その山を登れ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:永井聖司(ライティング・ゼミ日曜コース)
どうして僕は、この山を登り始めてしまったのだろう。
深い霧に包まれる中で、僕は後悔をしていた。切り立った岩肌に手を掛けた状態で、下を見ても上を見ても白い闇が見えるだけ。あとどれぐらい頑張れば頂上にたどり着けるのか、まるでわからなかった。
いっそこの手を離してしまえば、楽になれるだろうか。どうせまだ、そこまで高くには来ていないだろうから、落ちても死ぬことはないだろう。それなりの痛みが残るだけだ。
過去の自分の、失敗と諦めの歴史を思い出しながら、僕はそんなことを考え始めていた。
山の名は『天狼院』と言い、僕が登るルートは、『ライティング・ゼミ』と呼ばれていた。登ると決めてから約2ヶ月、実際に登り始めてから、1ヶ月半が経っていた。
『天狼院』という山を知ったきっかけは、もう忘れてしまった。Facebookで『いいね!』をだいぶ昔に押した後は、他の広告と同じように、時折山の上から飛んでくる知らせをチラリと見ては、地面に落ちていくのを気にすることもなかった。それがいきなり、今年の6月頃からよく、知らせが頭にぶつかるようになってきた。過去に何度も見たことがあるはずなのに、何かが違う。
思い当たる節は、あった。
僕は間もなく、29歳になる。そして1年とちょっと経てば、30歳だ。そんなことを意識し始めた僕は今年、何かを変えなければいけないのではないか、と思うようになっていた。
僕は、目についた幾つかの山に飛びついた。
憧れだった会社が中途募集をしていたので受けてみたが、書類で落ちた。大学以来離れていた演劇のオーディションがあるというので受けてみて、これも落ちた。中途募集に落ちた会社が開いている『塾』にも応募してみたが、また落ちた。
それぞれの山を滑り落ち、激しい痛みを感じながら、自分の中で何かが足りないのだと、はっきりと自覚した。『何か』がなんであるかは、僕にもわからないけれど、それでも僕は、変わるために何かをしなければいけない、と思ったのだ。
そして迎えた山開きの日。
霧に包まれた山の上から、山の主である三浦さんが現れた。この山を登る術を語ってくれれば、濃い霧が晴れ、頂が見え、そこへと続くルートさえも見えたような気がした。
しかし不思議なことに、1回目の講義が終わって僕が山肌に近付く頃には、濃霧が再び山を覆い、先程見えたはずのルートは、どこにも見えなくなっていた。
呆然としながら、僕は岩肌に手をかけ、登り始めた。
与えられる試練は、シンプルだった。週に一度、1週間山を登った証として、2000字程度の文章を提出する。すると霧の中から、三浦さんの使いである天女が現れて品定めをし、良ければ山の上まで持っていき、人々に見えるようにしてくれる。ダメならば、次に掴むべき岩をアドバイスしてくれる。
僕の文章が山の上に掲示されたのは、これまでで一度だけだ。その間に、霧の中をすいすいと登っていく影が見えた。何か別の教えを受けたのではないかと思いたくなるような速度で上がっていくものもあれば、見たことのないような天女の微笑みを受けている影も見える。
そんな姿を見ていると急速に、僕の手が動かなくなってきた。
体力は十分なのに、次の岩を掴むのが怖くなる。
また、間違った岩を掴もうとしているのかもしれない。今週は登るのを休んで、他の影をじっくり見るのも一つの手かもしれない。でも、今週手を動かすのをやめたら、もうずっと、動けなくなってしまう気がする。
ふと横を見ると、不思議な事に霧が晴れ、別の山が見えてきた。かの有名な、ライザップ山だ。
その山の噂は、僕でも聞いたことがある。徹底的なコーチングが特徴で、へこたれそうになった人を見捨てず、登れるように引っ張り上げるのが特徴だそうだ。最近はその山の手法を真似た山も、いくつか出現しているらしい。
この、『天狼院』山とは大違いだ。
この山は、滑り落ちそうになっても、助けてはくれない。先が見えず、降りようかどうか迷う人にかけられる言葉は、とてもシンプルで、残酷だ。
「がんばってください」
「とにかく書き続けてください」
もっと親身になってコミュニケーションを取るとか、そういった手法もあるのではないだろうか。そんなふうな考えに至ってしまう。
しかし、また霧が濃くなってライザップ山が消えれば、手前に、小さな別の山々が見えてきた。
ペン字講座、ランニング、美術史検定……。どれもこれも、僕が途中で、すごすごと逃げ帰った山々だ。目を凝らすとかすかに、僕の足跡が残っているのも見えた。
僕はそれらの山を登った時も、同じことを言ってはいなかっただろうか。
何か支えが欲しいとか、やる気が持続できる仕組みをだとかなんとか。
この山を登ると言ったのは誰なのか、思い出す。
間違いなく、僕自身だ。
震える手で、僕は次の岩を掴む。
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