仲良しだったコンプレックスにさよならを言う日
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記事:山本由紀子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「人殺し見ていて何が面白いのー、そんなのばかり見てるからおかしくなるんやわ〜」
サスペンスを見ているといつも母は決め台詞を連発してチャンネルを変えるまで文句を言うのをやめない。そしてポチッとニュースに変える。私にしてみれば現実に起こっている事件の方がよほど悲惨で残酷だと思う。この歳になって何でテレビの番組まで母にとやかく言われなくちゃいけないのといつも不服に思う。
戦前生まれの母は小さい時に苦労して育った。田舎の農家でも食べるものに困り、戦争という命のやり取りを真近に経験してきた。自分がやってきたことに絶対の自信を持ち、私は間違い無いと絶対に譲らない。高度経済成長に乗ってフワフワと苦労一つせずに育った私なんかいつもやり込められてしまう。
娘の私が親のことを褒めるのもおかしいが母は若くて美人でとにかく目立つ。頭が良く思慮深い母は完璧な存在だった。参観日に来て黙って立っていてもキラッと光っている自慢の母だった。
小学校4年生の時、母の同級生の男性が2人店へ来られたことがあって私はお茶を出しに行った。久しぶりの再会に歓談していた母の華やかな笑顔が今も目に残っている。母がちょっと席を外した時、私に浴びせられた言葉は「娘はそれほどでもないな」だった。何も聞かないふりをしてその場を去った。私もそう認めていたがあからさまなその一言は私を傷つけた。その時の惨めさは母に対するコンプレックスとして強く強く残った。
その日を境に私は母より優れること、母より上へ行くことを目指した。勉強を頑張ってとりあえず母と同じ進学校へ行きそれ以上のいい大学へ入ろうと決めた。ことごとく母だったらどうするんだろう?文句を言われる前に自分で完璧にやろうといつも考えていた。母は最大のライバルだった。
思い通りの大学へ入っても「私は戦争の真っ最中だったから行きたい大学なんか行けなかったからあなたは恵まれてるわ」と。私が努力して勉強して合格を勝ち取っても大学へ行けるのは母のお陰よとまたしても言われているようなものだった。
母は公務員の娘という環境で育った。商家へ嫁いだものの孤独を好みどちらかと言えば人嫌いだった。商家の環境は私を商売人として育ててくれた。皆からの愛情に包まれて育った私は人懐っこい性格で誰とでも仲良くでき初対面の人でも物怖じしない。家業を継いだ私はともすると冷たさを感じさせてしまう母より親しみを感じてもらうことで営業成績を伸ばしていった。母よりも断然お客様の支持を受けたがそれでも時代が違うと一言で片付けられた。
父から継いで4代目の社長になった。唯一、母は社長にはなれなかったが社長の私に経営の指図をした。社長になってもいつも母が頭の上にいた。
父が突然亡くなった。あれほど気丈だった母ががっくりうなだれた。
ちょうど直後に私は異業種が1600社程が集う勉強会でグランプリをもらえることになりそのパーティーに出席することになっていた。このままでは母はダメになってしまう。「パーティーに一緒に行く?」と聞くと母は「行きたい!」と答えいそいそと着物の準備をした。母が選んだ着物は表彰される私よりもとびっきり豪華で華やかだった。それを横目に見ながら「元気になってくれるのならまあいいわ」と思える自分がいた。パーティーでは何百人もの経営者たちから賞賛を受け壇上でスポットライトを浴びたのは私だった。この時初めて母に勝ったと思った。立派な着物を着ていて凛と座っている母は相変わらず綺麗だったけどその時認められたのは間違いなくこの私だったのだ。初めて母を超えたと思った。
私は新緑が好きだ。冬の間に溜め込んだエネルギーをグググっと詰め込んで芽を出す力強さを見るのが早春の楽しみだ。キラキラしたお陽さまの光をいっぱい受けて輝きを増していく緑は命の躍動を感じさせてくれる。薄緑から青緑、そして深緑に変わっていく季節の歩みにワクワクとする。反対に紅葉は好きじゃない。山々は紅や黄色に彩られるのは散っていく刹那の美しさに思え、命が亡くなる前のあがきのように思えた。
でも最近は新緑の美しさと紅葉の華やかさを比べる必要はないのだと思うようになった。紅葉が嫌いだったのはしつこく紅葉の方がいいと主張する母に対する反発だったのかもしれない。母に対するコンプレックスが弱くなったから紅葉もまた美しと素直に思えるようになれたのかもしれない。
そして社長を娘に交代することを決断した。
今まで絶対的な母がそばにいたからこそ頑張り続けられたのだと思う。
私はこのステージを降りる。
これからは新しい自分の世界を切り開いていこう、
いつも母と比べ上を目指してきた生活からそろそろ自分を解放しようと思う。
相変わらず母は綺麗で私なんか比べものにならない。どうあがいてみても顔のパーツで勝ることは無理だ。でも今は結構自分の顔が気に入っている。朝起きると鏡に向かって「今日も素敵な笑顔だよ」と自分に言えるようになった。
今年は母を連れて紅葉を見に行こうと思う。命を燃やして輝く紅葉をいっしょに「綺麗だね」と言えるような気がする。
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