自然観察会のすすめ
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記事:濱野裕治(ライティング・ゼミ日曜コース)
「いったい、なぜ、動機はなんなんだ?」
「そもそも、いつ彼らは知り合いになったんだ?」
「そのために、こんなものを持っていたのか!」
これはシャーロックホームズを読みながらワトソン教授に感情移入したときの感想ではなく、自然観察会に参加し、ルーペを覗き込みながら桜の木と蟻の共存関係の説明を受けていたときの感想である。
桜の代表格として知られるソメイヨシノには葉の根元に蜜ツボがあり、それが特徴ということを聞いた、そしてその蜜ツボはなんと蟻のための用意されているものであり、蟻はこの蜜をもとめて木の幹や枝を絶え間なく行き来している。そしてソメイヨシノは蟻が常駐する恩恵として桜の葉を食べる害虫を蟻が退治してくれるという共存関係ができているのだそうだ。
あまり聞きなれないかもしれないが「自然観察会」というものが、大きい公園や動物園、植物園などでは定期的におこなわれている。
どういった内容か簡単に言うと小学生の時に校庭でひまわりを観察したり、ダンゴムシを観察したりした理科の授業のようなもの。それを子供から大人までが参加して自然観察指導員にガイドしてもらいながら行う会で、おおよそ2時間程度だろうか。
私としては大人にこそ、ぜひ一度参加してみることをおすすめする。
理由は素直に面白いから、この面白さは冒頭の感想で示したようにシャーロックホームズと同じなのである。
基本的に自然観察会は自然に興味をもってもらうことを趣旨としているのであるが、そのアプローチとして五感をもちいて体感することを重視している。自然の音を聞いたり、森の温度変化を楽しんだり、土の柔らかさを足で確かめてみたり、落ち葉や、土や、虫を触ったり、蜜をなめてみたりする。
それに、こういった機会でなければ、公園や森の真ん中で童心にかえるこの手の行為自体、常識的な大人であればあるほど世間体を気にして、あえてやろうとは思わないだろう。ある意味では希少な体験なのである。
観察を始めてみると、私ことワトソンは、まずは一見して見過ごしてしまう些細なこと、「常識」として刷り込まれているがゆえに疑問にすら思わないこと、知識として「知っている」ことのただの確認行為に陥ることになるのであるが、そこにホームズこと自然観察指導員による発想の転換をうながす様々な視点のアドバイスをもらうことで次々と自分なりの発見がうまれてくる。
「では、その葉っぱの手触りはどうですか?」
「この植物に、あなたならなんと名前をつけますか?」
「この木の幹を南からみたときと、北からみたときと比べてみてください」
頭はフル回転で次々とメモをとり、ルーペを除く。
自然観察会が理科の授業と異なるところがあるとすると、答えが初めから与えられるわけではなく、「おや?」という気付きを促される点だ。
「なぜ……」と自問をしながら、観察を通して情報を集めていき、自分なりの答えをあの手この手で検証してみる。次にその回答に対してホームズが解説をしてくれ、多くの場合、「なんと!ホームズはそんなところにまで気が付いていたのか!」と驚愕させられる。10個に1個くらいは「やはりなホームズ、そうきたか!」となり、これはこれで気持ちがいい。
そして観察会が終わるころには「よく、まぁ考えられて作られているものだ」と、この自然のクリエーターにたいして畏怖の念を抱くことになる。
蜂や蝶は花に飛んでくる。そんなことは常識だ。
理由はもちろん花は蜂や蝶などに蜜を提供し、代わりに花粉を運んでもらい受粉するためである。この常識的な植物と昆虫の共存関係は大人であればもちろん知っているであろう。たが、ソメイヨシノと蟻という違う形での植物と昆虫の共存関係の実例を示されたことにより、改めてこの不思議さに気づかされた。
「植物はどうやって益虫と害虫の好みの差を知ったんだ……」
「そもそも、どうやって益虫だと知ったんだ……」
尽きることのない疑問をよそに、現実に機能している自然という名のシステムに人間の思考がおいついていないことを痛感させられ、そして同時に「常識」であるために、その不思議さを考えることを停止していた自分にも気づかせてくれる。
人というクリエーターが作り出した推理小説では最後に犯人や動機、殺害方法などの正解が明確に示され推理の検証ができるが、神というクリエーターが作り出した自然に対しては今現在の生物学や植物学、地学、天文学といった自然と対峙する学問の今なお現在進行形の仮の学説であり、明確な正解が提示される性質のものではないのかもしれない。
しかしながら、自分のもてる知識や経験を駆使し、先の賢人の思考の道筋をたどる時間は、シャーロックホームズを楽しむ時間と同様に一つの完成したエンターテインメントとして、なんとも充実した時間なのである。
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