絶望の瞬間が、まさか夢を叶えるキッカケになるとは思ってもいなかった。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:田中 洋輔(ライティング・ゼミ)
「また、か……」
朝、仕事へ行こうとバイクのエンジンをかけたときだった。
音は鳴るけれど、いつまで経ってもエンジンがかからない。
これで何度目だろう?
僕は、ため息をつきながら、これまでのことを思い返していた。
大事な仕事の前日のこと。
先方へ渡す手土産を買おうとバイクに乗った。
しかし……。
エンジンがかからない。
うまくいかないことは、たまにあるので、「まぁ、すぐかかるだろう」と思っていた。
けれど、何度やってもかからない。
エンジンがつかない。
行こうと思っていたケーキ屋の閉店時間が刻一刻と迫ってくる。
あせる。
「まずい……」
先方のところへは、翌日の朝一番で行く必要がある。
どこかで買っている時間は、ない。
「どうしよう……」
全くの想定外だった。
まさか、突然バイクが故障するなんて……。
異変なんてどこにもなかった。
メンテナンスもきちんとしている。
事故ったこともない。
僕は、心の底からこの不運を呪った。
「どうして、このタイミングで……」
気持ちとは裏腹に、エンジンはいつまでたっても、ガララララと音を鳴らすものの、一向にかからない。
何度もやっているうちに、その音もだんだん小さくなっていった。
そして、ついにエンジンをかけても、なにも音がしないようになった。
「もう、ダメだ……」
1時間近くの葛藤もむなしく、バイクは僕をケーキ屋へ連れて行くのを最後まで拒んだ。
結局、手土産は京都駅まで行って買うことにした。
翌日、「八つ橋です」と言って手渡すと、「えっ? 京都だったっけ?」と聞かれた。
「いや……。滋賀なんですけど……。たまには、いいかなぁと」と、苦しい言い訳をする。
「バイクさえ壊れなければ……」と、心の中で舌打ちをした。
数日後、バイクを押して、近くのバイク屋へ持っていった。
「ああ、バッテリー切れですね」と言われ、1時間後にはエンジンがかかるようになっていた。
バイク、復活!
ケーキ屋へ行けなかったのは悲しいけど、仕方がない。また、これから活躍してくれたらいい。
僕は、16,000円を払い、意気揚々とエンジンをかけ、バイクにまたがった。
まさか、これはほんの序章に過ぎないとは、夢にも思っていなかった。
3日後。
朝、家を出て、バイクにまたがる。
エンジンをかけると、かからない。
「ん……?」
何回か試してみる。
けれど、ダメだ。
音は鳴るけれど、エンジンはかからない。
「そういえば……」
バイク屋を出るとき、修理をしてくれた兄ちゃんが言っていたことを思い出した。
「もしかしたら、エンジンがかかりにくいかも知れません。そのときは、軽く掃除をしたらいいので、また言ってください」
聞いたときは、「いや、それなら今やっとけよ!」と思ったけれど、それは言わずに、「はい」と言っていた。
どうやら、兄ちゃんの予言は当たり、バイクは“軽く掃除をする”必要があるみたいだった。
職場へは、バスで行くことにした。
帰宅後、またバイク屋へ持って行った。
修理は、10分程度で終わった。
「部品が古くなっていたので、取り替えておきました。今回はサービスなんで無料にしますね」と、兄ちゃんは気前良く言ってくれた。
リーゼントにヒゲで、いかにも“ヤンチャしていました”というような、イカツイ兄ちゃん。当初は「怖いなぁ」という印象だったけれど、このときには「この人、いい人だな」と思うようになっていた。
「今まで行くのを敬遠して、遠い店へ行っていた。けれど、また、定期メンテナンスも見てもらっていいかもな」なんて思っていたら、その“また”は3日後におとずれた。
エンジンがかからない。
また、だ。
いつものようにバイクを押して持って行く。
「あー、多分これですね。これが古いのです。たぶん……」
僕は、内心で思った。「おいおい……。たぶんってなんだよ……」
「ひとまず、直ったので、これで。また、なにかあったら来て下さい」と言われ、帰された。
だんだん、不安になってきた。
俺のバイクは、本当に大丈夫なのか?
このバイク屋、大丈夫か?
まだ買ってから3年くらいしか経っていない。
新車だったのに、そんなにスグだめになるのか?
疑心暗鬼のまま、バイクに乗って帰る。
「このまま、なにも起こらずいてくれ……」
しかし、願いはむなしく、最悪の事態がおきる。
最後のライティングゼミが終わり、23時近くまで打ち上げ。夜中過ぎ、駅についてバイクのエンジンをかける。
あれ……?
かからない。
何度やっても、ダメ……。
まさか、このタイミングかよ……。
今までは、家からどこかへ行くときにエンジンがかからなかった。けれど、今回は出先だ……。
「勘弁してくれよ……」
最寄り駅から、1つ離れた駅に僕はバイクをとめていた。快速が止まる駅だから。
家までは、4.0kmほど。歩くと1時間近くかかってしまう。
時計を見ると、ギリギリ終電に間に合いそう。
駅までダッシュで戻り、電車に飛び乗る。
「はぁ……」
僕は、いつまでこんな日々を過ごさないとダメなんだろうか。
数日が過ぎ、バイクを取りにいく。
ダメ元でエンジンをかけてみる。
すると、かかった。
「おっ?」
よく分からないけれど、直っていた。
その日は、とてもバイクはご機嫌だった。
けれど……。
翌朝。また、エンジンがかからない。
「また、か……」
これで何度目だ?
いい加減、うんざりしてきた。
修理と故障の繰り返し。
バイク屋へ持っていくと、スグにエンジンがかかる。
「もう、なんなんだよっ!」
イライラする。
このバイクは、どうなっているんだよっ。
バイク屋の兄ちゃんが「新しい部品が届くまで、うちに置いておきますか? 今、動きますけど、また動かなくなるかも知れません」と声をかけてきた。
僕は、「置いておいてください」と言い、店を出た。
翌日、知らない番号から電話がかかってきたので出てみると、その兄ちゃんだった。
「じっくり見てみたんですけどね……。どうやら、エンジンみたいなんです」
「え? 」
まさかだった。
それだけは、勘弁してくれと思っていた。
「エンジンが問題だと思うのです。あけてみないとわからないんですが」
「え?」
「水の量が減っていて、これはエンジントラブルだと思うのです。まぁ、分解しないと正確なことはわかりませんが」
「はぁ」
「でも、エンジンを分解するだけで、50,000円近くかかってしまいます」
「はぁ……」
「ただ、それをしたからといって、確実に直るかどうかわかりません」
「はい? つまり、50,000円が最低かかるけれど、もしかしたらそれ以上かかるかもしれない、と?」
「そうですね。さらに、直ったとしても、また不具合が出ないとも限りません」
なんてことだ……。
まさに死の宣告だった。
僕は、カフェで注文した珈琲フロートのアイスクリームをあてもなく、ストローで突き続けた。
これまで、どこも調子は悪くなかった。
なんで急に……。
絶望の瞬間だった。
僕は、声を絞り出して、聞き返した。
「つまり、お金はかかるし、修理をしたところで直る保証もないということですよね?」
「そうですね……」
「分かりました。もう、処分してください」
突然の別れだった。
まさか、電話で「もうダメだ」と伝えられるとは思ってもいなかった。
手続きに関して事務的なことを話して電話を切った。
どうしよう……。
新しいバイクを買うか?
とんだ出費だ。
でも、また壊れないとも言えない。
3年くらいで故障するのは、たまったものじゃない。
どうする……?
そのとき、ふとあるアイデアを思いついた。
バイクをやめて、自転車にすればどうだろう?
今までずっと忘れていたけれど、僕はいつかクロスバイクが欲しいと思っていた。
自転車で颯爽と走るのは、どんなに気持ちいいだろうかと思い、「いつか買おう」と決めていた。
僕の“やりたいことリスト100”には、ちゃんと「クロスバイクを買う」という項目が入っている。
もしかして、今がそのタイミングなのかも知れないぞ?
そう思うと、さっきまで沈んでいた気持ちはウソのように、ワクワクしてきた。
数日間、調べてみると、クロスバイクを買うメリットばかりが見つかる。
運動不足解消にもなるし、気分転換にも良い。
通勤距離も5.0kmほどなので、申し分ない。
さらに、“最高のタイミングだな”と思うことがあった。
欲しいと思っていた自転車の最新モデルが今月に発売することになったのだ。
なんてことだ……。
何度も修理を繰り返し、僕の心は疲弊していた。
イライラして、うんざりした気持ちになっていた。
なんてツイていないんだと、不運を呪った。
でも、僕はツイていた。
このタイミングで、バイクが故障して良かったのだ。
結果、僕は“いつかやりたい”と思っていた、“クロスバイクを買う”と夢を叶えられることになった。
今、僕は、2週間後の発売が待てなくて、ウキウキしている。クロスバイク用にバックも選んでいる。
幸せすぎる。
クロスバイクで通勤する自分を想像しただけで、興奮している自分がいる。
バイクが壊れて良かったとさえ、今では思うようになった。
『人間万事塞翁が馬』とは、よく言ったものだ。
なにが幸運になるかわからない。
バイクが壊れたことで、僕は夢だったクロスバイクを手にすることができるなんて。
絶望の瞬間が、まさか夢を叶えるキッカケになるとは思ってもいなかった。
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