プロフェッショナル・ゼミ

隣で息をするのが悪い、といわれた夫の顛末《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)

※この記事はフィクションです

「そこに座って」みどりの声は平坦だった。
「どうしたんだ、改まって」雄一は困惑した。
夜遅く帰ると、みどりがダイニングテーブルで、腕組みをして待っていたのだ。
「どうして、ってなんとなく分かるでしょ」みどりは薄く笑う。
「なにかあったのか」雄一は困惑したままだ。
「先月の最初の金曜日、あなたはどこに行っていたの」
「先月? 先月のことは、すぐには分からないなあ、それがどうかしたのか?」
みどりは、目で促す。
雄一はスマホを取り出しスケジュールを確認する。
「先月の最初の金曜日は、たしか、小田切たちと飲みにいったんだ。週末だし、給料日あとだし、ほら、あの仕事も一段落付いたので、部内のやつらを誘っていったんだよ」
「どこに」
「だから、飲みに」
「どこの飲み屋さんに行ったのかって聞いているの」
みどりの声は一段と低くなった。
「小田切が知っている店だったから、覚えてないよ。どうしたの?」

「それで、先月の最初の日曜日は、休出だったよね」
「そうなんだ、飯島がミスしやがって、その尻ぬぐいになあ、焼き肉いきたかったなあ」
「会社に行ったんだよね」
「そうだよ。作業は会社じゃないとできないことだったから」
「ふ~ん、そうか。それでさ、ここんとこよく金曜日に飲みに行くよね」
「まあ、華金、ふるいか、だからな。仕事が詰まってないから、親睦を深めておかないと」
「先々週も休出あったよね」
「ちょっとな、仕事が立て込んで、こなしきれなくなっていたんだ」
「そう、忙しいんだ」
「申し訳ないな、そうなんだ」
「忙しいけど、先週の金曜も飲みにいったんだ」
「……、まあ、それは、忙しいときこそ、仲間の結束が必要だからな」
雄一は、立ち上がってキッチンから水の入ったコップを持ってきた。
水を半分ほど飲む。飲みながら、雄一は左手で喉仏のあたりを撫でる。
「飲んだあとの水は、うまいな」
「そうね、お酒を飲んだあとならね」
みどりの声は、さらに低くなっていた。
「なにいっての、今日は本当に飲みにいったんだって……」
「今日は本当にね。それ以外は、本当じゃないんだ」
「そういう意味じゃなくて」
「どういう意味かしら? 先々週の休出の時、午後に小田切さんから電話があったのよね。あれ? 一緒に仕事してるはずなのに、なぜなんだろう。ふつう家に電話しないで、あなたの携帯にまずはかけるはずよね」
「ああ、あの時は、ごめん、早めに俺だけ終えて、電車に乗っていたから、出れなかったじゃないかな」
「そうなんだ。電話かかってきたのは、午後じゃなかった。午前中よ。あなたが会社にいたはずの時間。その時もう帰ろうとしていたのかな」
「えっ、そうだまだ着いてなかったんだよ。休日だからすぐには電車こなかったし」
「ふ~ん、お昼頃に?」
「え、いや、それは……」
雄一は、尻をしきりに動かしていた。

「それから、エルヴィータ・神扇ってマンションのこと知っている?」
「え、な、なんのこと」
「あなたのスマホ、GPSが付いているじゃないですか、それの現在位置確認というのをしたら、今月の頭の金曜日、あなたは確か飲みに行くといっていたけど……、マンションに飲みにいったの?」
「そ、そうなんだ」
雄一は息をついて、水を飲み干した。
「ほら、後輩の水内さんが、家で飲まないっていうから、みんなでな」
「水内さん、って女性よね」
「そうだよ。でも、みんなで家飲みだから、他にも女性がいたし」
雄一はたたみかけるように喋る。
「最近はさ、居酒屋とかにのみに行くより安上がりだし、女子は帰るのに心配ないし、そんな家飲みが流行っているんだよな」
「そうなんだ」身を乗り出すみどり、声から抑揚がなくなっていた。
「それで、金曜日はいつも水内さんの部屋で飲んでいるんだ。先週の日曜日は水内さん部屋で仕事をしたんだ。彼女は28歳だっけ。可愛いよね」
雄一は、脇の下に冷たい汗が出てくるのを感じた。
彼は深く息を吸い込み、腹に力を込めた。

「焼き芋だ」低く平坦な声で雄一はいった。
「なに、それ」みどりの声が跳ね上がった。
「焼き芋とあなたがエルヴィータ・神扇にいくことが、どう関係するというのよ」
「俺が焼き芋を好きなのは知っているよな」
「知っているわよ、妻だもの」ツマを強く発音するみどり。
「三ヶ月前、俺が焼き芋食べたいなあ、といったとき、買うのはもったいないから、わたしが焼くわよ、といったよな」
「そんなこともあったわね」みどりは椅子の背にもたれかかる。
「それで、どこかで買ってきた芋で、レンジかなんかで焼き芋を作ろうとしたよな」
「まあ、したわ」
「俺が、ふかふか、ふわふわ、ほっこりの焼き芋が好きなのは知っているよな」
「そういうのばかり食べているわね」
「でも、おまえが焼いた焼き芋は、なんだったかなあ、ふかふか、とかほっこりとはほど遠かったな」
「最初は、うまくいかないこともあるわよ」
「最初はな。まあ、そのべっとり系焼け焦げの芋を食べたわけだ」
「お腹に入ったら、同じよ」
「まあ、いいよ。おまえも食べたよな。思いっきり、何本も」
「あなたが残すから、もったいないじゃない」
 みどりの声は小さくなっていた。
「それで、芋を食べると、まあ、あれだな、あれが出るよな。いっぱい食べたら、その分だけ出るよな」
「それは、自然なことよ」
「そう、自然なことだ。しかし、人前ではしないこともあるよな」
「まあ、そうね」うつむくみどり。
「あの時、ソファに並んで座ってテレビを見ていたよな。そして、おまえは片尻を上げて俺に向かって、世界が黄色くなるような、それをしたよな。鼻がもげそうな臭い付きの」
「まあ、そのようなこともあったわね」
「俺が、臭いなあ、息できないよ、隣でするなよ、といったら、おまえ何といったか、覚えているか?」
「さあ、そんな三ヶ月も前のこと、覚えていないわ」
雄一は一語一語区切り、大きな声でいった、
「隣で、息を、しているのが、悪い、といったんだ」と。「目の前が真っ黄色になるようなのを隣でされて、隣にいるのが悪い、といわれたらどうだよ」
「それは、ビックリするんじゃないかなあ、ちょっとは……」みどりの声はか細い。
「俺は、ビックリしたね、かなり、ひどく、衝撃的だった」雄一の声が大きくなる。「そんなことを、黄色のところは除いて、会社で話しをしたら、水内さんが、焼き芋は自分で焼きますよ、っていったんだよ。彼女は鹿児島出身だからな」
「それで」みどりの声は再び平坦になりつつあった。

「それで、彼女の部屋で焼き芋パーティをやったんだ。以来、なんかそれでみんなが集まるのに味をしめて、毎週、餃子パーティとかおでんとか焼き肉とか鍋とか、とかやっていたんだよ」
「ふ~ん、そうなんだ。金曜日は毎週暇だったなあ。誰かが帰ってこないから。で、日曜日もパーティしてたんだ」
「そう、そういうときもあった」
「そういうときも、そうじゃないときもあった?」
「まあ、あの、先々週は、その、田舎からサツマイモが、鳴門金時が送られてきた、っていうから。他の人一緒に、俺だけじゃないよ、他にも西藤さんとか吉田さんとかと一緒に新芋パーティというから、ちょっと抜けてだ……」
「女性の部屋にね、女性たちと、ハーレムか!」みどりの声は尖っていた。

「鳴門金時は美味しいねえ。ほくほくしていて、いくつも食べたんだ」
「ほ、ほう、それで」みどりが身を乗り出してくる。
「それでだ、焼き芋を食べるとな、ついな、つい、立ち上がった時に、思わず、ドカンと」
「女性の部屋で、女性たちの前で、空気を黄色く染めたの?」みどりの小鼻がひくひくとうごめいた。
「真っ黄色になったな。目が痛くなった」雄一は、どこか遠くを見ていた。
「その後、窓を開けたりなんだりして、笑っていたけど……。それから、呼ばれなくなった。部屋パーティに」
「出ちゃったものは、仕方ないわ」みどりは腹を押さえていた。
「だから、今日は本当に飲みにいったんだ。焼き鳥屋に、小田切たちと」
「○と共に去りぬ、か」みどりは笑っていた。
「そうだ、うまいねえ」雄一も楽しそうだ。

「でもね、芋問題は分かったけど、なんでわたしに嘘をついていたのかは、終わってないわよ」
みどりの声は冷たかった。
雄一の夜は長くなりそうだった。

***

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