ライダーのよし子ちゃん
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記事:秋田あおい(ライティング・ゼミ平日コース)
車は一人一台。
田舎によくある交通事情である。
そんな田舎で暮らす私も例にもれず、私専用の車を持っているし、
車を運転しない日はまずない。
ちょっとそこまでの距離が都会のそれとは違って車が必要であり、
日に何度も、自宅とどこかの往復をすることもしばしばである。
車は生活必需品ではあるものの、そんな田舎のカーライフが私は嫌いではない。
もともと田舎暮らしの私は、学生時代に自動車免許を取った。
今後の生活に必要だったからだ。
その当時、AT限定免許というものが出来て、周囲の女子たちは、みな、
その便利だけど面白くないAT限定免許を取っていた。
その一方で、私はMT免許を取った。なにか特別な理由があったわけではない。
単に、家にある全ての車がMT車だっただけのこと。
AT限定で免許を取ったところで、家の車を運転できないのである。
のちのち、このMT免許が役に立ったかといえば、たった一度、
田舎では所有率の高い軽トラを運転したことがあったが、
今のところ、それだけだ。
MT車は自分が車を動かしているという感覚が楽しかったが、
今はその楽しみもない。
世の中はAT車に流れてしまった。
今でこそ、車の免許を持つことは珍しいことではないけれど、
私が嫁いできたこのあたりでは、御年76歳の義母世代の「おばあちゃん」たちが、
車の免許を持っていて、現役で軽トラやらを乗り回しているのには感心する。
車好きのおばあちゃんたちが集まっているわけではなく、
みな、嫁いだあとに、必要に迫られて自動車免許を取ったのだ。
でも、よし子ちゃんは違った。
「よし子ちゃん」なんて、馴れ馴れしい呼び方をしてしまっているが、
義母がいつもそう呼ぶ近所のよし子さんは、車を運転しない。
その代わりにバイクに乗っていて、それに乗って仕事に向かう姿を私はよく見かける。その仕事場は、よし子さんの自宅からバイクで3分くらいのところにある、
よし子さんの畑だ。
颯爽と50ccのスーパーカブを転がすよし子ちゃんを見かけるたびに、
私は「カッコイイな」と思うと同時に、ひとつの疑念が起こる。
バイクは不便ではないのか? と。
私はバイクの不都合について、身をもって知っているのだ。
ある年の冬のこと。
私は教習所にいた。そこに通っていたのは、二輪免許を取るためだった。
諸々の事情で教習は思うように進まなかったが、それなりにこなしてきた。
あんなに重たいバイクを初めて操作できた感動は忘れられないし、
教習所のコース内とはいえ、乗れば風も感じた。
それはとても心地よかったし、妙な優越感さえあった。
教習では苦手な課題があり、そのせいで卒業検定を3回失敗したものの、
4回目の卒業検定で無事合格し、私は晴れてライダーになった。
1000ccの黒いマッチョなバイクに跨り、暇さえあれば山に出かけ、
峠を攻め、膝を擦るほどバンクさせて、華麗にコーナーを抜けていく……。
なんて、臆病な私にそんなことができるはずもなく、
安全第一なマイペースライダーを貫いたが、風を切って駆け抜ける感覚は
やっぱり心地よく、風はいつも私を癒してくれた。
マイペースライダーは一人で海や山へ出かけることもあったけれど、
仲間と出かけるツーリングは一人よりも断然楽しかった。
8年くらいは乗っただろうか。
ある時、私はバイクを降りた。
そもそも、私が二輪免許を取ったのは、
単に「バイクに乗ってみたかった」からであって、
決して、よし子ちゃんのように生活に必要だったというわけではない。
バイクというものが非常に危険であるうえ、
趣味以外には全く必要性を感じない乗り物であるのは想像に難くないだろう。
バイクはまず、それ自体、スタンドがなければ自立できないという不安定さがある。
車と違って、バイクの操縦者の体はむき出しで、
事故となれば命にかかわる確率が格段に高い。
夏はエンジンの熱でクラクラするし、
冬は寒さで凍り付いたかの如く、手足の指先の感覚を失う。
そう、バイクは危険なのである。
雨が降ればどうか。全身が濡れるのだ。
何より一番の不満は、荷物をろくに積めないことだ。
そう、バイクは不便なのである。
翻って、よし子ちゃんだ。
それにしたって、なぜバイクなのだろう? といつも疑問だ。
少し前に、よし子ちゃんの家のお婿さんが、
「おばあちゃん、新車欲しいって言っててさ……」と、
ちょっと困ったふうに言っていたけれど、その気持ちはよくわかる。
なにせ、よし子ちゃんは「ひ孫」がいるくらいの年齢なのだから。
でも、よし子ちゃんはれっきとした現役ライダー。ましてや毎日乗るのだ。
まともなマシンが必要なのである。
長年連れ添った相棒は、きっと、だいぶ、くたびれてきているのだろう。
私が現役ライダーだったら、よし子ちゃんと一度ツーリングしてみたかった。
行き先はよし子ちゃんの畑。3分ツーリング。
畑に着いたら、そこでよし子ちゃんに野菜の作り方を教わりたい。
よし子ちゃんの本職は百姓なのだ。
百姓レッスンの合間に、よし子ちゃんの愛車への熱い想いもさりげなく聞いてみたい。
なぜ不便で危険なバイクに乗り続けているのか、聞いてみたい。
「バイクが大好きでね。昔はよく、山なんかに出かけてね」なんて返ってきたら
ワクワクするけれど、おそらくそれはないだろう。
今日も愛車のスーパーカブで、颯爽と畑に向かうよし子ちゃんを追うように、私はその目と鼻の先にある職場へと愛車の青いミニバンを走らせる。
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