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メディアグランプリ

ふとんに迎えにきてほしい。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:チオリ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
カチカチ。
カチ。
 
少し暗い、静かなオフィスの中で、マウスのクリック音が聞こえる。
遠くの席から聞こえる小さな音と
手元から聞こえる、私の音。
 
夜の11時をまわったオフィス内。
50人ほどの社員が一堂に机を並べるフロアには、3~4人の社員が残っていた。
 
会社から残業は減らすようにと指示されているが
大きな打ち合わせの前やデータ納品の前などになると、どうしても遅くなってしまう。
 
節電にも気を遣う。
社員がいるところだけ、灯りがついている。
 
そろそろ終電までのラストスパート。
明日までに絶対やっておかねばならないこと、最低限のことを形にすべく、
最短ルートの段取りを必死に考える。
 
最悪タクシーかも? という考えが一瞬よぎる。
でも。と打ち消して、とにかく早く仕事を終わらせなきゃ、と気持ちを切り替える。
 
私はカメラの操作画面のグラフィック画面をデザインする仕事をしていた。
明日は新しい機能を操作する画面をどうするか、についての打ち合わせだ。
設計者とマーケティングの担当者にいくつかの案を提示し、方向性を決める。
 
設計の仕様についてはすでに説明をしてもらっていた。
まずは私が作成した画面デザインが、仕様どおりになっているかを確認する。
そのうえで、より分かりやすく、使いやすいデザインを選んでもらう。
また、修正した方が良い点や要望なども聞く。
 
自分がメインの担当となってつくる、初めての機種だった。
かなりプレッシャーを感じていた。
 
もともとそんなにカメラが詳しいわけではなかった。
デザイン系の学校を出ているわけではなく、独学だ。
いろいろな面で、自信がなかった。
 
私が担当したのは、高級コンデジといわれる、コンパクトカメラの中でも
上位クラスに位置する高機能な機種だった。
仕様の理解だけでも大変だった。
せっかく数案だしたのに、そもそも前提が間違えていたらお話にならない。
何度か確認はしているが、画面をつくるうちに細かい疑問がわいてくる。
 
「このボタンを押すと、この設定ができる。こういうことで良かったのかな?」
そんなことを、ぶつぶつと心の中でつぶやきながら、
画面案をつくっては、設計者からもらった設計仕様書とにらめっこして、またラフスケッチを書き直す。
 
そうしている間にも、だんだん同僚が帰っていく。
「おつかれさまー」と静かに言って、電気を消していく。
ぱちん、ぱちん、と一つ一つ消えていき、ついに私の席だけになる。
 
そうこうしているうちにどんどん時計も進む。
集中している時は無音だが、
時間が気になりだすと、時計のカチカチという音がよく聞こえる。
そしていったん聞こえると、追いかけられているような気持ちになる。
 
画面のイメージを、ざーっと作って、あとは資料としてまとめる。
その資料も、わーっと作って、なんとかパソコンの電源を切る。
 
12時すぎ。
終電にはなんとか間に合いそうだ。
 
居室の最後の電気を消す。
扉のセキュリティをロックして、暗い階段を降りて建物を出る。
 
警備員さんは見回り中で、裏口には誰もいない。
無言で会社を出る。
 
カツカツカツカツ。
 
自分の足音だけ聞こえる。
速足で帰る。
そうしないと電車に間に合わない。
 
早く行かなきゃ。
 
でも何だか力が出ない。
もう何日こうして一番最後に会社を出ているだろう。
 
何度、こうして一人で夜の住宅街を終電を目指して急いでいるだろう。
 
会社から最寄り駅までは徒歩20分。
暗い住宅街の中を、速足ですすむ。
いや、急ぎたいのに、もう、急げない。
 
足に力が入らない。
 
このまましゃがみ込んでしまいたい。
 
なんでこんなに私は要領が悪いんだろう。
 
途中のコンビニが明るいのがちょっと救いだ。
 
でもそれを通り過ぎるとまた、誰もいない。
 
もういやだ。
 
本当につかれた。
 
うごきたくない。
 
顔にあたっていた風が止まる。
 
ついに私は歩けなくなった。
 
歩くのをやめてしまった。
 
しゃがみ込んだ。
 
視界がぼやける。
涙が出てくる。
 
もう、何の力もでてこないよ。
 
好きでこの仕事してたはずなんだけどな。
 
なんでこんになっちゃったんだろう。
 
この先になにも見えない。
 
手ごたえが何にもない。
 
ほんとうに力がでない。
 
しゃがんでみると、顔にふいていた風は
 
背中からふいてきた。
 
後ろには街灯があった。
 
自分の影が前に伸びている。
 
ふと後ろに気配があった。
 
ゆっくり、わたしは、振り向いた。
 
するとそこには、
わたしの、ふとんが、立っていた。
 
背中から街灯の光をあびて。
 
そして何も言わずに両手を広げた。
 
おいで、って。
 
私はそのまま倒れこんだ。
 
泣いた。
 
ふとんはただ何も言わず、私をやさしく包んでくれた。
 
そして、ゆっくり、浮かんだ。
 
真夜中の住宅街を、バス通りを、線路を越えていく。
 
その間の、私が見たこともない住宅街も越えていく。
 
ゆっくり、ふわふわ、飛んでいく。
 
上空の空気は清らかだった。
星がきれいだった。
街の明かりも。
 
すこし目をつぶった。
顔に当たる空気がきもちいい。
 
からだを包んでくれるふとんがきもちいい。
 
このままずっと、とんでいたい。
 
ほんとうに、ずっと、このままでいい。
 
ああ、こうして世の中には、
 
もしかしたらたくさんのサラリーマンが、
こうしてこうやって遅くまで仕事をしているかもしれない。
 
もっと早く帰っている人もいるかもしれないし、
飲んでいる人もいるかもしれない。
 
私だって、そういう時もある。
 
いろいろな人がいる。
そして、その人それぞれに、いろいろな時がある。
 
こうして、みんな生活してるんだなぁ。
 
飲んで疲れたときでも、ふとんは迎えにきてくれるのかなぁ?
 
そんなことを考えながらふわふわしていた。
 
少し時間がたった気がする。
 
気が付くと、まぶたの向こう側に明るさを感じる。
鳥の鳴き声が聞こえる。
もしかしたら朝かもしれない。
 
目を開けてみると、私はいつもの部屋の、いつもの場所で
ふとんの中にいた。
 
うごける。
しかも、気分もすっきりしている。
 
カーテンを開ける。
窓を開ける。
 
思いっきり空気を吸う。
 
なんだか、どうにかなるかーという気持ち。
いつものように、朝の支度をはじめる。
 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2017-09-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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