なんで合唱のとき歌わないの?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:菊地優美 (ライティング・ゼミ日曜日コース)
「なんで合唱のとき歌わないの?」
放課後、わたしは同級生のみほちゃん他数人から詰問されていた。
合唱コンクールが2日前に迫り、校内はヒートアップした女子達による、やる気の統制が始まっていた。
なんでって……。
歌うことは好きだった。休みの日に友だちとカラオケに行くこともあった。
中学生になった今、吹奏楽部に所属していたので、楽譜が読めないわけでもなかった。
ただこの合唱というものが、どうにも嫌いだった。
なんでみんなで一緒に歌う必要があるのか。
なんでいつもは大人しいあなたたちが合唱コンクールが近くなると張り切るのか。
なんで先生でもないのに男子がふざけると怒るのか。
なんで? なんで? なんで?
なんでと聞きたいのはこちらのほうだった。
「だまっていないで、理由を言ってよ」
「もうすぐ合唱コンクールなんだよ! もっとやる気出してよ! 金賞取れないよ!」
「ひとりが足を引っ張ると、みんなが迷惑するんだからね」
みんながヒートアップすればするほど、私の心は冷えていった。
なんで怒られなきゃいけないんだろう。
みんなが迷惑する? みんなって誰? 金賞とるとなにかいいことあるの?
結局その場は私が一言、
「ごめんね、やる気だすね」
といって収まった。
ほんとはやる気なんてゼロになってしまったので、当日サボろうと決意していた。
人一倍張り切っていた指揮者のみほちゃんは
「こんなこと、言わせないでほしいんだけどね、ほんとは」
と最後までご立腹だった。
そして2015年、わたしはあの時のみほちゃんと同じ状態に陥っていた。
「なんで時間通りこれないの?」
私はとある店舗の店長になっていた。
長らく自分は協調性のない人間だと思っていたので、中学生のころのわたしがみたらびっくりするだろう。
店長になって4年目。新規店舗の立ち上げを任せてもらい、わたしはやる気満々だった。
「なんでって……」
アルバイトの高校生が口ごもる。
彼女の仕事ぶりは問題なかった。レジでの失敗もない。明るい接客が出来る。なにより彼女が来るとぱっと店舗の雰囲気が明るくなる。そんなわけで私は彼女を重宝していた。
ただ一点、毎回5分から10分遅刻するということ以外では。
「だまってないで、理由を言ってよ」
業を煮やして、思わず言ってしまった。
「りさちゃんが遅刻することで、みんなが迷惑しているんだよ」
りさちゃんはしくしく泣き出してしまった。
ああ、泣きたいのはこっちだよ。
思わず左のこめかみを抑えた。
「……みんなって、誰ですか……」
りさちゃんが泣きながら声を絞り出した。
「店舗のメンバーだよ。りさちゃんがこないと、早番の人が帰れないでしょ」
呆れながら私は言った。
「早番のAさんは、残業代ついて助かるから遅れてきていいよっていってました……」
冷や水を浴びせられたように驚いた。
りさちゃん曰く、ベテランのパート社員のAさんが残業代欲しさに、彼女にわざと遅刻するようにいっていたらしい。全く気が付かなかった。
すぐに、問題のベテラン社員Aさんと面接をすることにした。
「なんでそんなこと頼んだんですか」
私の母親とほぼの同い年の彼女は黙ったままだった。
彼女は一番のベテランということもあり、効率的に働いてくれていて、店の要になってくれていたのに。
「なんでですか」
彼女は黙り込んだままだった。あーこのままだと閉館時間まで残らなきゃいけないなと思っていると、ふいに彼女がしゃべりだした。
「みんながみんな、店長と同じ方向みてるってわけじゃないんですよ」
ぽつぽつと彼女が語りだした。
新店に異動になって、自分以外若い子ばかりで居づらくなっていたこと。
早番が多いシフトに不満があったこと。
長く務めているのに評価が上がらないのが理解できないこと。
自分の仕事で手いっぱいになっていた私は、彼女の不満に全く気が付いていなかった。
そしてこの時、美穂ちゃんのことを思い出しらのだった。
店舗の運営は合唱に似ていると思う。
中学生の私がクラスで合唱することに意味が見いだせず、サボってしまったように、Aさんは今働くことに意味が見いだせなくなり、問題行動を起こしてしまった。
あの時、私はみほちゃんが指揮者という仕事に一生懸命取り組めば取り組むほど、冷めていった。それはみほちゃんが、私を見ずに指揮者という、自分の役割に酔っているように感じたからだった。
みほちゃんがあの時、金賞を取ることではなく、みんなで楽しく歌うことを目的に説得してくれていたらな、と思う。みんなで歌うのって楽しいじゃん、一緒に歌おうよっていってくれていたらきっと、ひねくれ者の私でも、合唱に参加していたんじゃないだろうか。
そして今、店舗の指揮者はわたしだった。あの時のみほちゃんのように、店長という役割に酔って、一緒に働いてくれている社員のことが見えなくなっていた。
みんなで働くことの楽しさ、それを伝えることの大切さをすっかり忘れていた。
ひとりでは合唱ができないように、店舗の運営もまた、ひとりではできないのに。
わたしはAさんに謝罪し、もう一度一緒にがんばりましょう、と説得をした。
すべての不満は解消してあげられないかもしれない、でも、わたしにも店舗にも、Aさんが必要であること。何より、みんなで一緒に働くのが楽しいじゃないですかということを伝えた。
初めは頑なだった彼女の態度も、しつこく食い下がって話し続ける私を見かねたのか、閉店の音楽が鳴り始めるころには軟化しはじめていた。
そして、これからも店の要として頑張ってくれること、もうこんなことをしないと約束をしてくれた。
お互い直ぐには変われないかもしれない。でも、合唱コンクールまで1か月間毎日練習して、少しずつハーモニーが生まれるように、お店の運営も毎日少しずつ改善を重ねることで調和を作っていけたらと思う。
中学生の私にも、この大切さが伝えられたらな、と「蛍の光」を聞きながら、ぼんやりと思う。みんなで一緒に歌うのって、案外悪くないもんだよって。
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