プロフェッショナル・ゼミ

自分から逃げることはやめることにした《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:めぐ(プロフェッショナル・ゼミ)

私は、自分と向き合うことが、苦手だ。
できることなら、逃げたい。
自分から、逃げ出してしまいたい。

「もう一度!」
目の前には、「半紙」とよばれる書道用の紙がふわりと置いてあって、右手には墨汁でヒタヒタになった大筆。
すずりに入った墨汁が、鼻をツンと刺激する。
いや、このすずりからだけではない。
この臭いはもうすでにこの部屋のありとあらゆるものに、染み付いてしまっているように思える。
あぁ、臭い……。
私は、昔からこの臭いが嫌いで嫌いで、仕方がなかった。
「筆持ったら、書く!」
無機質な言葉が、ふたたび響くと、ついさっきまでおとなしかった正座した足が、モザイクをかけられたかのようにムズムズしてきた。
帰りたい。
早く帰って、小学校の友だちとスーファミやりたい。
けれど、ここで筆を置くわけにはいかない。
半紙に筆が落とされるのを、今か、と鋭い目線が見張っているのだ。
木下先生は、容赦ない。
私が、面倒くさがりで、適当に仕上げようとしていることは、すべてお見通しだ。
だからか、教室には他にも小学生が5〜6人いるにもかかわらず、さっきから私の前でじっと監視している。
一画一画、止めたり、跳ねたり、はらったりする筆の行方を、じっくり見られている。
「そこ、もっとゆっくり!」
私は、早く仕上げたいがばっかりに、一画の筆の行方を最後まで見送らず、次の一画に気を取られてしまう。
生意気にも、なんとなく「それらしく」できていればいいでしょ、そう思っていた。

書道は、兄に憧れて、小1から始めた。
書道は楽しい。
大きな筆で、大きな文字が書ける。
ただそれだけで、開放感を味わえるのだ。
今思えば、小6の子供にストレスなんてあったのだろうか、と思うけれど、たしかに書道で「ストレス解消」ができていた。
無心になって筆を動かしていると、いつの間にかその日にあった嫌なことなんて忘れてしまう。
ただただ、楽しかった。
それに、赤い墨汁で書かれたお手本を見て、「それらしく」書いていれば、褒めてもらえる。
学校でもなんとなく金賞を取ったりもして、私は調子に乗るようになった。
このくらいの力を出しておけば、大丈夫だろ、と。
完全に見くびっていた。
けれど、木下先生は、分かっていた。
私のその怠惰で生意気な気持ちを、見抜いていた。
「めぐさんは、まぁまぁ書けると思います。けれど、もっと丁寧に、書かなければ何も変わりません」
そう言われるようになった。
「なんとなく」きれいに書けていればいい私と、それではダメだという木下先生。
だんだん、好きだった書道をめんどくさい、と思うようになった。

そう思いながらも中学生になっても、書道は続けた。
木下先生は相変わらず厳しかったけれど、やはり大きな筆で大きな文字を書くことはやめられなかった。
私は、相変わらず「なんとなく」書いた。
しかし、やはり中学生となるとレベルが違う。
クラス内で、生徒おのおのが練習した作品を見渡すと、私よりも上手な子が何人もいた。
まずい。
このままだと金賞は逃してしまうかもしれない。
それに、中学生からは「書初め」で金賞をもらえると、市内のコンクールに出場できる。
市のコンクールに出たい!
自分の実力がそこに追いついていないにもかかわらず、負けず嫌いで目立ちたがり屋の私は、一丁前にそう思った。
ただ、このままでは、確実に無理だ。
はじめて、危機感を覚えた。
「先生、私このままだと金賞を取れないかもしれません」
すると、木下先生は「とにかく書きなさい。自分で納得がいくまで書きなさい」と言った。
そして、「しっかり自分と向き合いなさい」とも。
この最後の言葉が、心に響く。
たしかに私は、それまで自分と向き合っていなかった。
「なんとなく」片付けてしまおう、としか思っていなかった。
あぁ、そうか。
それから、家でも書道教室でも、とにかく書いた。
じっくりお手本を見て、自分の書いた文字を見て、どこが違うのかを考える。
書いても書いても「こうじゃない」と思った。
全然、思い通りに書けない。
納得いかない。
木下先生は、「とにかく書いて」と、そればかり。
とにかく書いて自分と向き合うしかない、と先生の言葉を信じて書きまくった。
いつのまにか、「なんとなく」ではなく、「本気」になっていた。
ただ、辛かった。
自分と向き合うということは、自分のダメな部分を見つけてしまう行為でもある。
なんて自分は下手なんだ、なんて雑なんだ、なんて飽きっぽいんだ、と。
落ち込むことばかり。
もう逃げてしまいたい。
自分と向き合うなんて、もう嫌だ。
けれど、書き続けていくと、いつの間にか納得のいく作品が少しずつできるようになっていた。
課題の「新たな創造」という文字は、600回は書いた。
おそらく、これだけの数を書いた中学生は市内に私以外いるまい。
非常に勝手ではあるが、そう思うようになった。
たったそれだけで自信を持てるようになっていた。
明らかに、自分の中の何かが変わった。
そして、なんとか市内コンクールへの出場が決まった。
そこには、それまで味わったことのない達成感があった。

しかし、「とにかく書いて」という木下先生の言葉は、それ以降、私の心のなかですっかり埋もれてしまっていた。
心の下の、さらに下の方に埋もれてしまって、もう自分では掘り起こすことができなくなっていた。
ところが、それが思いがけずこの数ヶ月前に、掘り起こされてしまった。

「とにかく書いてください」
今度の言葉の主は、天狼院書店店主の三浦さん。
ライティング・ゼミの講師である。
最初は、ただ「文章を書く方法」だけ教えてもらえればいいや、と思っていた。
仕事で文章を書くことがあるから、「なんとなく」分かればいいや、と思っていたのだ。
そもそも、私は自分の力をまったく信じていなかった。
だって、読書感想文も自分で書いたことはほとんどないし(母がゴーストライター)、高校の現代文の偏差値は40だったのだから。
自分にはそんな文章を書くセンスはないと思っていた。
だから付け焼き刃的に、文章を書くテクニックだけ知れれば、それでよし、だったのだ。
しかし、ここでもまた負けず嫌いが炸裂する。
そんな不真面目な私をよそに、同じゼミ生たちがどんどん面白い記事をあげていくのだ。
どうしてこんな発想がでるのだろうか。
どうしてこんなに面白いことを書けるのだろうか。
同じように講義を聞き、同じ条件で課題を提出しているのに、なぜこうも違うのか。
悔しかった。
記事を書けたとしても、私のはまったく面白くない。
まったくもって、自己満足でしかない記事。
これを誰が読んでくれようか。
それに、週1回提出するはずの記事を、きちんと毎週提出することもできない。
悔しい。
「なんとなく」のつもりが、いつのまにか本気になっていた。
面白い記事を書けるようになりたい。
自分の言葉を、誰かに伝えたい。
そう思うようになっていた。
そんなとき、三浦さんは「とにかく書いてください」と言った。
「ネタがないときはどうしたらいいんですか?」という質問には、こう答えた。
ネタがないなら、とにかく書いてください。
え、ネタがないのに書け?
ネタがないから書けないのに、ネタがないなら書けって?
意味がわからなかった。
けれど、この疑問にもとても丁寧に、そしてわかりやすく答えてくれた。
社会人になってから、すっかり我が強くなってしまって、なかなか人の言葉をすんなり受け入れることが難しくなっていたのに、三浦さんの言葉はストンと落ちた。
なるほど、とりあえず書く、か。
それから、「書く」ことを始めた。
どんなことでもいい、どんなにくだらないことでもいいから、書くことにした。
すると、あのころの書道と同じように、自分と向き合わざるを得なくなった。
辛い。
逃げたい。
私は、何を好き好んで、自らを辛い状況にしているのだろうか。
仕事だってある。
付き合いで飲みに行かなければならないこともある。
小学生の書道のときとは比べものにならないほど、時間が限られている。
それに、自分と向き合うのが辛いのは、社会人になった今でも変わらないのだ。
記事を書こうとすると、自分の醜い部分、汚い部分が、炙り出てきてしまう。
本当は、クスっと笑ってもらえるような記事を書きたい。
本当は、気持ちが和やかになってもらえるような記事を書きたい。
けれど、その思いとは裏腹に、そうゆうネタはなかなか思いつかない。
むしろ、美しくない、人様にお伝えするべきでない「ネタ」や「思い」ばかりが出てきてしまう。
あぁ、こんなにも私は汚い人間だったのか、と落胆することも多い。
けれど、その一方で、苦しんで生み出した記事には、その苦しんだ分だけ「書いてよかった」と思えることがわかってきた。
それは、読んでくれた人からの「声」のおかげだ。
その声をいただけると、辛かったことも忘れてしまう。
今まで私の交流範囲は限られていた。
両親に、友達、会社の同僚、そのくらいだった。
けれど、今はライティングを通して、いろんな人とつながる可能性が、微かな光ではあるが見えてきた。
記事を読んでくれた、顔を見たこともない、会ったこともない方から、言葉をかけてもらえる。
それだけで、私は自分と向き合って、苦しんで、よかったと心底思える。
これから、書いて、もっと自分と向き合って、このライティングを通してもっともっと多くの人と繋がっていきたい。

もちろん今でも、私は自分と向き合うことは苦手だ。
できることなら、逃げたい。
けれど、もう逃げることはやめることにした。
それは、逃げずに向き合えば、新たな可能性を広げることができるということが肌身を通して分かったから。
だから、私はこれからも、書いて、書いて、とにかく書いて生きたい。
そう思っている。

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