メディアグランプリ

夫の網膜剥離で、見えない目に見えてきたもの


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記事:松原早美(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
それはある日突然やってきて、わたしたち夫婦の目の前に立ちはだかった。
6月に入ったばかりのあの日、夫が何気なくつぶやいた。
「左目の下の方の視界がちょっと霞むっていうか、見えにくいんだよね」
春先から鼻炎でくしゃみを連発していたので、「アレルギーじゃない?」と軽く流してその場は収まった。実際娘たちは、アレルギーで白目がぷるぷるとゼリー状に膨らんでしまったことが何度もある。今回もそんな感じだと思っていた。
 
視野が欠けるというわけでもないけど、左目の左下が良く見えない状態。特に目をこすったりしたわけでもなく、痛みやかゆみもないらしい。翌日仕事が休みだった夫は、「眼医者行ってくるわ」と朝からバイクに乗って出かけて行った。彼がそこから1週間も帰って来られなくなるとは、その時は思ってもいなかった。
 
出かけてしまった夫に代わって飼い犬の散歩を済ませて帰宅すると、壁の伝言板に「お父さんを眼医者に迎えに行ってね」と娘の字で書いてある。
「ああ、目の検査をしたからバイクの運転ができないのね」と思って車で迎えに行った。
 
眼科に着くと診察室へと通され、戸惑う間もなく医師にこう告げられた。
「ご主人は網膜剥離です」
「!?」
咄嗟にその意味がわからない。
医師は眼底写真を示しながら、説明を続けている。
「網膜が傷ついて、内側に引っ張られるようになっていて……」
説明を聞きながら、回らない頭でゆっくりと考える。
ええと網膜剥離って、あの、ボクシングで殴られたり、スポーツ選手でボールがぶつかったりしてなるやつだよね?どういうこと?
頭の中はハテナでいっぱい。夫の顔を見てもそこに答えは書いてない。
「……ということなので、すぐに手術が必要です。急いでこの病院へ行ってください」
と系列の入院設備がある眼科を紹介された。
どうやら夫の左目は網膜剥離で、すぐにでも手術が必要な状態らしい。命に別状はないものの、手遅れになれば失明の危険すらある病気である。でもそれはどこか他人事のようで、なかなか実感できなかった。
 
そこからの半日のことは今思い返してもよく思い出せない。とにかく検査に次ぐ検査をこなした。網膜剥離は実は外的衝撃で起こるものばかりではないこと、夫の場合強度の近視と加齢によるもので、防ぎようはなかったと説明を受けた。
網膜剥離の手術は剥離の状態によって何パターンかあるらしいが、夫の場合は網膜の傷をレーザーで固め、硝子体(白目の中身のドロドロとした部分)を取り去り、中にガスを入れるというものらしい。さらに水晶体がけっこう濁っていることから、白内障の手術も同時に行うよう勧められた。硝子体の手術後は白内障が一気に進むらしい。そう聞けばもう選択の余地はない。
手術の説明からリスクの説明まで一気に聞いて、ものすごい情報量に脳みその処理が追い付かない。あれよあれよという間に、左目に二つの手術が施された。
 
キツネにつままれたような感じとでもいえばいいのか。
いきなり巨大な敵に襲われ、もう戦意喪失、成すがまま、という感じであった。
 
でも実はこの敵だと思っていたものは、決して倒せないものではなく、むしろわたしたち夫婦にとってはありがたい存在となるのだった。そう、ドラゴンボールでいえば、初めは敵だったのにやがて強力な仲間になったベジータのように。
 
突然降ってわいたような手術と入院。わたしたち夫婦、家族を脅かし、苦しめる敵だと思っていたら、そのおかげで色々と深く考えることができたのだ。
たった1週間の入院だったが、その間に「もしも急に夫がいなくなったら」というifストーリーを体験できたことは得難い体験であった。旅行で不在、というのとは心理的に違う。犬の散歩をしながら、「ああ、今夫がいなくなったら、こういう生活になるんだな」ということが実感をもって胸に迫ってきた。
 
入院中はほぼ毎日病院に通い、コーヒーを飲みながら二人で話した。
子どもたちのこと、飼い犬のこと、そんな他愛もない会話に加えて、将来のことも話した。普段家にいるときよりたくさん会話したと思う。
夫婦も20年以上やっていると、日常の会話らしい会話なんてなくなってしまう。空気のようといえば聞こえはいいが、お互いにいてもいなくてもいいくらいの存在となっていた。
それが今回のことがあったおかげで、もしどちらかに万が一のことがあったらどうするか、なんてことも話すことができたのだ。
 
そしてうれしかったのは、子どもたちの成長を感じたこと。子どもといってももう21歳と18歳。二人とも物理的にも心理的にも意外と頼りになって、「もう子どもではないんだ」と改めて気づかされた。
 
夫の視力はまだ完全に回復はしていないけれど、今まで見えていなかったものが見えてきたから、それで良しとしよう。
これからの人生、いつ何があるかわからない。どちらかに何かあったときのためにどう備えるか、その答えはまだ出ていない。でもこれからまた一緒に話して考えていこうと思う。
 
 
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2017-06-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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