もう好きじゃないのに忘れられない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:薬師寺 舞(ライティング・ゼミ 通信専用コース)
「俺は安藤さんのこと好きなんやけど、安藤さんは俺のこと、どう思っとるん?」
高校3年生の夏、学校の非常階段で、僕はダメもとの告白の返事を待っていた。
とても暑い日だった。太陽の陽射しがきつくて、蝉の声がうるさかった。
「私も好きだけど」
少し時間をおいて、彼女は照れくさそうに、うつむきながら言ってくれた。
受験前に供養しておこうと思った恋心が、思いがけず成就してしまった。
安藤さんは、同じ部活に入っていた同級生だった。
ショートカットで背が高く、キリッとした目をした人で、いつも涼しげな雰囲気をまとっていた。
勉強が良くできて、校内テストの成績優秀者には、いつも彼女の名前があった。
高校2年生の終わり頃、彼女のことを目で追っている自分に気づいた。
好きになっていた。
もっと仲良くなりたいと思った。
でも、上手く距離を縮めることはできなかった。
高校3年生の春に部活を引退してから、クラスが違う彼女とは滅多に会わなくなっていた。
行き場のない思いを抱えたまま、時間だけが過ぎ、夏になった。
彼女のことを考えて受験勉強が手につかなくなるくらいなら、とっととフラれて受験に集中しよう。
そう思って、フラれるために告白したのに、その返事がまさかのOKだった。
告白を受け入れてもらえた時、僕は人生でいちばん浮かれていたと思う。
これからの僕の人生にどんなに楽しいことが待っているんだろうと、期待で胸を膨らませていた。
しかし、その期待はすぐに裏切られた。
恋人としての僕と彼女の関係は、全く上手くいかなかった。
原因は僕にあった。
今思えば不思議なことだけれど、付き合う前に彼女と面と向かって話したことがほとんどなかった。
付き合うまで、2人の会話はいつもメールだった。
僕はコミュニケーションが苦手で、特に女性と2人きりの時は、今でも嫌な汗がだらだらと流れるくらい緊張してしまう。
メールなら、時間をかけて何度も文章を練り直してそれなりの返事をすることができるけれど、面と向かって話す時はそうはいかない。
何を話せばいいのか分からない。変なことを言って嫌われたくない。
そう思うと何も話せなくなり、長い沈黙が流れる。
沈黙に耐えかねて、なんとか絞り出した話題は、びっくりするほど盛り上がらない。
こんなはずではなかったのに。
メールのやり取りで積み上げてきたお互いへの好意は、向かい合って話す時間が積み重なるごとに、違和感へと変わっていった。
さらに厄介なことに、僕は、彼女への劣等感をこじらせていた。
勉強も、スポーツも、容姿も、彼女と対等に渡り合えると思えるものを、僕は何も持ち合わせていなかった。
もちろん、彼女にそう言われたわけではないのだけれど、彼女もそう思っているに違いないと勝手に決めつけていた。
彼女が近くにいると、自分の足りないところが余計に目に付いた。
自分の横に彼女がいるという、ずっと望んでいたはずのことが苦痛でしょうがなかった。
上手くいかない苛立ちと、居心地の悪さを感じていたある日、彼女にそれをメールでぶつけてしまった。
「安藤さんはいつも俺のことを下に見ている気がする。 俺のこと、自分と対等だと思ってないんじゃない?」
いつもはすぐに返ってくる返事が、その日はなかなか返ってこなかった。
深夜になってようやく返ってきたメールを見て、自分が取り返しのつかない過ちを犯したこととを悟った。
「そんな風に思われるならもう付き合えない」
いつも付いている絵文字が1つもない、たった19文字のメールが、3ヶ月足らずの付き合いの終わりを告げていた。
本当に付き合っていたのか不安になる程、僕は彼女のことを知らない。
好きな食べものも、好きな色も、好きな音楽も、何も。
彼女の前では虚勢を張るのに精一杯で、彼女のことを知ろうとする余裕なんてなかった。
唯一知っていたのは、彼女が医師を目指しているということだった。
あれから10年がたち、僕たちは28歳になった。
彼女はあの頃の夢を叶えて医師になったらしいと、人づてに聞いた。
彼女のことが今でも忘れられない。
今も彼女が好きというわけではない。
別れてしばらくは、よりを戻したいと思ったこともあったけれど、10年も経てば、そんなことは考えない。まして、結婚したいなんてことは全く思わない。
僕にとって、彼女はどうしても完成しないジグソーパズルのようなものだ。
完成して区切りがつけば思い出として綺麗に飾っておけるのに、どうしても1ピースだけ形が合わなくて、完成しない。
だから、いつまでも頭から離れてくれない。
その1ピースは、彼女のことを大事にできなかったという後悔のかたまりでできている。
自分がどう思われているかばかり気になって、彼女と不釣り合いな自分が嫌で、いつも自分のことばかり見て彼女のことを全然見ていなかった。
あんなに一緒にいたいと思っていたのに、あんなに見つめていたいと思っていたのに、あんなに好きと言われたとき嬉しかったのに、側にいるときにはただ彼女を傷つけるだけだった。
その後悔がいつまでたっても消えてくれない。
10年経っても同じ形をして僕の手の中に残っている。
あの時犯した過ちは、もう彼女に対して償うことはできない。
代わりにできることがあるとしたら、これから会う人たち、いま自分の側にいてくれる人たちに同じことをしないことだ。
側にいてくれることの有り難さをかみしめて、自分ばかり見ずに相手のことをちゃんと見て、知ろうとする。
それを積み重ねていけば、手の中にある最後の1ピースが、他のピースたちとカチッと合うように形を変えていくだろう。
そして、そうなった時には、彼女のことも思い出さなくなるのだろう。
その日のことを思うと、楽しみでもあり、やっぱり寂しくもある。
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