メディアグランプリ

子犬には、扇風機前で麦茶を


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中西 かなえ(ライティング・ゼミ日曜日コース)

 
 
「やっぱり、長女は頼りになるわ」
同級生のA子が、ふたりの子どもの写真を見せながら嬉しそうに言った。
「へー、そうなんだ……」
「わかる! 上の子はしっかりするよね」
お盆休み。一年に一度、帰省を機に同級生5名が集まる。
結婚の早かった子は、既に二児の母。でも、未だ独身の子もいて、少しちぐはぐな会話が続く。
学生時代、同じ目標を夢見ていた頃とは違い、ある時を境に共通の話題が無くなってくる。
それが大人になるということだと分かっていても、未知のことにどう対応すればよいのか、お互いに言葉を探しているような空気が漂っている。
 
「このグループってさ、長女が多いよね?」
A子がみんなに質問を投げかけてきた。
「確かに、ほとんどが長女だね。偶然かな?」
「長女ってさ、母親から見たらかわいい子犬だよね。下の子は、逆に猫」
「あ、それ分かる!」
「下の子は、甘え上手だもんね。上の子は、親に従順というか、真面目というか」
 
長女は、子犬。
その言葉が、夏のある記憶を呼び起こした。
幼いころ、母親の中心は妹にあった。もともと身体が弱かったこともあり、手のかかる子どもだった。そして、甘え上手でもあった。何をしても、まず失敗を経験させられるのは姉の私。怒られるのも姉の私。我慢を強いられるのも決まって姉の私だった。
だから、長女であることが、本当に嫌だった。なぜ、お兄ちゃんかお姉ちゃんがいなかったのだろう……何度も何度もサンタクロースに、プレゼントとしてお兄ちゃんとお姉ちゃんをおねだりしたものだった。
そうだからといって、妹が嫌いなわけでもなかった。どちらかというと好きだったと思う。何をするにも、一緒に行動していたから。ただ、うらやましい存在だった。うらやましいと思っていた時点で、ひょっとしたら嫌いだったのかもしれない。
 
今でもはっきりと覚えている。小学校2年生の夏休みのことだった。
妹がお泊り保育で、家を留守にすることがあった。その日は、なんだか嬉しくてソワソワする自分がいた。いつも一緒にいる妹が居なくなるという初めての体験に、訳もなくお祭りのような気分だった。だから、朝のラジオ体操には、いつもより早く公園に妹と一緒に行き、体操が終わるとさっさとスタンプをもらって、家に帰ってきた。母親と妹を玄関でお見送りをしたあと、いつもは夕方にしぶしぶ取り掛かる計算ドリルと漢字ドリルをさっさとやり終えて、母親の帰りを待った。
母親と二人っきりでお昼ごはんのそうめんを食べ、3時のおやつにはスイカを頬張った。
時間があっという間に過ぎて行った。子どもながらに、ワクワクした時間がこんなに早く過ぎるのはおかしいと本気で泣き叫びたかった。
 
お風呂上りに、ひとりで扇風機の前で涼んでいた。
もう、眠ってしまったらこのワクワクした時間が終わってしまう。なんだか悲しい気持ちになってきていた。このワクワクする時間がずーっと続いてほしいと思っていた。
その時、シャワーを浴びて出てきた母親が、麦茶を持ってきてくれた。
母親と二人、扇風機の前でお風呂上りに麦茶を飲む……今まで経験をしたことが無かった。
なぜなら、お茶をこぼすから、テーブル以外の場所で飲んではいけないと厳しく言い聞かされていたからだ。
びっくりした顔をしていたのだろう。母親がこう言った。
「おねーちゃんだから、今日だけはここで飲んでも大丈夫。妹には、秘密ね」
この時、はっきりと分かった。
妹が居ないという特別感より、母親とべったり一緒に居られることが嬉しかったのだと。
そして、「おねーちゃんだから、大丈夫」と言ってもらえたこと。
「妹には、秘密」という特別なプレゼントをもらえたこと。
今までに経験をしたことがない嬉しさが、一気に押し寄せてきたのを覚えている。
それは、子犬が飼い主になでなでされるのと同じなのではないか、しっぽをちぎれんばかりに振ったのではないか、そんな気が今ではするのだ。
 
A子が言葉を続ける。
「親も、私たち長女のことを子犬と思っていたように、私たちも思っちゃうんじゃないかな?」
その言葉は、子どもがいない私でも深く分かった気がした。
「だから、長女はしつけておかなきゃね」
……母親は、そう思っていたのだろうか?
友人の言葉から、複雑な気持ちになったお盆休みだった。
 
※このお話はフィクションです。
 
 
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2017-08-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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