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“移住”という言葉の居心地の悪さの正体


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ふーみん(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 

「ってことは、移住したんですね?」

そう言われるたび、何か違うんだよな、と思う。

相手の目がキラキラしていたりすると、ごめんなさい、とさえ思う。

 

「移住っていうか、なんていうか……、そうですね、移住……、ですかね」

そんな風に、しどろもどろになりながら、曖昧な笑みを浮かべてしまう。

 

田舎に移り住んで、子どもを育てていこうというのだから、“移住”と言えるのかもしれない。でも、この“移住”という言葉が、なんだかしっくりこない。

 

昨年、出産を機に、東京から富士山の麓の町に引っ越した。

たまたま、自分の実家がその町にあって、両親の手を借りながら、子育てをしようと思ったからだ。

東京で、夫婦二人で子どもを育てていける自信がないという、まったくもって後ろ向きな理由からだった。

 

だから、

「富士山の麓で子育てなんて、自然が豊かでしょう? うらやましいな。育児には絶好の環境ですよね」

なんて言われると、いたたまれない。

 

たしかに、自然は豊かだ。車で数十分も走れば、澄んだ川があり、静かな湖があり、いくつものキャンプ場がある。

 

けれど、残念なことに、私はアウトドアが好きなわけではない。

最後にキャンプに行ったのは、自分自身が小学生の頃だ。川でおたまじゃくしを捕まえたのも、森でカブトムシを捕まえたのも、湖で白鳥にエサをやったのも。富士山については、麓に住んでいながら、山頂まで登ったことがない(あれは眺めるための山だと思っている)。

 

もし、実家が東京にあれば、私はきっと、東京を離れなかっただろう。

 

そういうわけで、「自然豊かな田舎で、“ていねいな暮らし”をしながら子どもを育てる」みたいなキラキラした移住からは、ほど遠いのである。

 

そう、私の“移住”はキラキラしていないのだ。

 

たとえば、20代前半のスラっとした体型の女性が

「私、ヨガを日課にしているんです」

と言ったとしよう。

 

あなたはどんなイメージを持つだろうか。

 

スリムな体型をキープするためにやっているのかな。

食事も気を使っているに違いない。ひょっとして、ベジタリアンかな。

もしかしたら、朝は早起きして、グリーンスムージーとか自分で作ったりする系かも。

 

とまあ、私たちは勝手にイメージを思い描く。

 

ところが、実際の彼女は、美容にはまったく興味がない。食生活もお構いなしで、焼き肉をガツガツ食べる。夜更かしが大好きで、むしろ不眠気味だから、眠るために仕方なくヨガを取り入れている。

 

そんな彼女に

「ってことは、美への意識が高いんですね」

なんてうっかり言ってしまったら、きっと微妙な空気が流れる。

「いやいや、そんなことないですよー(この流れで「不眠気味なので、眠るためにヨガやってます」なんて言いづらいなぁ……)」

とか。まあ、そんな感じになるんじゃないかな、たぶん。

 

つまりは、そういうことだ。

 

“田舎に移住して子育て”とか“ヨガを日課にしている”というフレーズたちは、何やらキラキラしたスタイルを期待させる力を持っている。でも、必要にかられて行動に移した人間の心の中には、キラキラ要素は、ひとかけらもない。

 

だから、苦しくなる。期待されたものと、実像にギャップが大きければ大きいほどつらくなる。期待されたスタイルに自分の話を合わせにいこうとすると、なんだか嘘をついているような気分にすらなる。

 

必要にかられて始めるか、理想を実現するために始めるか。それらの間には、大きな違いがある。行う事柄自体は同じでも、必要にかられて始めた場合、そこにスタイルがないのだ。

 

ところが、話はそこで終わらない。

 

始めた理由は何であれ、続けていくうちに、自分のスタイルができあがっていくことがある。

 

“移住”してから、近所の人に畑で採れた野菜をお裾分けしてもらううちに、自分も庭で野菜を作り始めて、自給自足できるくらいの家庭菜園ができあがった、とか。友達に誘われて、森で子どもを遊ばせるイベントに参加するようになったら思いのほか楽しくて、いつの間にかイベントの常連になった、とか。

 

自分の心に正直に選び取っていったら、自分のスタイルは後からついてくる。だからきっと、相手の期待するスタイルになんて、合わせようとしなくていいのだ。自分のスタイルが、一般的に見てキラキラしていてもしていなくてもいいじゃないか。さらに言うなら、スタイルがないことを後ろめたく思う必要だってない。

 

「移住って言うよりは、ただの引っ越しですね。実家の近くに引っ越して、両親の手を借りて子育てしようと思って。美術館巡りが好きなんで、ホントは東京を離れたくなかったんですけど。ま、産んだ直後は、美術館巡ってる場合じゃないだろうから、数年は田舎で暮らすのもいいかなって。あはは」

 

これでいいじゃないか。最初から、こう言えばよかったんだ、飾らずに。

「出産を機に、東京から富士山の麓の町に引っ越しました」なんて言っていた私は、どうやら、スタイルなき自分をごまかそうとしてたらしい、と今になって気づく。

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2017-09-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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