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メディアグランプリ

土を掘り続けたその後に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:せとぎわ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「モグラ女子」という言葉が最近広まりつつある。
“「モデル」と「グラビア」の両方で活躍する女子”を意味しており、具体的には泉里香や筧美和子といった、顔もかわいけりゃ胸もでかい、なのに細い! という女の究極完全体のような方々を指す。
だが、私は高学歴女子こそが本来「モグラ女子」と形容されるにふさわしいのではないか、と思うことがある。それも、かなり切実な意味においてだ。
 
そう考えるに至ったきっかけがある。
仕事で意気投合した30代半ばの女性と飲んでいた時のことだ。
「でも、自分が今幸せなのかもよくわからないんだよね」
彼女はそうこぼした。
 
私は俄かにはその言葉を信じられなかった。
何故なら彼女は別の意味で女の究極完全体のような人物で、東大から外務省に進み、海外留学を経て現在は外資系企業管理職、という輝く経歴の持ち主だからだ。年収だって1000万円を優に超える。
「Xさんの経歴で幸せじゃないなんて口にしたら罰が当たりますよ」
と冗談交じりに返したが、彼女は続けた。
「私、九州の田舎の出身なんだけどさ。親は何でそんなに働くのか、って理解してくれなくて。実家に戻ってこいって言うし、私が苛々してると夫も怖いからやめてよって言ってくるし」
日本酒をぐいと飲み、
「誰も応援してくれないんだよね。でも自分は仕事が好きだ! って言えたら良かったんだけど、深夜残業も年々きつくなってきたし、この先どうするんだろう、何で自分はこんなに頑張ってるんだろうってわからなくなってきちゃって」
目が合う。
「ねえ、思わない? 世間とか社会とかがさ、こっちの方が良いって言うからそっちに向かって必死こいて走ってきたのにさ、気付いたら全然自由じゃないんだよ。“本当にやりたいこと”なんてもう、わからなくなっちゃったよ」
 
わかる。そう思った。
その感覚は、私の身にも覚えがあった。
 
それはまるで、一心に目の前の土を掘り続けてきたモグラが、ふと振り返った時に自分の堀った土で退路が塞がれていることに気付くような閉塞感なのだ。
それが最も顕著になるのは就活のタイミングである。
「人生の選択肢を増やす」ことに繋がると信じて、受験勉強に励み高学歴と呼ばれる大学に入ったはずなのに、さあ就職先を選んでください、と言われるタイミングになって初めて、当の「人生の選択肢」が実はほんの僅かしか残っていないという事実に気付き、愕然とする。
 
本当は、それは真実ではない。
そんな閉塞感はただのまやかしで、いきなり登山家になったりカフェを開いたりパティシエを目指して勉強することだって可能なのだ。事実、私の通っていた大学でもそうした道に進む人はいた。
だが、私たちの殆どは、たとえ望んでいてもそうした選択肢を取ることができない。何故なら「せっかくの高学歴なのに、勿体ない」からだ。
世には有名な大企業群があり、そうした企業で出世することこそが「高学歴にしかできないこと」なのだから、大人しくそちらを目指せば良い。高給、社会的ステータス、福利厚生も充実、最高じゃないか、という誰かの声が脳裏に強く響くからだ。
 
就職して運良くその仕事に夢中になれれば、たしかに最高なのだろう。
または、男性であれば、たとえ好きになれなくとも「仕事は一生しなきゃいけないものだから」と覚悟を決めているケースも見受けられる。
だが、女性はどうだろう。
感覚論になるが、仕事を好きにもなれず、かといって固い決心もなく、「そのうち結婚や出産を機に今の仕事は辞めるかもしれない(だからこそ今、頑張れている)」という人は一定数いるように思う。私もその一人だ。
 
そのような心の隙間があると、迷いが生じる。
好きなことを伸び伸び行う知り合いを指して「せっかくXX大学なのに、親も可哀そうだよね」といかにも知ったような台詞を吐きながらも、自分の指と爪の間に挟まる土を見て、後ろで塞がっている元来た道を見て、折につけ本当に自分の進路は本当にこれで良かったのかと、考え込んでしまう。
 
 
「でも」
彼女の声が私の意識を現実に呼び戻した。
「でもさ、もう良い歳なのにずっとそんなこと言ってるのもどうなのかな、とか思ってさ」
 
聞けば、料理屋を開こうと考えているのだという。
元々料理はずっと好きで、料理学校にも通っていたことがあるから腕には自信がある。貯金もある。とはいえ儲かるかはわからないし、夫にも同僚にも反対されている。
だが、過労で胃潰瘍になり2週間入院した際に、「これこそが“本当にやりたいこと”なのかもしれない」という直感が天啓のように閃き、そのイメージがあまりに鮮やかだったため、素直に従おうと思ったのだ、と。人間、追い詰められるとやっと自分の欲望が顔を出すんだね、と嘆息したように漏らす。
 
モグラが日光に当たると死ぬという説はどうやら迷信らしい。
「いつからでも人生ってやり直せるらしいよ、意外と」
吹っ切れたように笑う彼女は、今までで1番魅力的だった。
元来た道を引き返すことはできない。しかし、途中から自分で進路の舵を取り、太陽の射す地上めがけて土を掘ることはできる。
その時には、これまで訳もわからず身につけてきた能力や経験の全てが推進力へと変わるのだろう。
彼女の瞳には、そう信じさせる説得力があった。
 
「応援します、絶対食べに行きます」
彼女の手を掴んで振り回しながら、その手のひらの熱を感じながら、私もまた一つの決心をしていた。
もう言い訳はしない。自由に生きようとする他人のことを妬まない。
どこを目指すのかも考えないままに、ただ目の前の土を掘るのは止めにする。
 
私も、そちら側へ行く。
 
 
今日、私はこれまで勤めてきた大企業に退職届を提出する。
これからは、子どもの頃から密かに憧れを抱いていた分野に飛び込むため、大学院に入り直して資格を取り、一から研鑽を積む予定だ。
 
不安なことは数えきれないほどある。私はひどく臆病だから、決心してから行動に移すまでも結局半年近くかかってしまった。今後、この選択を悔やむ日もあるだろう。
だが、今度こそ自分ひとりで考え抜いた選択だから、困難に直面してもきっと私は迷わず進んでいける。
彼女の眩しい笑顔のことを思い出しながら、目を細め、そう思った。
 
 
***

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2017-09-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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