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赤い扉の向こう側へようこそ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ちくわ(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
「バタンッ!」
重そうな赤い扉が閉まる。
「ガチャッ」
ロックまで、かけられた。

私はもう、ここから逃げられない。
赤い扉の向こう側へきてしまった。
でも果たして、耐えきれるだろうか。
明かりが消える。外は昼間なのに、ここは真っ暗だ。
そして間もなく、部屋の一部に淡い明かりがともる。
私が見える範囲は、かろうじて隣の人まで。
数m先にいる人は、シルエットしかわからない。
意を決し、私は目をつぶる。

この場所を知るきっかけは
「きっと、あうと思うの」と私を強く説得した、友人だった。
「なんで、私があうと思うの?」
「そうね。追い込まれるほうが向いてそうだから。あと、思っているより、意外とあっという間だよ」

私は、そういう場所は非常に苦手だった。
だから、今まで自ら行きたいとも思わなかった。
なぜ、お金を出して、わざわざ辛く、しんどいことをしなければいけないのか。
「しんどそうに思うかもしれないけど、私は楽しくてハマっちゃったんだよ」
「うーん。そうはいっても」
「迷っているなら、行こうよ。今キャンペーン中で、体験価格も安いし。一緒に行こうよ」
「うーん」

かなり後ろ向きな気持ちを持ちつつ、とはいえせっかくなので、彼女に一緒に行くことにした。
日頃の自分の行いからして、必要性は感じていた。でも、そもそも苦手意識が強いため、楽しいと思えるレベルまでいけるのか、それが一番の不安だった。

そこは、フラリと、簡単に立ち寄れない。事前に登録が必要だ。
自分のプロフィール。そして決済のためのクレジットカード登録と予約日時。
どうやら初回体験予約は、選択肢が限られているらしい。
しかも、準備や説明を受ける必要があるため、時間に余裕のある日でないといけない。
友人と調整し、土曜日の朝10時からのプログラムに決めた。

当日。9時半に、私は池袋に向かう。
財布以外の持ち物は、友人から言われた、替えの下着と靴下、簡単なメイク道具のみ。
こんなに手軽でいいのかと拍子抜けしながら、待ち合わせ場所へ行く。

彼女に案内され、駅からほど近いビルに着いた。エレベーターで5階へのぼる。
ドアが開いた瞬間、明るくアゲアゲの音楽が、エレベーター内に入り込んできた。
「こんにちは!」
受付カウンターにいる女性が、まるで悪霊を寄せ付けないレベルの声量と笑顔で、挨拶を投げかけてくる。
「こ、こんにちは」
私は、その女性の美しさと、モノトーンにまとめられたオシャレな空間に圧倒される。

友人は、受付カウンターで、白いカードをかざす。
ピロンと音が鳴り、番号が「30番」と、うつし出される。
「じゃ、また後でね!」というと、タオルをとって、女性更衣室へ行ってしまった。
後から来た人たちも、次々にカードをかざし、タオルをとっていく。
なんだ、なんだ。この流れるような作業は。
検品された食品が、ベルトコンベアに乗せられ、出荷されるように、皆が同じルートを辿って、更衣室に吸い込まれて行く。

「はじめての方ですか?」
私がぼーっとしていると、受付のお姉さんに、たずねられた。
デニムシャツにデニムパンツ。
服がくたっとして余裕がある感じからスタイルのよさが伺える。
「はいっ、そうです。よろしくお願いします。」
いつもより一オクターブ高い声で、私はこたえる。

一通り説明を受け、着替えと500mlペットボトルの水1本、そしてタオルを受け取り、更衣室に向かった。
私は、先ほど受け取った、ロゴ入りTシャツと半ズボンに着替えながら、辺りを見渡す。
白いロッカー、白いパウダールーム、白いシャワールーム。
白。白。白。
目に飛び込んでくる様々な「白」が、緊張している私の気持ちを前向きにしてくれる。

着替え終わった後、待たされたのは赤い扉の前。
そこには、ソファが所狭しと並び、多くの人が座っている。
赤い扉が開くのを待っている。

この状況になっても、私はまだ緊張していた。
10時まであと5分。
あの赤い扉の向こう側で、どんな体験をするのだろう。
今回、無事に終えられるか、自信がなかった。

靴のサイズを確認していると、赤い扉が開いた。
待っていた人々が、雪崩のような速さで、その部屋の中へ吸い込まれていく。

いよいよだ。
一歩、足を踏み入れる。
すると、私の目に飛び込んできたのは、外とは一転した、黒い世界だった。
真っ黒な壁と天井に囲まれた部屋。
前面の壁には鏡が貼られているので、狭くは感じない。
そして、70台以上のバイクがズラリと並んでいる。

そう、ここは室内エアロバイク専門のジム。

ただし、他にあるジムのように、単に自分のペースで、好きな時間、漕いだらいいというわけではない。
時間割のように1コマ45分間でプログラムが決められている。
だから、どの時間のどの番号のバイクに乗るか、他人とバッティングしないよう、予約が必須だ。

時間になり、扉が閉まる。
明かりが落ち、隣のバイクに乗る友人の姿もほぼ見えない。
うっすら、前方の明かりがともった。
長い黒髪を一つに束ねた、インストラクターがバイクに乗る。

「あ!」
なんと、インストラクターは、先ほど受付をしてくれた美しいお姉さんだった。
さっきまでの服装とはうってかわって、ピンクのフリル付きキャミソールに、ピタッとしたスパッツ。やはり体は引き締まっており、脚がスラリと長く、かっこいい。
ただ、顔つきが受付のときと違う。

「Let’s start」
そうインストラクターが言い放つと、大音量の音楽が流れ出した。

そこからの45分間はあっという間だった。
洋楽ヒットチャートにあわせ、体を動かす。
インストラクターは、Sっ気たっぷりの英語で、指示してくる。
「ゆっくりペダルを漕ぎなさい」
「勢いよく思いっきり漕ぎなさい」
「もっと、もっともっと、漕ぎなさい!」

エアロバイクなので、単純な動きだが、目まぐるしく音楽が変わるので、飽きない。
ミラーボールやネオンが色とりどりに光り出すと、まるでクラブに来たかのような錯覚を起こす。お酒も飲んでいないのに、テンションがあがっていく。

70人以上が70台のバイクを動かすため、熱気でサウナ状態になり、汗がとまらない。
タオルで汗をぬぐいつつ、曲の合間に水を飲む。

体力に自信がなかったが、なんとか途中退出せずに、プログラムを終えられた。
500mlの水は、全て飲み干していた。
更衣室に戻り、シャワーを浴びながら、私は思った。

運動やジムは苦手で避けてきた。でも、なぜだろう。
苦しかったけど、キツかったけど、嫌じゃない。

そうか。楽しくなかったから、嫌だったんだ。
予約制なので無駄な時間はなく、しかも周りを気にせず、自分のペースで集中できる。
そして、大勢の中で、リズムよくバイクを漕ぐ一体感がなんとも心地いい。
これだったら、運動不足の私も、続けられるかもしれない。

「どうでしたか?」
インストラクターが駆け寄ってきた。
私は即座にこう答えた。
「楽しかったです。そして、ぜひ入会したいのですが」
みるみる笑顔になり、受付のときの柔和な顔に戻る。
「ようこそ。これから一緒に楽しみましょう」

それから2年。私は今も飽きることなく、週2を目処に通い続けている。
 
 
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2017-07-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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