メディアグランプリ

東京生まれのコンプレックス


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記事:ぢゃっきー(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
今年もお盆が過ぎ、東京には人が戻ってきた。

通勤電車にはギュウギュウに人が詰め込まれ、人気のお店ではランチの行列も再開された。雨が続いた今年の夏は早くも盛りを過ぎたようで、爽やかな風が吹くとその度に、ビルの隙間から見える空は少し遠くなった。
沢山の人が戻ってきたオフィス街で、賑わいと裏腹に、いつも私は寂しい気持ちになる。自分だけの秘密基地が、見つかってしまったような気分になるからだ。

新宿新都心の高層ビルがよく見える街で、私は育った。

新宿からも渋谷からも、徒歩30分程度で帰ってこれる便利な街だ。小学校の友人同士で、可愛い筆箱を買いに原宿のKIDDY LANDに行くのも、誕生日プレゼントの雑貨を下北沢に買いに行くのも、私たちにとっては当たり前のことだった。中学校に入ったら、ドキドキしながら渋谷の109に洋服を買いに行った。高校生になる頃には、毎日のようにセンター街のマクドナルドでおしゃべりをし、安いカラオケチェーンに行った後で、プリクラを撮って帰ってきた。

それがどうやら、誰にとっても当たり前では無いらしいと、そう気づいたのは大学生のころだった。多くの土地から大学に集まった同級生と出会い、「東京」というのはどうやら特殊な街とされているらしいと知ったのだ。

「東京生まれってすごいね」
そう言われた。東京生まれってすごいんだ、とその時初めて私は知った。

同級生の話す「地元」の話が、私には全くわからなかった。山や、海や、川の話、ご近所づきあいの話、地元の電車は1時間に数本だという話、実家に帰る交通費が高いこと、初めてのひとり暮らし、親のありがたみ、仕送りとアルバイト。

「なんだか『大学生』って感じだな……」と私は思った。多くの人から「何でもある所で育ったなんていいなあ!」と言われたが、こちらにしてみたら自分が、通過儀礼をこなしていない、未熟な人間のように思えた。

結果として私は、大学1年生の夏に、必要以上にアルバイトの予定を詰め込んだ。自分は他の人よりも苦労をしていないのだから、もっと頑張らなくてはと思いこんでしまったのだ。
今思い返すと微笑ましい気持ちになるのだが、その時の私は大真面目だった。一生懸命にアルバイトをして、特に使う予定もないけれどコツコツと貯金をし、足りないものを埋めようと、必死だった。

そんな最中のある夏の午後、アルバイトまでの時間を潰すために、私は新宿を当てもなく歩いていた。特に行き先を決めていたわけではない。JRの南口から新宿駅を出て、甲州街道をずんずんと西に進み、途中でなんとなく右に曲がった。少し歩いたところで、何の気なしに視線を上げ、その瞬間、私は圧倒された。

西新宿の高層ビル群が、西日を反射して、キラキラと輝いていた。まるで古生代からずっとその場所にあったように、高層ビルは堂々たる姿で、そこに立っていた。真夏の日差しはコンクリートで跳ね返り、ゆらゆらと大気を揺らしている。都心のど真ん中なのになぜか随分と静かで、遠くの方からセミが鳴いているのが聞こえた。こめかみから汗が静かに流れ落ちた。

周りに、自分以外に人は誰もいなかった。

「ああ、そうか、お盆か……」
私は独りごちた。

あんなにいつも人が沢山いるこの西新宿で、この一瞬、奇跡のように自分だけがこの場所にいる。お盆の最中の西新宿がこんなにも静かで、こんなにも美しいことを知っている人がいるだろうか。まるで秘密基地を見つけたように、私は嬉しくなった。都会の真ん中にあるけれど、普段は沢山の人が行き交っているけれど、ここに秘密基地があることは今の私しか知らないのだ。

おそらく、時間にしたらほんの数分、もしかしたら数十秒だったかもしれない。

ふと我に返ると、向こうから人影がこちらへ歩いてくるのが見えた。慌てて、私は走り出した。新宿東口のガード下の方まで、息を切らして走って戻った。夏休みの東口は多くの人で賑わっていて、アルタ前は待ち合わせをする人たちでごった返していた。さっきとはまるで別世界のようだった。

心臓がドキドキしているのは、たぶん走ったせいだけではなかった。

あの瞬間、私はいわゆる「東京」ではない東京を見つけたのだ。人が多くて、ごちゃごちゃと汚くて、お金持ちも怖い人も沢山いる、誰の故郷でもない「東京」なんかじゃない。
あそこにあったのは、私が生まれ育った、美しい大都会の東京だった。その時初めて、私は故郷としての東京を発見した。多くの人たちが、ひと匙の嫌悪感と多分な郷愁を交えて語る、「地元」というものが分かった気がした。

それ以来、私はいつもお盆の東京が好きなのだ。

ニュースで、帰省ラッシュの渋滞の映像と、新幹線の乗車率が報じられると、今年もこの時期が来たかとわくわくしてくる。そして、がらんとしてしまったこの東京の街で、この歳になってもまだ、あの時の秘密基地を探してしまうのだ。

やりたい仕事を見つけて、自分の力で毎日を送っている今、きっとあの日のような奇跡は起こらない。それでも、少し弱気になったときには、あの美しい真夏の大都会の風景を思い出して、勇気を振り絞ってみるのだ。

ばかみたいに自分の故郷を思ってみたりして、そんなセンチメンタルな自分を鼻で笑ってみて、そして、ちょっとだけ元気になって、また頑張ってみようという気持ちになったりするのである。

 

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2017-09-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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