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プロフェッショナル・ゼミ

女になりそこねた女が手に入れたもの《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松下広美(プロフェッショナル・ゼミ)

「だから、男になっちゃったのね」
どう返事をしようか、迷った。
「そうかもね」
さらっと流しておくことにした。
そう返すしかなかった、というのが正解かもしれない。

日曜日の夜のイオンは人が多い。
通路は人がいっぱいで、まっすぐに歩けないし、子供が走り回って騒いでいる。
予想はしていたが、ここまで人が多いとは。人が動く振動で、建物全体が揺れているような気もする。
イオンに来るのは平日とか、休日でも早い時間の人が少ない時間が多い。
なのに、この日は混雑を狙ったかのような時間に来た。
弟と姪っ子の茜と一緒だったからだ。
弟は、市内、しかも隣の区に住んでいるのに滅多に連絡してこない。
その弟から「ごはん食べに行こう」って誘ってきた。正確に言うと、母を誘ってきた。私は、おまけとして付いてきた。
弟は誘っておきながら「どこでもいいよ」と言う。
母は「どこがいいかな?」と言う。
結局、おまけで付いてきた私が決めることになった。あまり会うことのない3歳児の茜の好みもわからないので、選択肢の多いイオンに来た。

「おばちゃんに、おもちゃ買ってもらったら?」
おばちゃんって私のことだよね?
茜は「いいの?」って顔で、父である弟の顔をじっと見ている。
「おばちゃんが買ってくれるって。いいなー」
弟よ、母に便乗か!
「じゃ、おもちゃのあるところに行こっか」
みんなでご飯を食べた後、よくわからない多数決によって、おもちゃを買うことになった。

近くのイオンができた頃は大人になっていたので、そのおもちゃ売り場なんて足を踏み入れたことはない場所だった。子ナシのアラフォー女にとって、おもちゃ売り場は「縁のない売り場ベスト3」に入る。
茜はおもちゃで遊ぶのに夢中で、選ぶのには時間がかかりそうだ。財布の出番はもう少し後のようだ。

おもちゃ売り場なんて、最後に来たのはいつだろう?
私と母で、どんなものがあるんだろうと見て回る。
「あ、まだシルバニアファミリーってあるんだ!」
小さな動物の人形のシリーズのシルバニアファミリーを見つけた。
小学生の頃、30年も前に流行っていた。
懐かしさと、未だにある驚きで興奮していた。
「これ、欲しかったんだよねー」
「そうなの?」
「だって、みんな持ってたもん」
みんなというのは大げさだけど、仲のいい友達は持っていた。
「こういうものを買ってあげればよかったねぇ。だから男になっちゃったのね」
いきなり母から、直球を投げられたようだった。
しばらく意味がわからなくて、返事をどうしようか迷った。
「男になっちゃった」って、私は、母が産んだ娘である。
娘ということは、女である。

私は生物学的に「女」であることは間違いないと思う。
胸もそれなりにあるし、ゴツゴツした体つきではないし、男だったらついているはずのモノはついていない。
今まで、見た目で男に間違われたことはないし、これからもないと思う。

ただ、母から見ると、私は「男」に見えるらしい。

「お姉ちゃんなんだから、お手伝いしなさい」

3人兄弟の一番上であり、兄弟の中で女一人だったこともあったので、小さい頃から「お姉ちゃんなんだから」「女の子なんだから」と言われてきた。
女だということを強く意識させられた。両親はそんなことは考えてもいなかっただろうし、単純に「女の子らしく育ってほしい」という願いがそんな言葉に変わったんだと思う。
でも、「お姉ちゃんなんだから、お手伝いしなさい」と言われるたびに、弟は男だからしなくていいの? 私も男だったらお手伝いはしなくてもいいの? と思っていた。
じゃあ、女らしくなんてならなくていい。
お手伝いなんてしたくない。

だから、「女らしい」という言葉は、嫌いな言葉だった。

言葉も嫌いなら、実際に女らしくするのも嫌だった。
気付いたときにはスカートは履かなくなっていたし、可愛い格好をすることもなくなっていた。

それでも制服でスカートを履くくらいは仕方ないか、と思っていた中学時代のこと。

ある時を境に、急に周りの友達がそっけなくなった。
話しかけても反応が薄いし、向こうから話しかけてくることがなくなった。
なんでだろう? という気持ちがぐるぐるしていたけれど、「なんで?」とは聞けなかった。
学校では一人でいることが多くなった。

しばらくして、仲の良かった友達が手紙をくれた。
その手紙には、私が無視されることになったキッカケが書いてあった。
合唱コンクールの表彰式で、男子ではなく、私が舞台に上がったことをおもしろく思っていないってみんなが言ってる、とそんなことが書いてあった。

なんだそれ。
女子的嫉妬が発動されていたらしい。

実際のところは、誰も舞台に出て行こうとしないから、先生を見た。
そうしたら、アイコンタクトで「行け」って言うから出て行っただけなんだ。
でも、そんな言い訳などもう遅かった。

「なんだあいつ」という嫉妬が、「そうだよね」とまわりに同意されていく。
少女漫画でもよく見る「そうだそうだ」っていう女子集団。漫画の中では、助けてくれる、王子様のような誰かがいるけれど、現実にはいなかった。
中学時代の後半、1年半ほどは学校内では一人で過ごすことが多かった。

「女子」という生き物が嫌いになった。
そして「女らしく」も嫌だ。

きっと、男なら、こんなこともなかった。
男に産まれればよかったな、と何度となく思った。
だから女らしい部分は見せないように生きてきた。
仕事だって男並みに、それ以上にやれるようにと思ってやってきた。
そう振る舞っていても、何度も「本当に男なら」と思った。

しかし母親に「男になっちゃったのね」と言われたとき、ちょっと心がざわついた。
中心にある、女の部分がざわついた。
「私は女だよ」と叫んでいるようだった。

男のように生きたいと思っても男にはなれないし、女が嫌だといっても女であることは捨てきれない。

小さい頃は、大きくなったら自然に女になるものだと思っていた。
ドラマで見るような、女性になれると思っていた。
いくら男になりたいなどと言っても、おたまじゃくしがカエルになるように、女は女になるんだと思っていた。
ちょっとくらいガサツでも、ちょっとくらい垢抜けてなくても、大丈夫。
きっと綺麗なオンナになって、王子様が迎えにくるんだ。

けれど、勝手に女になるわけじゃない。
さすがに40年近くも、一応オンナとして生きていればそれくらいは理解する。

王子様は、お姫様じゃないと迎えに来ない。

女になるためには、メイクや髪型に気を使って、ダイエットとかしてプロポーションに気を使わなくちゃいけない。
内面だって磨いて、どうしたら男にモテるか考えなくちゃいけない。

もう、考えただけで面倒だ。
女子力なんて、なくていいよ。
女にならなくても、大丈夫だよ……。

残念ながら、男にも女にもなれなかった一人の人間が、そこにいた。

「女子力、めちゃめちゃ高いじゃないですかー」
「え? どこが?」
同僚から、「女子力が高い」と言われて驚いた。
その同僚こそ、私は女子力が高いと思っている。
3人の子供がいることなんか全くわからないほどの見た目を持ち、受け答えも女子の鏡だと思う満点で、いつも私が癒されている同僚。
それにひきかえ私はというと、会社に行くときには、日焼け止めをつける程度の化粧しかしないし、髪だってひどいくらいボサボサ。言葉遣いも、社会人としてきは使うが、決して女子っぽい喋りなどしない。
こんな私に女子力があるって?
無縁の言葉だと思っていたのに。
なんでだろう? とよくよく話を聞いてみた。

「この前もらった、梅ジャム。めちゃくちゃ美味しかったですよー。あれは女子じゃなきゃできないですよ!」
え? そこ?

確かに今年、梅の実を前に、テンションが上がった。
梅のことを考えていたら、仕事も手につかないほどだった。
どのお酒を使って、どんな分量で梅酒を漬けようか。
梅酒だけじゃなくて、梅ジュースも作りたいな。
去年漬けた梅酒の瓶を空けなきゃいけないな。
あっ、その去年漬けた梅酒の梅はどうしよう。

そうして、「梅酒の梅 大量消費」で検索されたのが「梅ジャム」だった。
大量の梅の実を、大鍋で煮る。
何か怪しい薬を作っている魔女のように、かき混ぜた。
大量に作りすぎて、消費に困って配っただけなのに。

その梅ジャムが女子力高いポイントになるんだ……。

でも、私の思い描いていた女子じゃない。
ドラマに出ていた女性じゃない。
梅ジャムを配ってる人、ドラマになんか出てこない。

梅が出るのを楽しみに待ち、時間をかけて「梅しごと」をする。

それって、「女子」っていうより「おばあちゃん」じゃないか!
女子力が高いっていうより、おばあちゃん力が高いんじゃ……。

いや、待てよ。
今は、中心にある女の部分は「男っぽい」鎧に包まれている。
それは母親にまで男と思わせてしまうほどの能力がある。
鎧の中で腐らずに熟成させることができれば、立派なおばあちゃんになれるんだ!
梅酒だって、熟成されたものの方が貴重じゃないか。

私は女にはなりそこねたけど、おばあちゃん力は手に入れたようだ。
性別が変わってしまって、おじいちゃんになるよりマシだろう。
それにおばあちゃんになるまでには、まだ時間がある。
30年後くらいに、「おばあちゃん力が高いわね」と言われるようになるのも、悪くないのかもしれない。
そんな妄想をしながら、熟成された梅酒を楽しもうと思う。

***

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