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プロフェッショナル・ゼミ

君が私をダメにする《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中望美(プロフェッショナル・ゼミ)

もう、よくない?
ここにおってよ。
休めんと??

隣にいる彼がそう言う。

私は、「う〜ん」と顔をうつ向かせる。

すると、
絶対いかやんやつなん?
1回くらい休めんと??

「休めるけど〜、まだ1回もサボったことないけど〜……でも……」

じゃあいいやん、1回くらい。
ほら、おいで?

そう言って、掛け布団を広げる姿を見せられたら、その胸にとびこまないことなんてできない。

私は弱い。自分にも、彼にも。
だって、最初っから決まっていたんだ。
授業なんてサボって、ここにいたい。
迷ったフリをしていただけで、本当は彼に引き留められたかっただけなのだ。

こうして私は大学の授業をサボって、彼とぬくぬく布団の中に収まってしまった。
なんという幸福感。
さっきまでの、授業をサボるという罪悪感なんて忘れ去ってしまった。ああ、彼と会う前は、絶対行こうと思ってたのに。こう見えて私は真面目なのだ。真面目に授業を受け、単位だっていつもフル単(単位を落とさないこと)だった。

だが、彼と一緒にいると調子が狂う。ダメだと思っていても、この目の前にある幸福感を感じずにはいられない。

彼は私をダメにするのだ。

それは大学を卒業し、半年が過ぎた今も変わらない。

ほんと久しぶりやね

彼と会うのは、何ヶ月ぶりだろうか。彼に特別な感情を抱いている私は、少し緊張していた。

肌が少し焼け、仕事が忙しいためか、彼は少し痩せたようだ。だが、彼の匂いはいつも変わらない。とても落ち着く匂いだ。
会う約束はしていたものの、お互い社会人になったことで、中々予定があわなかった。しかも、今日だって一緒に居られる時間はたったの2時間ほど。車で迎えに来てくれた彼は、近くのドライブスルーで甘い飲み物を2つ買い、飲みながら2時間ほどかかる私の家へと向かってくれる。

何をするでもなく、ただ車を走らせるだけなのに、なぜ予定をこじ開けてでも会いたくなるのだろう。

彼は恋人でも何もない。だからと言って友達とも思えない。
不思議な存在であり、不思議な関係。この世界の言葉で表すなら、元カレ、あるいは恋人以上恋人未満というのかもしれない。

学生時代と、関係は変わってしまったはずなのに、彼と会った時の私のクズっぷりは変わらない。

まず第一に、途端に優先順位が変わってしまう。
今日だって仕事と同じくらい大切な予定を変更してまで、この2時間のために時間を作ってしまった。彼との約束でなければ、こんなことはしないだろう。私はなんてダメなヤツなんだと思いながらも、会わずにはいられない気持ちが打ち勝ってしまう。

第二に、相手にも自分にも甘くなってしまう。
職業柄、夜中に甘いものを食べ過ぎてはいけないはずが、迷いなく今日くらいいいや、と思ってしまう。彼が突然予定を変更したり、普通なら自分でやれよと思うようなお願いをしてきても、仕方ないなぁと甘やかしてしまう。私はなんと過保護でナマケモノなんだ、そう思いながらも、やっぱり彼を前にするとこうなってしまう。

つまり、とにかくなんでも許してしまうのだ。これが私をダメにする大きな原因だ。彼と一緒にいて幸せな気持ちになれるのなら、他のことなんてどうでもよくなってしまう。
なぜなら、この数時間、いや、一瞬一瞬が、わたしをダメにする代わりに幸福感で満たし、日頃の悩みやストレスを抹消するように忘れさせてくれるのだ。

それだから、ダメだとわかっていても求めずにはいられない。彼は私の中でそういう存在だ。本当は、もっと他に良い選択肢があるはずなのだ。他の人と関わったり、別のことに時間を使うだとか。それは自分でもわかっている。分かっているのに私は彼を選んでしまう。これはもう、一度飲んだら手放すことが難しくなる精神安定剤のようなものだ。なぜなら、彼に助けられて生きていることには変わりがないからだ。不思議にも、幸福感を感じた後、人は、嫌なことがあったとしても前向きな気持ちになっている。彼と会った後は、幸福感に満たされて、明日からも頑張るか、と自然に思えるのだ。彼は私をピンク色の世界へと連れてゆき、一瞬でも私の心を浄化してくれる。何か問題が解決するわけでもないのに、そんな気持ちになるのだ。そうすると、また会いたくなる。これの繰り返しだ。

だけど、ふと考える。このままでいいのだろうか。一生この関係を続けることは、果たして自分のためになるのだろうか? 突然不安になってきて、どこかで踏ん切りをつけなければ、と思い立つ。今度会う時、話そう。そう心に決める。だが、あったとたんにやっぱり彼は私をダメにするのだ。付き合ってもいないのだが、別れを切り出すことなんてできっこない。彼の全てが私という存在を許してくれる。良いところも悪いところも、全部ひっくるめてウェルカムしてくれるのだ。

私は気づいてしまった。
ああ、私は許されたかったのだ。人を許すと同時に、許されたかった。特に、ダメな自分を。日常では、良い自分でいる代わりに、せめてこの彼のそばくらいなら、ダメな自分になっても構わない。そういう自分でいられる存在だからこそ離れられず、助けられていると感じていたのだ。

夜の道を一人歩く。
デート帰りのカップルが仲良さげに私の前を歩いていた。私は速足で彼らを追い越す。飲んでいたのだろう、お互い酔っぱらっていた。イチャイチャをはじめそうだ。その前に追い抜いて距離を置かなきゃ。速足でカップルの遠くなる話声を聞きながら、私は心にもないことを考えた。

私と彼は一緒になってはいけない。いずれ離れなければならない存在だ。
彼と一緒にいたら、私は自分の弱さを彼だけに押し付けてしまう。生涯を共に過ごす人と、そんなことではいい関係を築いてはいけない。私がそう思うのは、結婚相手を選ぶときに大切なことは、その人といて家族がプラスになるようでなければならない、と母に教えられたからだ。1+1が2にも3にもなるような存在こそうまくいく秘訣なのだという。1+1がマイナスになってしまえば、家族はうまく成り立たないし、続かない。確かにそうだと思う。自分がどれだけ頑張って働いても相手がどんどん借金を作れば、いくら好きでもつらい思いをするだけで一緒にはいられない。逆に、お互いが自立し、しっかりと生きていくことができていれば、一緒になったとき、もっともっと素敵な未来が待っている。

だから、少なくとも今は、彼と一緒になってはダメなのだ。距離を置いて、もっともっと自立していかなければならない。さまざまな人やモノと触れ合うことでそれが叶うだろう。

それでも会いたいときは、会えばいい。気をつけるべきは、一時の幸福の余韻に浸ってしまい、日常に支障をきたすことだ。会いたいな、寂しいな……そうくよくよしていたら、いつまでも前に進めない。

私は助手席に座ったまま、静かにそのことを噛みしめていた。あと数メートルで、家にたどり着く。彼とさよならをしたら、私はダメな自分とおさらばだ。ほっぺたを軽く叩いて自分で自分に喝を入れた。

「ありがとう、じゃあね!」

私が車を降りようとすると、彼がパッと私の手を握ってきた。

ああ、やっぱり君は私をダメにする。
そして、私も君をダメにする。

***

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