くつの高さは美意識と比例する
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記事:こばみつ (ライティング・ゼミ 特講)
「Aちゃんってさぁ、足首無いよね。やばくない?」
それが、高校1年生になった私の初バイト先、人生で初めての仕事での先輩からのお言葉であった。
中学3年生までずっと運動部に所属していた私は、お洒落というものに全く興味がなかった。
土日も、部活動とは別のクラブに所属していたので、平日は制服、土日はジャージか、動くやすいジーパンに履き慣れたスニーカーが定番だった。
入学した高校は、制服がダサいことで有名であったが、お洒落に興味のない私にはどうでもよかったし、
制服があるなら、毎日着るものに困らなくていいや、ぐらいにしか思っていなかった。
そもそも、ダサいってどういうことなのかも、わからなかった。
スポーツばっかりしていて成績表は体育以外はほぼ赤点であった私の入れるレベルで、親が入学を許してくれそうな高校はそこしかなかったのだ。昔はお嬢さま学校で有名な学校だったらしい。
高校に入ってまでスポーツをやるつもりはなかった。私も、普通の女の子みたいに、学校帰りに友達とのんびり寄り道をしたり、ファミレスに入ってだらだらおしゃべりをしたり、普通にカラオケにいったりしてみたかった。アルバイトをしてみたい、というのも私のささやかな夢だった。念願かなって、初のアルバイトをすることになった。
自宅と高校のちょうど中間地点にある昔ながらの歯医者さんだった。
人と話すことが苦手だった私は、コンビニなどの不特定多数の人と接する仕事は最初から選ばなかった。できるだけ接する人が限られていることと、高校生のするバイトにしては自給が高いこと、制服が支給されること、が決め手だった。
自宅の箪笥には、スカートやブラウスなどの女の子らしい服装はほぼ無いに等しく、ピンク色のナース服は、気恥ずかしかったけれど、心の奥底に眠っていた女心が、ちょっと喜んでいた。
初出勤の日、ロッカールームで制服に着替えて、出勤時間になるまで休憩室で待っていた。
出勤時間まで、残り5分になったところで休憩室の扉が開き、セミロングの髪を金に染めた女の人が入ってきた。同じ制服のはずなのに、スカートの丈があきらかに短い。。
「おはようございます。今日からこちらでお世話になります、Aです。よろしくお願いします!」
「あ、今日から入る新人の子だっけ。歯科衛生士のKです。よろしくね。ていうかさぁ……Aちゃんってさぁ、足首無いよね。やばくない?」
その先輩は、綺麗に引き締まった足首と、長い足をクロスさせて休憩室の椅子に座り、雪見だいふくみたいに白くて長い指でタバコに火をつけながらそう言った。
私の頭の中は、ハテナマークでいっぱいだった。
足首が無い。別に、それで誰にも迷惑かけてなくない?
どう返事をしていいかわからず、はは、と乾いた笑いを返すことで精いっぱい。まだあまり話したこともない先輩のことが一気に苦手になった。
それから、出勤時に、従業員用靴箱をさりげなくチェックし、K先輩がいつも履いている黒いハイヒールを見つけると、げんなりした気分になった。
靴箱に、赤いピンヒールが入っているときは、K先輩は、ちょっとだけ優しい日だった。
受付業務をしながら、机の下でナースシューズを脱いで足をぐるぐる回したり、マッサージをしたり、
休憩中も念入りに化粧を直したり、ハンドクリームを塗ったりしていて忙しいので私にちょっかいを出す暇が無いから。
そして、仕事が終わると、
真っ赤なルージュを丹念に塗りなおして、クリニックの前には赤いスポーツカーが止まっていてK先輩は優雅に乗り込んで消えていくのであった。
できれば毎日、スポーツカーの人が来てくれたらいいのに。K先輩をさらっていってくれたらいいのに。
いつも先輩からはいい匂いがして母とは違う大人の女の人の匂いがしていた。
そして、念願かなって、半年後にK先輩が寿退職することになった。
私はもう嬉しくてたまらなかったけど顔だけは一応悲しそうなふりをした。
「先輩、ありがとうございました」
「ありがとう。Aちゃん、これあげる」
私の手に、そっとマッサージクリームを握らせた。
「ナースシューズは足がむくむからね。家に帰ったら毎日ちゃんとマッサージするんだよ。いつか、Aちゃんにも、わかるときがくるよ」
今なら、先輩の言いたかったことがわかる。
当時の私には、自分がどう見られているか、客観性がまるでなかった。
足がむくんでいて、形が悪くても全く気にしなかった。
今なら、わかる。
ぺたんこのナースシューズでも、足を美しく見せるために、ハイヒールを格好良く履きこなすために、どれだけ気配りをしていたのか。それは、ひいては自分のためであり、赤いスポーツカーの彼氏のためであり、クリニックにきている患者さんのためなのだ。
綺麗なお姉さんを演じるために、必要な努力なのだ。
私は、今日の日のために買ったベージュのヒールにそっと足を入れた。
赤いピンヒールはまだ私には早いから、5センチの低いヒール。
5センチ分背が高くなった私の足首は、少ししまってみえた。
玄関にとまる青色のヴィッツに乗り込むため私は扉を開け、かつん、と音をたてて一歩踏み出した。
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