先生は教えてはいけない、いちごパスタ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ごとうみのり(ライティング・ゼミ 平日コース)
その日、新宿の某有名デパートで私は衝撃を受けた。
こんなことが可能だったのかという驚きと、そして私には考えつくことができなかった悔しさがぐしゃぐしゃに混ざった。
私の目の前にあったのは、いちごのパスタ。
デザートではない。食事だった。そこがさらにまた悔しいポイントだ。
いちごをパスタに練り込むのではなく、トマトのようなサラダとして扱っている。ごろごろと入っているいちごは、デザート界だったらはじき出されそうな酸っぱさだが、オリーブオイルとよく絡んで、食事として成り立った味わいになっている。
いや、成り立つ、にとどまらない。トマトにはない酸味に、あのつぶつぶの種の食感がなんとも心地いい。これは好きな人はハマる味だ。パスタだけでなく、サラダにも応用できそうだ。
私は料理人ではないし、食品関係で働いている訳でもない。いちご関係者でもないし、パスタ関係者でもない。
でも悔しかったのだ。心の底からムクムクするくらい悔しい。今からでも、先輩に、そして誰よりもあの子に教えたい。
いや、だめなんだ。ここにあるよ、と教えてはだめなんだ。
でも、このパスタの存在を、私はあのとき知りたかった。
そうすれば、彼女の好奇心はもっともっと、遠いところまで辿り着けたのではないだろうか。
小学生の彼女に出会ったとき、私は大学生だった。
教育学部の学生だった私は、大学のゼミの一環でとある小学校にサポートに行っていた。週に一回、1学年は10人いるかいないかのいわゆる小規模学校だった。
少し特殊だったのは、私達は算数や国語を教えに行っていたのではなかったということだった。
しかも厳密には教えに行っている訳ではない。
あくまでサポートだ。主役は子どもたち。
子どもたちが自分で設定した卒業研究の手伝いだった。いわゆる、総合的な学習の時間のサポートだ。
学生側は、子どもたち自身が主体的に課題を設定し、それを解決していく手段を一緒に考える。その過程を記録し、子どもたちの思考がどのように動くか、それに対してどのようなサポートをしていくか考え、適切な助言や行動を考える。
子どもたちが博士で、学生は優秀な助手を目指す。教育のあり方として、子どもが主役で教師はいかに有能な助手になれるか、というものを考えるゼミでもあったのだ。
彼女は私の担当ではなく、親しい先輩の担当だったのだが、クラスの人数が10人もいないのですぐに覚えた。少ない上に、研究内容が若干あまのじゃくな私の心を一瞬奪った。
彼女の研究対象はいちご。ここまでなら、特に不思議はない。いちごの産地ではないが、野いちごなら周辺に自生している。
しかし、彼女の研究ゴールは新しいいちごの開発ではなかった。様々な品種を調べ上げた後、彼女の興味はいちごの食し方を広げることに向かった。そこで決まった研究内容は、「デザートではない、いちご料理」の研究だった。
何を研究するのかは子どもたちの自由だ。しかし、元々が自然豊かな場所で近辺にコンビニは見当たらないような場所だ。テーマは自分の家でも育てている各種野菜のことや、お米、環境問題などについて設定する子どもが多かった。学生が付いている効果も重なって、研究は小学生かと疑う内容もあった。他学部の教授も巻き込んで、品種改良までしてしまったこともある。しかし、全て基本は子どもたちの想いからスタート。それがどうやったらできそうか、学生は方法を提案することに徹するのだ。
まず、小学校の図書館のレシピ本を見てみるが、デザートにはいやになるほど使われているのに、メインや副菜の方面では一切出てこない。さすがに小学校の図書館に置いてある程度のレシピ本には、そんな奇抜なレシピはないだろうと、先輩も予想ができていた。
ここで登場するのはやはりインターネットだ。パソコン室に移動して、いちご料理について調べてみる。
しかし、ここで調べ物がストップしてしまう。
いちごが料理に使われている例は、まだ多く世に出てきていなかった。つまり、検索にめぼしい情報は引っかからなかったのだ。
小学校のインターネットは規制がかかっていて見ることができないサイトも多々存在する。その情報が必要な物であっても、サイトのアドレスに怪しさがにじみ出ていたりしていれば出てこない。個人の料理ブログであっても、どこかに何か不適切なワードがあれば、それもやはり出てこない。
まだ家にパソコンがあるという子が少ない地域だった。そこで登場するのが学生だった。大学に戻ってから、資料を集めるのだ。学生は助手だ。研究は勝手に進めないが、頼まれた資料を調べて準備することは可能だ。
しかしここでまた問題が発生した。やっぱりネットで引っかからないのだ。大学図書館、公共の図書館内でも、いちご料理はひっかからない。ついにここで先輩から他のメンバーへのSOSが発信された。
SOSされた他の学生もそれぞれに思いついた調べ方を試みた。検索ワードを思いつく限り打ち込んで調べる人、検索エンジンを変えてみる人、地域の図書館を回る人、家庭科コースの学生に聞きに行った人。
こうして総力戦で調べて分かったことは、メインのお肉料理のソースとして使われていることくらいだった。
たまに検索結果に出てきては私達をがっかりさせたのはいちごパスタだった。登場するいちごパスタは、味付けに砂糖入り生クリームを使うもので完全にデザートだった。仕上げに蜂蜜や練乳をかけても美味しいでしょう、と書かれて締めくくられるレシピの数々に私達はお腹がいっぱいになった。
そんな中、1人の先輩が有力な情報を入手した。それはいちごをパスタの生地に練り込んで、爽やかな風味のパスタを作るものだった。
もちろんパスタじゃなくてもいいのだが、そば粉とは合わなさそうだし、ラーメンのような麺は小学生が作るには注意すべきことが多く、少し難しい。パスタであれば、細長い必要もないので形が崩れても料理らしくなる。何より、学習時間内に収まることも最大のメリットだ。授業時間は無限にあるわけではない。
綿密な計画を立てて、ついにいちごパスタを作る日がやってきた。
家庭科室から戻ってきた二人の表情は明るくはなかった。緊張しているのだろうか、見た目から失敗しているようには見えない。
小さいお皿とフォーク、アンケートが一緒に渡された。
見た目はかわいらしかった。味はかわいらしさからなんとか脱皮したがっているような、つまり甘いままで、メイン料理の域に到達することはなかった。日本のいちごの糖度の高さに拍手を送りたい。
彼女と先輩は実食後、研究の方向をいちごのデザートに切り替えたようだった。
それから何年経ったのだろうか。
今私の目の前に、とても美味しいいちごパスタがある。あの時みんながあきらめた、食事のいちごパスタが、目の前に。
担当でもない、いちごについて熱心に研究していない私でさえ、こんなに心に衝撃を受けた。
もしも彼女が、このパスタと出会って、食べたらどんなことを思うだろうか。
今度こそ、デザートではない、いちごパスタ。
けれども、ここにあるよ、とは絶対言わない。教えない。
教えないけど、あの時に戻れるなら、こう言う。
「使ういちごの品種を変えよう。糖度が低いやつに」
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