも誰も手を挙げない。
クラス替えをしたばかりで、
「○○さんがいいんちゃう~?」「いや、そこは××君やろ~」みたいに推薦し合うほど、空気も温まっていない。
 
私も絶対に手を挙げたくない。
学級代表なんてめんどくさい仕事、引き受けるもんか。
人見知りで引っ込み思案な私は、クラスメートたった一人に声を掛けるだけでも、てんてこまいなのだ。
ましてや、クラス全員をまとめようだなんて、天と地がひっくり返ったとしても無茶な話だ。私は、誰にも迷惑かけず、かけられず、教室の隅で苔みたいに静かに一年を過ごしたい。
 
でももうあと2分でチャイムが鳴りそう。
「ほんまに誰もおらへん?」
担任が畳みかけるが、目を合わせようとする者は誰一人いない。
ああ、もうチャイムが鳴る。たぶん残り1分切ってる。
そんなとき、前の方の席ですっと手が挙がった。
え! まじで!? 救世主!!!
 
救世主は黒板の前まで歩いていった。
「半強制ではあるんですけど、やるからにはちゃんとやるんで、よろしくお願いします」
そう言って、坊主頭を下げた。
それが野村くんだった。
 
事情を察するに、野村くんは野球部で、顧問から野球部員は学級代表を率先して引き受けるように言われていたようだ。クラスにいる野球部は三人。
クラスメイトの中に立候補する者もなく、自分以外の野球部の二人も手を挙げない。
終わりのチャイムが鳴りそう。
そこで仕方なしに自分が手を挙げたのだろう。
でも、しょうがなく手を挙げたにしても、あんなに深々と頭を下げられるか?
「誰も挙げないから俺が挙げてやったんだよ」と、ちょっとは偉そうにしてもいいんじゃないのか?
いやいや、「やるからにはちゃんとやります」って、かっこよすぎじゃないか?
「みんなやりたくないと思うし、俺だってやりたくない。いちおう学級代表っていうポジションは引き受けるけど、必要最小限のことしかやらないつもりだから。みんなも協力するのは当たり前やろ」くらいの態度で振舞ってもいいんじゃないか?
 
なのに、やるからにはちゃんとしよう、っていう責任感の強さ。
学級代表をやってみようかな、と少しは思っていたけれど、敬遠するあまり立候補しなかった人への心配り。
野村くんは、私にはないものをたくさん持っている。
みんなの拍手にはにかみ笑顔で答える姿は、シーブリーズのコマーシャルに出てきそうなほど爽快だった。
 
この出来事から半月ほどが経ち、クラスで春の遠足に行った時のこと。
体育館を借りて、クラス全員でチーム分けをしてバスケットボールの試合をした。
男女混合である。率先して試合を進めるのは、もちろん運動部。
私は運動部でもなんでもないし、そもそも球技が苦手。
この時間が苦痛だった。一応ボールを追いかけて、参加しているふりはするけれど、ボールを触る機会も度胸もない。
早く終わればいいなあ……と思っていた時のことだった。
野村くんが話しかけてきたのだ。
「おんなじチームやっけ?」
 
どきん、という音がした。
ばれていた。
私が全然試合に参加していないことが。
ボールを全く触っていないことが。
実際、私と野村くんは同じチームじゃなくて、敵同士だった。
なのに、野村くんは私を見ていてくれて、気にかけてくれて、同じチームだったらパスを回してあげようと思ってくれたのだ。きっと。
そもそも私は、同じチームかどうか把握もされていないくらい影が薄かったのだろうが、そんなのどうでもいい。
とにかく嬉しかった。野村くんが私を認知して、声を掛けて来たことが。
「あっ、いや……」
私が曖昧な返事をしているうちに、野村くんは他の男子に引っ張られていった。
走っていく逆三角形の大きな背中を、私は半ば放心状態で見つめていた。
 
とにかく爽やかだった。私だったら、うじうじ悩んで、悩んだくせに結局行動に移せないことも、野村くんなら後味爽快にやってのけた。
 
たとえば、教室にペットボトルが転がっていて、先生が「もう! これ誰の?」と怒ってクラスのみんなの前で聞いた時のこと。
誰も名乗り出ず、仕方なしに先生が捨てるのがよくある場面だろう。
「あ! 俺のや! すいません!」と前に出ていったのは、野村くんだった。
 
たまたま野球部のミーティングを目にした時のこと。
キャプテンが話しているのに、ぺちゃくちゃ喋っている部員がいた。
誰も何も言わないが、みんな「静かにしろよ……」と思っていただろう。
振り返ってその部員に「しーっ」と言ったのは、野村くんだった。
 
野村くんは自分にとって不利になるであろうことも、爽やかにこなした。
少しも好かれようとして良い人ぶってるわけではないのに、野村くんの周りには常に人が集まっていた。
 
そういうわけで、そんな人気者の爽やか男子が、修学旅行の夜、花火の火を分けてもらいにわざわざ私のところまで来るなんて、自分は夢を見ているんじゃないかと思った。
そのときの花火の輝きが、私の心の中に焼き付いて離れないのである。
高校2年の恋は、いつまでもいつまでも燃え続けていた。
 
しかし、こんな私の6年という長きにわたる片思いを終わらせる本に出会ってしまったのだ。
今後、両想いになって喜ぶことも、失恋して傷つくこともないだろう。
恋を育てることをやめた。
いつか、きっといつか、思いは通じる! なんて思うことをやめた。
片思いを片思いのままとっておくことに決めたのだ。
 
片思いとは文字通り、一方的な恋である。
相手に思いを伝えていないその段階では、自由に妄想ができる。
 
だから、私の6年間の片思いは、私の妄想の結晶だ。
もはや私の美学だ。相手どうこうよりも、私自身が作り上げた美の集大成なのだ。
野村くんは、本当は私が思うような爽やか男子じゃなかったかもしれない。私の妄想が、野村くんを理想の男子に仕立て上げてきたのだ。
今ここで、現実の相手と向き合ってしまったら、私の美学が崩れてしまうかもしれない。
こうなったら、片思いの相手である野村くんよりも、6年間構築してきた、私の美学の方がよっぽど尊い。
野村くんに邪魔されてたまるものか!
そうなる前に、片思いという私の美学を永久保存しよう。
標本みたいに大事にしまっておいて、また見たくなったらガラスケース越しに思う存分眺めればいい。
 
私をこんな風に思わせてくれた本は、綿矢りさの『勝手にふるえてろ』。
ちなみにこの小説のヒロイン、ヨシカの片思い歴は12年である。
大先輩だ。
 
 
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2017-06-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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