「お前はもう、ハマっている」と沼の住人からの声がする。
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記事:松下広美(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「今日、カメラ持ってって写真撮ってよ」
「うん、わかった」
伯母の喜寿のお祝いで、みんなが集まることになっていた。
母は私が最近、iPhoneだけではなく、眠らせていたデジカメで写真を撮っているのを知っていた。
母のお願いを二つ返事でOKした。
今日の私はカメラマンだ。
撮った写真には、みんなの楽しそうな笑顔が写っていた。
記念撮影で撮った集合写真、姪っ子姉妹がじゃれあう姿、母が孫を抱く姿、どの写真にもみんなの笑顔が咲いていた。
「うーん」
写真の中の笑顔に、私は満足できなかった。
いや、笑顔に満足できなかったんじゃない。
モニターに映る画像に満足できなかった。
もしかしてと、iPhoneで撮ってみるけど、同じだった。
満足できない理由はわかっていた。
今までなら、その満足できない気持ちに、気付かないフリができていた。
「こんなもんだろう」と自分自身を納得させて、「次はいい写真が撮れるかな」と、できもしない期待で、ごまかしていただろう。
「デジカメ」というものに出会ったのは、大学生の頃だった。
Windows98の登場によって爆発的にパソコンが普及し、デジカメの存在も知った。カメラはフィルムという概念を、完全に覆された。
最初に手にしたデジカメは、父が何かの景品で持って帰ってきた。
欲しい、と言っていた私の言葉を覚えていたらしい。
おもちゃのようなカメラだった。
画素数は2ケタで画像は荒く、モニターがないので撮った画像の確認ができないし、撮れる枚数も少ない。今からしたら信じられないくらいの性能の低さだった。
しかし、初めて撮って、パソコンに取り込んだときは感動した。
今までは現像しないと見れない写真が、撮ってすぐに見ることができる。
なんて、すごいものなんだ! と一人感動していた。
ただ、まだデジカメがメジャーじゃなかったのと、使い捨てカメラが主流だったのもあり、最初のデジカメでは家のワンコを撮るくらいで、持ち出して外で撮る、というところまではいかなかった。
社会人になって、少しずつデジカメがメジャーになってきた。
新しモノ好きだったのもあり、欲しくて欲しくて仕方なかった。
確か、社会人1年目の冬のボーナスでデジカメを買った。
400万画素くらいだったと思うが、かなり満足できる写真が撮れた。
「カメラ付き携帯」はあったが、性能はデジカメよりはかなり劣るモノだった。
このデジカメはどこに行くにも連れ出して、友達の結婚式や旅行で、たくさんの思い出を撮ってきた。
「モニターちっちゃっ!」
10年近く愛用していたのだが、その間にはどんどん新しいデジカメが発売されていた。機種が新しくなるたびに、画像を確認するモニターはだんだん大きくなっていった。
私のデジカメは、裏面いっぱいのモニターが付いているデジカメからすると、かなり小さなモニターだった。3㎝×4㎝くらい、裏面の4分の1くらいの大きさなので、写真を見せると必ず、「ちっちゃ!」と叫ばれた。
めちゃくちゃ愛用していて故障することもなかったが、デジカメを取り出すたびに、流行遅れの服装を披露しているような気がして、恥ずかしくなってきた。
そしてさすがにそろそろ買い換えようと思ったのが、6年ほど前。
どんなデジカメにしようか、すごーく悩んだ。
それまで持っていたCanonの最新機種にしようとも思ったが、デザインが気に入らなかった。流行りで、形が丸っこくなっていて、なんだか「おもちゃ感」がしてダサい。
この頃に流行り出していたのが、一眼デジカメ。
宮崎あおいちゃんがCMをやっていて、めちゃくちゃかわいかった。
「カメラ女子」なんて言葉が出てくる前で、一眼レフを持ってるなんて当たり前ではなかったけど、頭の中で妄想する姿はかっこよかった。
でも、持ち歩くのが大変そうだし、使いこなせるかわからなかったし、高いし……。
そもそも、そんな専門的なカメラを持って何をするんだ? という疑問も湧いた。
撮って、パソコンに取り込んで、眺めて……。
三十路に突入したオンナが、カメラで楽しんで、確実に婚期を逃す。
だめだ、そんなカメラ持っちゃダメだ。
一眼デジカメの購入は踏みとどまった。
ただ、ちょっとだけ性能の良さそうな、マニュアル設定ができそうな、コンパクトデジカメを買った。
そのデジカメは最初は活躍していたが、マニュアル設定をしっかり使いこなすことのないまま、iPhoneに活躍の場を奪われていった。
iPhoneで満足していた。
携帯とカメラが一緒になってて、持ち歩くのも大変じゃない。
カメラの性能もかなりよくなっている。
データのやり取りも簡単。
ずっとiPhoneで満足していたが、ちょっと前に、写真を教えてもらう機会があって、デジカメを持ち出すようにもなった。
マクロ撮影で、雨上がりの素敵な写真が撮れて、自分で自分の撮った写真に満足していた。
オートモードをちょっといじると、変わった写真が撮れることも知って、満足していた。
つい最近まで満足していたはずなのに、急に満足できなくなったのは、なんでなのか。
数日前に届いた、1冊の雑誌。
「人生を変える本屋」が作った「人生を変える雑誌」。
その雑誌「READING LIFE」を見てしまったからだ。
確かに、その本屋にハマっていることは認める。
ハマっている本屋が作ったものなので、買わない理由はない。
届いてすぐ、全体をパラパラ眺めた。
あ、ヤバい。
そう思ったときには遅かった。
沼にはまった人たちの、作品と被害総額を見てしまった。
私のハマっている本屋、天狼院書店では「レンズ沼被害者の会」というものが発足されている。
カメラにはまった人たちが、「どうしてくれるんだ!」と言っている。
私はその人たちに「どんだけハマってるんだよ」って笑って突っ込もうと思っていた。
沼から距離のあるところで体操座りして、見ているはずだった……。
距離があると思っていて、一歩踏み出したところがすでに沼だった。
「カメラ、買える」と、思ってしまったのだ。
ごくごく平均的なサラリーマンなので、たいした給料をもらっているわけではない。
ただ、実家暮らしで独り身なので、どこかを切り詰めれば手が出せる金額なのだ。もうすぐボーナスの時期だし……。
「この写真が撮れるなら、出してもいいかも」と思えるのだ。
それくらい素敵な作品が、雑誌の中には散りばめられていた。
これから、カメラを始めて後悔した人の手記を読もうと思っている。
立ち止まることができるだろうか。
もう後戻りはできないのだろうか。
結婚相手を見つけるよりも、一眼レフを手にする日の方が近そうだ。
どうせハマるなら、男にハマりたかった。
さらに、婚期は遅れてしまいそうだ。
でも、家族の笑顔あふれる素敵な写真を想像したら、それもいいか、と思える。
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