メディアグランプリ

だから、私には文章が書けなかった。


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記事:ふーみん(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
「鼻からスイカって、どんな痛みやねん!」
そう言って妊婦仲間と笑いながら、私の心は怯えていた。やがて、この自分の腹の中で着々と育っている生命を産む日が来る。相当痛いんだろう。我を失って暴言を吐く人も結構いるらしい。何それ。怖っ。

自分の母親からは、壮絶な陣痛の話や、出血多量でリアルに命を落としかけた話をくりかえし聞かされて育った。私、痛いのはイヤだし、もちろん、まだ死にたくもない。

出産が近づき、母親学級に参加すると、恐怖はいよいよ大きくなった。

初産の場合は、陣痛が始まってから産み終わるまでに、標準でも10時間かかるらしい。さらに、産んだあと、子宮がもとの大きさに戻るのが、また痛いのだという。一体、どれだけ痛みに耐えねばならないのだろうか……。

それでも、ここまで自分の腹の中で育んできてしまったからには、産まねばならない。どんなに怖くても、避けては通れないのだ。

そうこうしているうちに、よく晴れた9月の朝、その気配が来た。

最初は、ちょっとお腹痛いな、というくらいだった。下痢の兆し程度の痛み。陣痛の合間には、シャワーを浴びたり、食事の準備をしたりもできた。日常のあれこれをこなしていたら、一旦、痛みは遠のいたかに思えた。

ところが、日が暮れた頃から痛みが次第に強くなり、間隔も周期的になってきた。しかも、その周期がどんどん短くなってくる。これはいよいよかもしれない。10分、9分、8分。陣痛の間隔をアプリで記録しながら、病院へ行くタイミングを待った。

痛みの波が来る。それに合わせて大きく息を吐く。自分の吐く息に全神経を集中する。身体から余計な力を全部抜く。そうすると、子宮の状態が見えてくる。

陣痛の波は50秒程度で過ぎ去る。間を置いて、また次の波が来る。そのくり返しだ。波が押し寄せるとともに、意識がどんどん自分の深いところへ潜っていく。波が引くと、また意識がゆっくりと浮かび上がってくる。

痛みと休息の間で、筋肉が緊張と緩和をくり返し、身体がどんどんほどけていく。ああ、これは、鼻からスイカを出すようなサイズ感の作業に不可欠な工程なのだ、と思った。

日付が変わるころ、陣痛の間隔が6分を切ったので、夫の運転で病院に向かった。半ばぼんやりとしながら手続きと検査をすませる。助産師さんに言われるままに、ヨロヨロとおぼつかない足取りで分娩台に上がった。

これっぽっちも飾り気のない台の上で、どんどん大きくなる波をひたすらやり過ごすうちに、今までとはまったく質の違うヤツがやって来た。骨盤がバラバラになりそうな感覚とでもいうのだろうか。骨盤を形作る骨を結びつけていた筋肉がホワンっとほどけた、と思った。

ああ、ついに来る。ゴールは近い。

子宮がさらに強い収縮をはじめて、赤子を生み出そうとする。と同時に、お腹の中で、赤子が回旋しながら生まれようとする。そして、それを助けるように母親(つまり私だ)が息んで赤子を生もうとする。

母体に組み込まれた“生ませようとする力”、赤子が自ら“生まれようとする力”、そして母親自身の“生もうとする力”。このすべてがそろってはじめて、人間は身二つになるのだ。

助産師さんに言われるまま、何度めかに息んだとき、するん、と塊がすべり出てきた。足元の方で、か細い泣き声が聞こえた。生まれた。ついに生まれたのだ。こうして私は、あんなに恐れていた出産をやりとげた。

さて、こんな個人的な出産の記録を書き連ねたのは、文章を書くことも、これと同じなんじゃないかと思うからだ。

とくに、文章を書くということを「自分の内に育った何者かを、相応の苦しみとともに外へ生み出すということ」だとするならば。

文章を書くまでには、極限まで頭をしぼっては緩めるというくり返しが必要だ。その上で、生ませようとする力・生まれようとする力・生もうとする力が不可欠になる。

“生ませようとする力”は、誰かが決めた締切かもしれないし、あなたの文章を読みたいという誰かの期待かもしれない。
“生まれようとする力”は、素材の持つ力だろう。書き手が、どうしても書かずにはいられないような素材の力。
そして“生もうとする力”は、おそらく書き手の覚悟だ。何があっても書き切る覚悟。書くことが怖くても、書くことで自らを傷つけるかもしれなくても、書いた後にも痛みが残るかもしれなくても。

文章を書くということは、このどれかが欠けても成り立たないのではないか。

書き手としての私に足りないのは、“生もうとする力”だ。たとえ、自分の身体が破けるとしても息む覚悟。

だから、私には文章が書けなかった。

でも、だからこそ、これからの私には文章が書けるかもしれない、と今は思っている。

 

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2017-09-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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