その「気持ちいい」は、暴力だ。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:近藤裕也(ライティング・ゼミ日曜日コース)
「あ〜、気持ちイィ〜ッ!」
心の中でこう叫ぶ瞬間とは、どんなときだろう。
じっとり汗をかくほど暑い日にプールに飛び込んで、全身でその冷たさを感じた瞬間かもしれない。はたまた、仕事のストレスを発散させるために通ったジムからの帰路に立った、あの瞬間かもしれない。
そうそう、喉につっかえた魚の小骨が取れたあの瞬間も、地味だけど心の中で叫ぶほど気持ちいいと感じる瞬間と言えるだろう。
人は極上の「気持ちいい」を感じる瞬間に、言葉では言い難い幸せや満足度を感じる。でも、その「気持ちいい」が、誰かを不安と恐怖に晒す暴力になることもあるのだ。
「社長、まずメルマガをやりましょう。それと、今すぐ広告を活用してください。あとは……」
僕はマーケティングコンサルタントとして、経営者に対して集客や売上アップの支援をしている。
「マーケティングコンサルタント」と言っても、実はその肩書きから感じられる華やかさやスマートさはない。やりがいはあるが、実に地味で、目立たなくて、泥臭い仕事だ。
ただ、社長相手に僕が考えた戦略を伝えているときは、この仕事で1番快感を感じられる瞬間だ。
僕の戦略に狂いはない。これまで100社を超える顧客の経営状況を向上させてきた。社長は僕の言う通り実践するだけで、会社の経営状況を大幅に改善することができる。そしてアドバイスをしているときの僕は、何よりも誰よりも輝いている。その瞬間を、僕はまるで薬物依存者のように求めてた。だから、この仕事はやめられない。
「はい、メルマガですね……。あと広告、っと……」
社長は必死に、手元のノートにメモを取る。ただその表情は、実に暗い。無理もないことだ。これまで社長は、メルマガも広告も使ったことがない。何か新しいことをするときは、ちゃんと成果が出るのか不安になる。
でも今は、まだ成果を疑っている段階だ。しっかり実践して、結果さえ出せば、社長も笑顔で僕に感謝するだろう。
翌週、僕は再び社長の元を訪れた。
「社長、この1ヶ月間、どんな成果が出ましたか?」
きっと僕の表情は、おもちゃを与えられた子供のようにキラキラと輝いていただろう。
しかし社長からは、そんな期待とは真逆の答えが返ってきた。
「実は、メルマガも広告もしていないので、現状は変わっていません……」
その言葉に、思わず耳を疑った。何なら、怒りすら覚えた。
僕は今回も、1人でも多くの経営者の笑顔のために、必死で戦略を練ってきた。それなのに、何1つも実行していない?じゃあ、何のために僕の知恵や時間を使ったんだ。何のために、僕に安くもないお金を支払っているんだ。
社長には少し怒りを乗せて、もう一度考えた戦略を伝え、その場を後にした。去り際の社長の表情は、申し訳なさからか、どこか曇っていた。
その日の夜、久しぶりに前職の上司と食事をした際に、酒の肴になればとその出来事を話した。彼も同じくコンサルタントをしているのだが、きっとこの顧客は成長できないと言うだろうな。結局素直さがない人は、いつまでも成果を出せないのだ。
しかし彼は真剣な眼差しで、社長と同じく、僕の期待とは反対の言葉を返した。
「それってさ、その社長が本当にしたいことじゃなかったんじゃない?」
思わず動揺した。どういうことだ。本当にやりたいことじゃないって、成果を出したいんじゃないのか?
そんな戸惑う僕に対して、彼はこう続けた。
「君がこれをすればうまくいくと思ったことを、社長に強要してしまったんじゃないかな。きっと社長は、本当はそれをしたくなかったんだよ。それが例え正解でも、社長が納得してなければ、いくら言っても行動しないよ」
次の週、再び社長の元を訪れ、僕は社長に問いた。
「社長、本当はどうしたいですか?」
それから社長が口にした「本当にやりたいこと」は、僕が提案したものと全く違うものだった。そもそも、本当は売上を上げたいと思っているのではなく、自由に使える時間を増やしたいという全く別の欲求があったのだ。
それであれば、メルマガも広告も活用する必要はない。現場を離れても事業が回り、社長が自由な時間を得られる仕組みをどう作るか。これが、社長が解決したい本当のお悩み事だったのだ。
会話を重ねることでそのための術がどんどん明確になり、社長の表情は次第に、ワクワクしたような明るいものになっていた。
あの時、社長がなぜ、僕が考えた戦略を行動に移せなかったのか。今ならその答えがわかる。
僕が知らぬ間に、社長に対して「戦略の提案」という名の暴力を一方的に振るっていたからだ。
暴力は、やっている本人は楽しいと感じているかもしれない。気持ちいいとすら感じているかもしれない。でも当然やられている側は、すごく辛い思いをしている。
僕は、自分の戦略を伝えることで感じられる極上の「気持ちいい」に、病みつきになってしまっていたのだ。
「気持ちいい」なんて感じていたのは僕だけで、その一方では社長を苦しませていた。
社長が成果を出せなかったのは、僕から正解を押し付けるという暴力を受け、不安と恐怖を覚え、それがトラウマになってしまったから。
社長が自分が抱える本当の欲求の声に気づき、それに応えるプランを考えている表情を見た時、ようやく僕はそのことに気がつくことができたのだった。
あれから社長は、望んだ自由な時間を手に入れ、事業の方も上手くいっているそうだ。
僕はそれ以降、一方的なアドバイスをすることはやめた。もちろん顧客対応だけじゃない。人と関わる全てのシーンで、だ。
もっと相手の本当の気持ちに耳を傾け、尊重し、「本当はどうしたいのか」を受け入れる。これこそが、お互いが感じられる最高の「気持ちいい」を生み出す、唯一の方法だから。
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