プロフェッショナル・ゼミ

新入社員斉木真理恵は真夜中に……《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)

思いの外、たくさんの人が来ている。
俺は二階あたりから階下のようすを見ていた。
ふ~ん、こんなに来るのか、そんなに捨てたものではないな、俺も。
集う人たちを見ながら、一人の人のことを思っていた。
彼女は来るのだろうか?
あれは、彼女の上司、いや先輩だ。彼も来てくれた。
それなら、あ、彼女だ。先輩の背に隠れて見えなかったんだ。
薄い色の髪、いつものポニーテールで分かった。
俺は下におり、彼女に近づいていった。
彼女と先輩の話し声が聞こえてきた。

彼女、斉木真理恵と初めて会ったのは株式会社ソニエアさんでだった。
ソニエアさんは、中堅の技術系ベンチャーだ。
技術力はある、が、企画とか営業が弱い。
会社が抱える問題を解決する手助けをするのが、我が社、希代ソリューション株式会社だ。
我が社は特に営業系は強い。見込み客を得意先にする顧客管理、営業機会を逃さない営業システム等々、多くの企業で実績を上げている。さらにベンチャー系は組織が固まっていないだけに、新しいシステムを入れやすい。小さな企業が大きくなっているところを何度もみている。企業を大きくするのは、営業力なのだ。
これだけの実績があれば、そして、我が社のソリューションの確かさが分かれば、すぐに契約となるだろう。
数年前は、訪問のアポイントを取ることすら難しかった。しかし、ここ1~2年は逆に問い合わせに答える方が多くなった。それだけ知られ、実績も確かだということなのだ。
だから、ソニエアさんから問い合わせがあった時点で、売上の計算ができていた。
ソニエアさんを訪れた時には、見積書と契約書の雛形も持ってきたくらいだ。
しかし、通されたのは応接室ではなく、小さな会議室だった。
そこには、ポニーテールの幼い感じの女性がいた。
担当者かと思って慌てて名刺を交換すると、ポニーテールの女性はライバル会社の営業というではないか。

新規案件に新人営業がくるということは……。
ソニエアさんは、ベンチャーとはいえ、ここ数年着実に売上を伸ばしている。今後の成長も期待できる。
案件を獲得して、関係ができれば、そこから大きな商談に繋がっていくだろうに。
それなのに、よくわからない新人を使うなんて。
捨てたな。と名刺の交換を終えて、わずかな雑談から、そう判断をした。
俺はこのとき、新人の斉木真理恵を軽く、いや、まったくをもって見下していた。
可愛い顔をしているが、新人だ。
ちょっと可愛いだけの、いやだいぶ可愛いけれど。
何かあれば、「上司に相談します」くらいしかいえないだろう。
それにしても、可愛い。
いや、仕事は可愛いだけでは取れない。
仕事の、社会の厳しさを味わうといい。そして、ちょっとお茶でもしながら、営業とはどんな事なのかを話してもいい。悪くはない。むしろ、良い。いや、是非、そうしたいものだ。
妄想が少し暴走しはじめたところで、二人とも呼ばれた。
合い見積もりなら、一人ずつだろう。二人同時にとはどういうことだ。

広い会議室には、社長はじめ役員一同が会していた。
見積もりの説明ではなかった。
プロジェクトの説明だった。
すでに、斉木の案が採用される事になっていた。その案の中に俺のソリューションも組み込まれる事になったのだ。
なんの事はない、合い見積もりでもなく、斉木のプロジェクトのご相伴にあずからせてもらうだけだったのだ。
屈辱的だが、致し方ない。しかし、仕事はとれたのだから悪くはない。
でも、釈然とはしない。
鬱々とした思いを抱きながらも、このプロジェクトのお陰で、頻繁に彼女に会うことになったのは嬉しかった。
そして、分かったことは、彼女、斉木真理恵は顔が可愛いだけの新人ではないということだ。
可愛くて、飛んでもない新人だった。
彼女が売り込んだのは、全体最適化のシステムだった。
俺が売り込もうとしていたのは、営業のソリューションだった。
全体と一部、ここでもう勝負はついていたのだ。

彼女は、全体最適化のために、彼女の会社の技術者を総動員し、それでも足りないところは、俺の会社のシステムを組み入れる、という企画を考えたのだ。
考えるだけでなく、実際に人を動かして実現するところまで持っていった。
さらに、システムを組み上げる過程では、ソニエア社の全社員にヒアリングしていた。
システム屋はどうしてもシステムに人を合わせようとする、彼女は、人にシステムを合わせようとしたのだ。
押しつけられたようなシステムを人は使いたがらない。その逆をやったのだ。
その方がいいに決まっている。でも、なかなかできないのが現状だ。
当たり前だけれど、なかなかできなかったことを、新人が組み立てるとは。
脱帽するしかない。

打ち合わせのため、彼女の会社に行ったときも驚かされた。
やはり斉木真理恵は新人とは思えなかった。
受付から、打ち合わせのための会議室までは社内を通っていく。
その間に彼女には次々と声がかかってくるのだ。
普通は客を連れている人に声はかけないと思うのだが。
「斉木、例のはどうなっている」四十がらみの技術者のような男性。
「はい、先ほど国枝さんのフォルダに入れておきました」斉木真理恵は、ニッコリと微笑んで答えている。
「斉木、打ち合わせの後、会議に参加してくれ、おまえの意見が聞きたい」部長クラスの男性から声がかかる。
「はい、国後部長、後ほど伺わせていただきます」斉木真理恵は頭を下げる。
「真理恵さん、今日は大丈夫だよね、同期会?」キャピッとした若い女性からだ。斉木真理恵とは少し年が離れているような気もするが、同期なのか。
「はい、国分さん、必ずいきます!」斉木真理恵の答えを聞いた、キャピッとした女性は少し飛び上がり「やったー!」と拳を突き上げていた。

彼女との打ち合わせは、楽しい。仕事がサクサクと前に進んでいく心地よさがある。
いつも、彼女のメンター役の先輩が加わるのが、少し面白くないけれども。
斉木真理恵は、面白い。可愛いのに有能で、そして面白いのだ。
彼女には有能な人にありがちな冷たさがなかった。
彼女はいつも人の話に耳を傾けてくれた。それがつまらない雑談だとしても。
そして、彼女の意見はいつも斜め向こうから来る。予想外の話しに驚かされる。
それがとても心地よかった。彼女とはいつまでも話しをしていたかった。
仕事のことだけではなく、いろいろなことを話してみたかった。

プロジェクトも山を越え、終わりが見え始めてきた頃、思い切って誘ってみた。
「この仕事もそろそろ終わりですね」まずは、さりげなく話を切り出す。
「ええ、あと8工程残っていますが、98.7%は終え、計画より1週間早く進んでいますけど、終わりはもう少しです」彼女はポニーテールを揺らしながら、よどみなく答える。
「そうだな、あと少しだ。気を引き締めていこう。疲れもたまってきているから、無理せずに早めに帰れよ」彼女のメンター役のナオキ先輩が声をかけると、帰っていった。
「お疲れ様でした。わたしももう少ししたら帰ります。また明日」彼女の声が幾分高くなったように思うのは、思い過ごしだろうか。
彼女のメンターが帰った、今こそ絶好の機会だ。
プロジェクト室には彼女と俺しかいない。
「このあと、飲みに行かないか」これだけのことをいうのに、喉は渇き、声が少し震えてしまった。
「はい、行きましょう。お腹も空きました」斉木真理恵は微笑んでいた。
胸のあたりが痛くなった。甘く痛い。俺は中学生か! と自分にツッコミを入れながら、彼女と行くにふさわしい店は、と思い巡らせた。

個室のある店で、二人きりになると、直情径行な俺は、仕事への影響など考える余裕はなくなっていた。
最初は、和やかに普通に話しをしていたのに、彼女の笑顔をみながら、考えてしまった。あとわずかでプロジェクトは終わりになる。終われば、彼女とは、会うこともできなくなってしまう。そして、彼女の近くにいつもいるメンター役の彼のこと……。
俺は唐突に告白をしてしまった。
「付き合ってください」と。
彼女は少し目を見開いたあと、静かに言った。
「ありがとうございます。悪い気はしていませんが、残念ながら仕事以上の関係は考えられません。これに気を悪くなさらず、これまで通りお仕事をお願いします」と。
瞬殺だった。
俺は、大人の振りをして、「まあ、そうだよね。しかたないな」と何気ない振りをしておいた。

明日のも早いという、彼女を送り出してから、
少しやけ酒気味に飲んだ。
終電もなくなった頃、店をあとにした。
人気の少ない夜道が、寂しい心に気持ちいい。
フラフラと歩いていると、小さな川に架かる橋があった。
橋のたもとには、いくつかの小さな地蔵があり、真新しい花束があった。
ここで事故があったのか。
辛いな。
思わぬ結末を迎えるのは。
今の自分と比べるのは、おこがましいけれど。
地蔵の前に頭を垂れる。
酔いが巡っている、身体が揺れる。
地蔵を離れ、橋の欄干に寄りかかり、川面を眺める。
川面が月明かりを反射して、夜に煌めいている。
うしろから、車の音が聞こえてきた。少し不規則だ。暴走を楽しむ若者たちなのか。
振り向くと車が目の前にあった。運転席の人が見えた。顔が見えない。地肌が見える頭頂部が見えた。
居眠り運転なのか。身体が動かなかった。

俺は、欄干と車に押しつぶされた、俺をみていた。
胸のあたりは極めて薄くなっている。骨は砕け、心臓もすりつぶされているだろう。
車の前部はひしゃげ、運転席ではエアバッグが膨らんでいた。
運転していた頭部の薄い男性は、エアバッグの向こうで震えていた。

あっけない。
自分の亡骸をみて、俺は思った。
一瞬で人生が終わってしまった。
その前に、ちょっと終わっていたけど……。
挽回のチャンスがあったかもしれないのに、そのチャンスもなくなってしまった。

衝突の音に驚いたのか、近所の人が顔を出す。
俺の悲惨な姿をみると、目を背けた。
確かに、この姿は見たくない。
救急車が近づいてくる音が聞こえる。

俺をみている俺は、どうすればいいのだろう。
俺の身体に付いていけばいいのだろうか。

そうだ、彼女はどうしているのだろう。
あの店で別れたきりだ。
もちろん、彼女はこの事故のことは知らないし、知りようもないだろう。
と、思うと、見知らぬ部屋の中にいた。
部屋中が本で埋まっている。
ああ、彼女の部屋なのだな。
明かりが消えた部屋の中だが、今の俺にはよく見える。
ダイニングテーブルの上に、ノートがあった。
開かれたページには、
「非恋愛系の男性と良好な関係を保つ方法(考察)」と書かれている。
非恋愛系って、俺のことか。
「恋愛感情を持たない異性から、好意を寄せられた場合の適切な行動とは」
「ビジネスで不利益を生じないように、的確な対応」……
なるほど、彼女は、こんなことまで……。

隣はベッドルームのようだ。
ふらりと移動する。
今の俺は漂うように動く。
この部屋も本で埋まっていた。ベッドまでの間に獣道のような細い隙間がある。
隙間があるかどうかは、今の俺には、関係はないけれど。
ベッドには、彼女がいた。
ポニーテールを解き、ベッドに広がった髪、意外と豊かなのだな。
その中に埋もれる顔は、幼いようでいて、可愛い。
やっぱり可愛い。
残念だ。
泣けてきたけど、涙は出ない。
でも涙が出ているような気がする。
無念だなあ。
彼女の目が少し開いたような。
彼女の唇が動く、声は聞こえない。
俺の前に闇が広がってきた。

気がつくと、斎場だった。
どうやら、俺の葬儀のようだ。
斎場の2階あたりに漂い、弔問客をみていた。

思いの外、多くの人がきている。
まあ、俺としても悪くはない。
会社の同僚や上司等々、取引先の人も、学生時代の友人たちも見える
そして、彼女、斉木真理恵の姿も見えた。
喪服にポニーテールはないな、と思いつつ、やっぱりポニーテールの彼女は可愛いと改めて思う。
彼女の先輩と一緒だ。
二人のそばに行ってみよう。

「しかし、驚いたなあ」斉木真理恵の先輩が、眉間にシワを寄せていた。
「ええ、まさか……」彼女は、少しうつむき加減だ。
彼女の顔を見たかった。
のぞき込むように彼女の顔を伺う。
口角が下がり、眉も下がっていた。
彼女が顔を上げる。
「本当に、残念でした。仕事もこれからだったのに」
「おまえが彼と最後にあったのか」
「ええ、事故のあった夜、寝ていたら、来ました」
「えっ! それって」
「残念だったのでしょうね。彼の気持ちを受け入れられなかったので。般若心経を唱えたら、消えましたが」

最後の彼女に会えただけでも儲けものだったのかもしれない。
彼女が顔を上げる。
視線がわたしと交叉する。
彼女がしっかりとわたしを見た、と思う。
彼女が深々と頭を下げた。
俺も、頭を下げた。そして、手を振った。
彼女も振り返してくれた。
周囲の景色がぼやけてきた。そして、光に包まれた。

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