プロフェッショナル・ゼミ

100年時代の女の欲望《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事:和智弘子(フィクション)

「ねえ、今度の課題のさあ、『100年時代の人生戦略』っていうの、ちょっとおもしろいよね」

ミキが、そう言いながら、隣に座っている私にもたれかかってくる。全体重をかけてきていて、本気で重い。ミキは、控えめにいうと、すこしばかりふくよかな体型をしている。ぐいっとミキの身体を押しもどしながら、
「うーん、でもさあ、まず本読まなきゃいけないでしょ? ミキはもう読んだことあるの? 結構話題になってるよね、この本」
私がそう言うと、ミキはきょとんとした顔をして、
「そんなわけないじゃん。こーんな難しそうな本、わたしが読んでるわけないでしょ!」と、堂々と言い放つ。あまりにも堂々とした態度のため、私は思わず笑ってしまった。
「なに、その開き直り方! ミキが『ライフ・シフト』のコンセプトテーマを、おもしろいっていうから読んだのかって聞いたのに。あー、笑いすぎて涙でてきた」
「こんなぶあっつい本、読んでるわけないじゃーん。おもしろいな、って思ったのは、この『100年時代の人生戦略』って言葉よ」
ミキは、本を読んではいないけれど、その言葉には興味があるようだった。
「なんで? なにがおもしろそうなの?」
私は不思議に思って、ミキにたずねる。
「もしさあ、100年生きるなら、どんな人生設計をたてるかってことでしょ? あ、本に書かれている内容は別としてね。言葉の意味だけでね。私はさ、100年生きるなら、ずーっとキレイなままで、いたいよね!」
……何を言い出すのかと思ったら。私は一瞬あきれてしまったけれど、でも、確かにそうだなとも思う。オンナはいくつになっても、きれいでいたいと思うものだ。ちょっと前に流行した「美魔女」なんていう言葉だって、そうだ。年齢不詳の、キレイなオンナ。
「それってさー、オンナにとっては永遠のテーマだよね。ミキだけに限らずね。たしかに私もそうかもしれない」
「で、しょー! やっぱりアヤコは分かってくれると思った。よぼよぼのおばあちゃんになるのも、別に悪いとはいわないけど。でも、いつまでも若々しくて『あのひと、いったいいくつなんだろう?』って思われるようになりたいよねー」
うんうんと、うなずきながら、ミキはそうまくしたてる。
「いやー、ミキちゃんよ。そのためには、まず、何回も挫折してるダイエットをがんばんなきゃ……じゃない?」
ミキの脇腹をちょこりとつまみながら、私はそういってミキの顔をのぞきこんだ。
「あっと、それは言わない約束でしょー! あ、でも、ちょっと気になるダイエット方法があるんだ。こっそり痩せて、アヤコをビックリさせてやるんだから」
そういってミキはガッツポーズをした。

こっそり痩せるとはいっても、私とミキは同じ大学に通っているし、似たような講義をとっているため顔を合わせる機会も多い。
三年生にもなれば、大学には週に三日だけ講義を受けに行けばいいのだけれど、そのうちの二日間はミキと同じ講義をとっている。こっそりも何もない。

「ねえねえ、この前言ってたさー、気になるダイエット方法なんだけど! ものはためしに、やってみようかな? って思ってるんだ! アヤコも一緒にやってみる?」
午前中の講義が終わり、学食にお昼でも食べにいこうと移動しながらミキは私に腕を絡めて提案してくる。
「こっそり痩せるんじゃなかったの? まあでも、気になるっちゃ気になるね。どんなダイエットなの?」
「SNSで見つけたんだけどねー、あ、あとでそのサイト見せる! とりあえず学食行こう。席なくなっちゃうもんね」
そう言いながら私たちは急ぎ足で学食へ向かった。

ミキはカレーライス、私は中華そばをそれぞれ注文して席に座った。
「先に食べちゃうね。麺がのびるのヤだし」
私はそういって、ふーふー、と端につまんだ麺に息を吹きかけて冷ましながらちゅるちゅるっとすすった。
ミキはカレーライスをぱくぱくと頬張りながら、
「なんかさ、このダイエットすっごくて。ビフォー・アフターっていうの? 実際に体験した人の、試してみる前と、試したあとの写真とかも載ってるんだけどすごく痩せてるんだよねー」
「ミキちゃん、そんなにバクバク食べながら『痩せたい』だなんて、矛盾してない? だいたい、そんな写真なんて、今時いくらでも加工できるよ?」
「いや、そうかもしれないけどさー」
そういいながら、ミキは一刻も早くそのサイトを私に見せようと、カレーライスを食べながらも、スマホを器用にいじっている。
「これこれ! 見てよ!」
ミキが見せてきた画面にはなんとも怪しげな宣伝文句が、ところせましと並んでいた。

『ダイエットに失敗してしまうあなたに! 絶対にやせられる方法教えます!』

「なにこれ、べつによくある広告じゃん。こんなの絶対ウソだよー。だまされてるよー!」
私は思わずミキのぽっちゃりとした手をつかんでそう言った。
「いやいや、ちょっと、よく読んでみてよ。たしかに最初のページはありがちなんだけどさ」
そういって、ミキは別のページを私に見せてくる。

『この方法でダイエットに失敗することはあり得ません! 失敗された方には全額返金保証をします』

……全額返金保証か。
これも、よくある広告のあおり文句じゃないか。ミキはこのダイエット方法のどこに惹かれているんだろうか?
「あっ、アヤコ、いま『これもよくあるパターンじゃないか』って顔に出てる! そうなんだけど、もうちょっとページをスクロールさせて読んでみて?」
そう言われて私は、ページをどんどんスクロールさせていく。
すると、そこには「このダイエットサプリメントを試される方への注意事項」という項目が出てきた。
そこには、アレルギーが出たら服用を中止してくださいだとか、規定量を超えて飲んでも効果に変化はありませんといった、ありきたりな注意事項がならんでいた。
しかし、最後の項目に「監視者のかたへ」という、あまり見慣れない項目が出てきた。気になったので、注意深く読んでみた。すると、そこにはこんな注意書きが書かれてあった。

『このダイエットサプリには、思わぬ副作用が出ることがあります。
監視者の方は副作用が出ていると判断した場合に、ダイエットを停止させるようお願いいたします。なお副作用は人によって異なる場合がございますのでご注意ください』

どういうことだろう? 
単なるダイエットサプリじゃないの?

なんとなく、薄気味悪いように感じた私は、ミキに
「ねえ、この『監視者』っていうのなに? この注意事項、なんか気持ちわるくない?」と告げた。
けれども、ミキはあっけらかんとして
「え? そうかなあ? ダイエットってひとりでやるから失敗しやすいじゃん、だれかに見てもらっていたほうが効果があるっていうことじゃないの? 考えすぎだよー」という。
ほんとうに、そうだろうか? 私は何となく気味の悪い注意事項が心に引っかかってしまった。
「私はこのダイエット、あんまりやる気しないなー。サプリって結局ずっと飲んでなきゃいけないんでしょ? 私はパス!」
そういって、スマホをミキに返した。
「えー、つまんなーい。せっかく簡単に痩せられるかもしれないのにー」
と、ミキは口をとがらせる。
「じゃあさ、アヤコが『監視者』になってよ! べつにいいでしょ? それで効果がありそうならアヤコもこのサプリ試してみたらいいじゃん。じつはもうポチってあるから、明日か明後日には届くと思うし」
にやにやと笑い、我ながら名案だわーというと、ミキは残りのカレーライスをぺろりと食べきった。

翌週になり、講義の部屋につくなり、ミキが駆け寄ってきた。
「アヤコー、待ってたよー」
そういって、カバンのなかをごそごそと探る。
「ジャーン。これ! 届いたよ!」
ミキがカバンから取り出したのは、小さな小ビンだった。ラベルには「シークレット・ダイエットサプリ」と書かれている。
「あー、それね。もう飲み始めてるの? どう? 調子は?」
私は思いのほか安っぽいラベルにちょっと安心した。なんだか大げさなことを書いていたわりには、たいしたことなさそうだ。
「うん、かなり調子いいよ! あ、でも本格的に効果を発揮するのはこれからだと思う」
そういって、ミキはそのダイエットサプリメントに付属していた注意事項の髪を私に手渡した。
「アヤコ、なんだか疑ってたからさ。一応あんたが『監視者』だし。……あ、そうそうこれも渡しとかなきゃ」
そういって、ミキはまたカバンからなにやら取り出した。
それは、密封されたビニール袋だった。なかには何やら薄いクリーム色をした粉末が入っている。
そのビニール袋とともに、『監視者の方へ』と書かれた小さな紙を私に手渡してきた。
その紙には、いくつかの注意事項が書かれていた。

「サプリメントを飲んでいる方の様子に異変が生じたと感じましたら、この粉末を水または液体に溶かして飲ませてください。この粉末さえ飲めばそのあとにサプリを飲んでしまっても効果は発揮しませんのでご安心ください。*異変に関しては人によって異なります。監視者のみなさまの直感に従ってくださって結構です。くれぐれも見逃さないように、お気をつけ下さい」

……なにこれ? 
直感に従え? 見逃さないように?
どういう意味なんだろう……。
やっぱり気味が悪い……。

「ねえ、ミキはこの紙の内容、読んだ?」
私はやはり、そのサプリメントが薄気味悪く感じたために、ミキに確認した。
「うん、読んだよー。なんかちょっと、おどかし過ぎだよね」
「ミキは、そのサプリ、ほんとに試してみるの?」
「っていうか、もう試してるから! 大丈夫だって。ほら、本当はそんなに危ないやつじゃなさそうだよ」
そういって、サプリメントに付属していた注意書きを私に読んできかせてくれた。
「このサプリメントは、腸内細菌を活発化させるものです。そのため、慣れるまではお腹が張ってしまうことや、便秘になることもございます。飲み始めてから2週間ほどで、落ち着きますのでご安心ください。なお、副作用として腸の活動が想像以上に活発になることもございます。その際はかならず服用を中止して『監視者の方へ』と明記してある同封されております粉末を、ただちに飲用してください」

よくよく聞いてみると、いわゆる「ビフィズス菌」のように、お腹に良い働きをしてくれる細菌が含まれているサプリメントなのだと言う。
たしかに、お腹の環境を整えると、身体の調子が良くなる、なんて話も聞いたことがある。

それならば、なんでわざわざ『監視者』だなんて、まどろっこしいことをするのだろう?

「とにかく、もう飲んでるからさー。さあ、これでわたしも痩せて、モテてモテて困っちゃうーって言ってやるぞー! 見てろよー」
と、私に向かってピースサインをした。

週に二日しか、ミキとは顔を合わせない。
初めのうちはなんとなく警戒していたものの、だんだんと私が『監視者』であることを忘れてしまっていた。もちろん、大学に行くときにはカバンの内ポケットのなかに「謎の粉末」がはいったビニール袋を入れてあった。だけど、それすらも、ただ入れっぱなしになっているというだけで意識しなくなっていた。

ミキがサプリメントを飲み始めてから、そろそろ一ヶ月が経過しようとしていた。確かにミキは飲み始めてから二週間目ぐらいの頃から、すこしずつほっそりしてきたようにも感じていた。あごの下についていたぽちゃぽちゃとした肉もスッキリとしているように見えた。健康的に痩せているようだったし、特別な「異常」は感じられなかった。お互いに講義のあとにバイトを入れていたりして、ミキとゆっくり話すのは久しぶりだった。

「ミキ、ダイエット効いてきてるんじゃないのー?」
その日の講義が終わり、大学内にあるカフェテラスでだべっているときに何気なくその話題をふってみた。私とミキはそれぞれカフェラテを飲んでいた。
「やっぱり? そうなの! もうねえ。おもしろいように体重が減っていくの! 食べても! 食べても! 食べても!」
ミキは急に目を輝かせて、話しはじめた。
「食べても、食べても、食べても、食べても、食べてもお腹がすいちゃってね。全然お腹いっぱいにならないのよ。それにね、いくら食べてもね、太らないの」
その言葉に、私は少し、怖くなった。
「でもさ、いくら食べても、ってことはないでしょ。やっぱり運動とかしてるんでしょ?」
まさか、サプリメントを飲んだだけで、そんなに痩せるはずはない。私はそう思って、ミキに質問した。しかしミキは
「ううん。毎朝一錠、サプリ飲んでるだけ。ほんとうにね、なあんでも、食べたくなっちゃうの。……アヤコのことも食べてしまっちゃいたいなー、なんて。二の腕のあたりとかさあ、美味しそうだよねえ……」
そう言って、べろりと舌なめずりをする。ミキの表情は、何かに取り付かれてしまったかのようで、私の背筋はゾクリとした。ミキの目に宿っている光も、なんだか、飢えたケモノのようにギラギラとしている。薄気味悪くて、見ていられなかった。

このサプリ飲んでると、トイレにいきたくなるんだよねー、とミキが席をはずしたすきに、私は自分のカバンのなかを慌てて探った。
「監視者」の立場でなくても、ミキの様子は明らかにおかしく感じた。直感に従わないと、手遅れになる。
そう思い、ビニール袋を取り出した。慌ててしまって、手が震える。この粉末をいますぐミキに飲ませないと、きっと、取り返しのつかないことになる。こぼしてしまわないように、震える手をどうにか落ち着かせながら、ミキの飲みかけのカフェラテのなかに、その粉をいれた。刺さっているストローでグルグルとかきまぜる。なんとなく溶けきっていないように見えるけれど、しかたがない。

少ししてミキは席に戻ってきた。
お腹すいたし、ケーキでも注文しようといいながら、ずずっと一息でカフェラテを飲み干した。一瞬、顔をしかめたようにも見えたけれど、あまり気にならなかったようで「すみませーん、ケーキセット注文していいですかー?」と店員をよんでいた。
私は素知らぬ振りをして、私もケーキ食べよっかなー、といってメニューをのぞき込んだ。すこし震え続けている手を、テーブルの下に隠しながら。

……たぶん、これで、大丈夫なはずだけど。
私は心配になりながらも、自分に「ミキはこれで大丈夫」だと言い聞かせていた。

飲ませた粉末が効果を発揮してくれたのか、ミキは日を追うごとに、また少しずつ、お餅のようにもみえる、柔らかな肉付きの体型に戻っていった。
ミキは「楽して痩せる方法、ないかなー?」なんて、能天気にいっている。あのサプリメントを飲んでいたことすら、覚えていないかのように。
ダイエットを失敗させてしまって、申し訳なかったのかも? と少しばかり思う。けれど、あのままサプリメントを飲み続けていたら、ミキはどうなってしまっていたのだろう? あのときのミキの目を思い出しただけでも、背筋がゾッとする。やはり中止させて正解だったはずだ。
美しさを追求し過ぎることは、あまり、良くないのかもしれない。自然に年を重ねていくことや、ふっくらとした体型についても、自分自身で受け入れながら暮らしていくのがいいのだろう。

ふと気になって、あのサプリメントを販売していたサイトを探してみたけれど、もう、どこにも見つけられなかった。

*冒頭に「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」著:リンダグラットン についての会話がでてまいりますが、この記事の内容とはまったく関係ございません。 ***

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