プロフェッショナル・ゼミ

週に一度の歪んだ恋人《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:bifumi(プロフェッショナル・ゼミ)
※この話はフィクションです。

「もしもし。
平田さんの お宅ですか?
わたくし 田中と いいます。
お父さん、 いらっしゃい ますか?」
電話に出た私は、父がまだ帰ってきていない事を相手に告げた。
「そう ですか、 わかりました。
田中から 電話があったと、お伝え下さい。
・・・・・・
あの、
もしかして、あなた真樹さん?」
「あ、はい。娘の真樹ですけど」
「そう・・・・・・」
安堵のため息が聞こえる。
受話器の向こうの声は、心なしか震えているようだった。

父が帰り、田中さんという人から電話があったことを伝える。
ああそうかと、父は答えただけだった。

それから1週間ほどして、私が学校から帰ろうと校門からでると、そこには父が立っていた。女の人と一緒だった。
「久しぶりに、飯でも食いに行くか」
ああ、また新しい彼女か。

父は、普通の家のお父さんとはちょっと違っていて、
新しい恋人ができると、娘の私を彼女との食事に付き合わせる、
少し歪んだ人だった。
母を悲しませたくないので、私が告げ口しないことも知っていた。
不思議なのだが、父の彼女達に対して、私はこれまで嫌悪感を抱いたことはない。
私は父が連れてくる女性が、美しければ美しいほど、誇らしかった。
父に似て、だいぶ私も歪んでいたのだと思う。
家には、ひっつめがみで、険しい顔をした母がいる。
もしかして昔は母も綺麗だったのかもしれないが、今は、身なりをかまう暇もないほど、仕事で忙しく飛び回っている。
父は働くということに向かない人だった。
だから母が、父に代わって、祖父から受け継いだ店を切り盛りしている。
母の働きがあるからこそ、私達はご飯を食べることができるし、学校にも通えている。
それはよくわかっていた。
だけど、中学生の私は、反抗期も手伝ってか、母の髪振り乱した姿が嫌いだった。
思春期の娘というのは、とても残酷だ。
私は母よりも、父が連れてくる美しい女の人達をみている方が好きだった。
生活感など微塵もみせない、無責任な自由さが眩しかった。

「こんにちは、真樹さん。
田中です。
一度電話でお話ししたことあるわよね。
田中涼子といいます。よろしくね」
涼子さんの挨拶に、わたしは、ぺこりと頭を下げた。
この日父は、私のお気に入りのレストランに連れて行ってくれた。
私は、ここのハンバーグが、大好きなのだ。

「ああ、美味しい」といいながら、私がハンバーグを食べる姿を、2人はニコニコしながら眺めていた。
はたからみたら、子供の学校帰りに食事をする、幸せそうな家族にでも見えただろうか? 親子にしては、涼子さんは若すぎるから、姉妹と父親という構成にみえたのかもしれない。

いっておくが、私はすんなり、父のこの女癖の悪さを受けいれたわけではない。
私には5つ上の兄がいる。
ある日兄から、父と父の彼女と3人でご飯を食べに行ったという話を聞かされた。
私は腰を抜かしそうなほど、驚いた。
「彼女って、お父さんの!?」
「うん」
「どんな人?」
「若くてキレイな人」
「一緒にご飯食べて、なに話したの?」
「何も」
「お父さんから彼女だよって紹介されたの?」
「いや」
「じゃあ、なんで彼女ってわかるの?
ただの知り合いかもしれないよ」
「そういうのって、2人を見てたらなんとなく、雰囲気でわかるんだよ」
私は、兄からこの話を聞いても、にわかには信じられなかった。
父が、母という存在がありながら、どこの誰だかわからない人と付き合っているなんて。
心がモヤモヤした。
父と母はとても仲がよかった。
どちらかというと、母が父のことを好きで好きでしょうがないという感じだった。
だから、何も知らない母が、可哀想でたまらなかった。
「お母さん、このこと知ってるのかな?」
「たぶん知らない。
だから、誰にもいうな」
「お兄ちゃん、お父さんに口止めされたの?」
「いや。
でも、あの人昔からあんなだから。
だけど、母さんが知ったら、悲しむ」
「うん」
「だからこのことは、俺とお前だけの秘密。いいな」
「う、うん、わかった」
その頃、私は小学校の高学年くらいだったと思う。
兄はきっと、一人で父の秘密を抱えこむのが苦しかったのだろう。
どうせなら、まだ小学生の私なんて引きずり込まず、
自分の胸の中にそっとしまっておいてくれればよかったのに・・・・・・
その兄が進学で家を出て行った後は、父の彼女と一緒に食事をするのは、私の役目になった。バトンタッチだ。

けばけばしい化粧の人には、馴染めなかった。
顔のどこを見たらいいのか、わからなくなるから。
香水がきつい人からは、少し距離を置いて座った。
ご飯の味がまずくなるから。
私をまるっきり子供扱いする人には、笑顔をみせなかった。
「○○でしゅか~」なんて言いだした時は、吐き気がするほど、ムカついたから。

でも、涼子さんは、今まで会った人たちとは違った。
化粧も濃くなく、きつい匂いもせず、第一私を子ども扱いしなかった。
彼女からはとてもよい香りがした。

涼子さんは、父と3人で食事をした次の週に、今度は一人で私を校門のところで待っていた。
涼子さんの姿を見つけた時は、びっくりしたけど、嬉しかった。
今日も、学校の教科書がなくなった。
私は、学校では浮いた存在だ。
上靴がなくなるなんていうのは、しょっちゅうで、
体操服や、教科書、時にはカバンまでなくなった。
私の態度が、お高くとまっているのが気に食わないらしい。
いつも人をバカにしているような物の言い方が、癪にさわるらしい。
そして、四六時中、男を誘っているような目つきが、みんなをイラつかせるらしかった。
私が学年問わずいろんな男の子から、告白されるたびに、
ほうぼうで、怒りの炎が燃え上がった。
そして、その怒りとともに、私の身の回りの物が次々となくなった。
自分の態度や振る舞いに、全く自覚がなかったので、どうすることもできなかった。

今日は、教科書がなくなったのに、授業中誰もみせてくれず、途方にくれた。
一日が長かった。私の背中に向かって、ゲラゲラ笑うみんなの声が突き刺さり痛かった。
授業が終わり、息がつまるような教室から飛び出し、大きく深呼吸しようとしたその時、門の向こうに涼子さんの姿を見つけた。
張りつめていた糸が、ぷっつりと切れ、身体の内側からどくどくと悲しさがこみあげてきた。
ぼろぼろ泣きながら近づいてくる私を、
彼女は「お帰り」と迎えてくれた。

2人で、電車に乗って、繁華街にでた。
美味しいものでも食べようと、涼子さんはカフェに入っていった。
彼女はコーヒー、私はパンケーキを頼んだ。
目の前に来た、ふわっふわの生地にナイフをいれると、中から熱々のバターがじゅわっと溢れだす。
添えられたアイスクリームを、パンケーキの上にのせると、輪郭をなくしながら、どろりと溶けた。
一口食べると、アイスの冷たさとパンケーキの熱さが口の中で絶妙に絡みあう。
なんて幸せな食べ物なんだろう!
2つの甘さが心の奥の傷口まで染み、気付くとまた涙が溢れていた。
学校では絶対に泣かないと決めていた。
だけど、涼子さんの前だと、無防備になれた。
バッグからすっとハンカチをだし、涼子さんが、渡してくれた。
ハンカチは、涼子さんの香りがした。
甘くて、切ない大人の香りだった。

私も食べてみたいなといって、涼子さんはパンケーキを一口、口に運ぶ。
「あま~い!」と言って、彼女は顔をしかめる。
「あま~い!」と2人で顔を見合わせてくすくす笑う。
体中がパンケーキのあまったるい香りに包まれた、幸せな時間だった。

それから、毎週水曜日に涼子さんは、校門の所で待っていてくれるようになった。
涼子さんは学校帰りに私をいろんな所に連れていってくれた。本屋さんでは、フランス女優の写真集を買い、単館の映画館では、外国のなんだか難しい映画をみた。時には涼子さんのショッピングにも付き合った。
涼子さん行きつけのブティックで、彼女が試着するのをソファーに座って待つ時間が、とても好きだった。
「妹さんですか? よく似ていらっしゃいますね」
と、私を見ながら店員さんがいうと、
「うふふ。似てるでしょ? 自慢の妹なの」と涼子さんが私をみて笑う。
くすぐったくて、お尻のあたりがムズムズして、嬉しかった。
こんな、キレイなお姉さんがいればいいのにと、本気で思った。

試着室のカーテンが開くたびに、雰囲気の異なる彼女が現れる。
きっと、お父さんは、こんな表情の涼子さんを知らないんだろうなと思うと、妙に優越感がわいた。
涼子さんは、購入する服を迷った時、私によく「どっちが似合う?」と聞いてきた。
そして私がこっちと、指さした方とはたいてい違う方を選んで買った。
「涼子さんのいじわる、最初から聞かなきゃいいのに」と私が膨れると、笑いながら、
「女の人がいいっていう服と、男の人がいいっていう服は違うから」と、すました顔でいう。ふーん、そんなものなのか。

涼子さんは女の中で生き抜く術も、教えてくれた。
女子に嫌われない方法。
見方につけておくとよい、ボスを見抜く方法。
男子にもてながら、女子を敵にまわさない方法。
こんなこと誰も教えてくれなかったので、びっくりした。
「もしかして、涼子さんもいじめられたことあるの?」と、
おそるおそる私は聞いてみた。
「あるわよ。だから闘い方を覚えたの。
やられっぱなしじゃ、腹が立つでしょ。
コツさえ掴めば、こっちのものよ」
すごい! この人はどこまでもすごい!!
「それにね、群れからはぐれた羊は、悪い狼がやってきてすぐ食べられちゃうの。
群れからはぐれた友達がいない女は、ズルくて悪い男にひっかかりやすいのと同じ。
例えば私みたいにね」と、涼子さんは、笑いながらウィンクした。

時々、カラオケボックスにも行った。
そういう時は、たいてい私が学校でいじめられ、心身ともに疲れ果てている時だ。
涼子さんは何も聞かず、私をしばらくソファーで寝かせてくれた。
母には、いじめられていることは、絶対に知られたくなかった。
もし知れば、激怒し、学校に怒鳴り込んでいくだろう。
そうすれば、益々いじめはひどくなる。だから、母の前では泣けないし、家では何事もなかったように振る舞わなければいけなかった。そんな生活にももう、心底疲れていた。
ソファーで寝ている時に、涼子さんの手が私の頭を撫でている気がした。
あたたかい手。涼子さんの香りに包まれているようで、心地よかった。
こんな時間がずっと続けばいいのにと、夢の中でぼんやりと思った。
目が覚めると、熟睡したせいか、すっきりしていた。
彼女はこれから用事があるといい、その日私達はカラオケボックスの前で別れた。
家に帰り、部屋で鞄をあけると、破られた私の教科書の1ページ1ページにテープが貼ってあった。落書きされたページは、消せるところは、全て消してあった。
「りょう こ さん・・・・・・」
教科書を抱き、声を殺して泣いた。
一人じゃない。
そんな気がした。

今日は、涼子さんが待っている水曜日。
クラスで嫌がらせを受けながらも、なんとか一日乗り切った。
教科書のお礼を言わなくちゃ。
嬉しかったって、涼子さんに伝えなくちゃ。
私は走って、校門に向かった。
「涼子さーん!!」
手をふろうとしたけれど、私はすぐにその手をひっこめた。
違う。
背中に嫌な汗がスーッと流れる。
涼子さんじゃない。

いつもの場所に立っていたのは、
険しい顔をした母だった。

近くに停めた車に、私は引きずられるように乗せられた。
母は、何も言わない。
だからこそ、怖かった。
車を運転する母を横目でみると、泣いていた。
家に帰りついても、やっぱり母は何も言わなかった。
父はその日、何事もなかったように帰ってき、
何事もなかったようにご飯を食べ、
何事もなかったようにリビングで寛いだ。
本当にこの男は、ずるくて最低の男だ。
こんな状況で顔色一つ変えないなんて!
初めて父に、嫌悪感を抱いた。

食欲もなく、私は自分の部屋に逃げこんだ。
勉強机のイスに座ると、妙な胸騒ぎがした。
私は、机の上から3番目の引き出しを、慌ててひっぱりだした。
隠しておいたはずの涼子さんのハンカチ、一緒にみた映画の半券、フランス女優の写真集、涼子さんから借りた本、私達の思い出の欠片のなにもかもが、ごっそりなくなっていた。

でも、悪いのは私。
裏切ったのは私。
母を責める権利などなかった。

それからの学校生活は、涼子さんに言われたとおり、女の群れに上手く入りこむ練習をした。
教えられた通り、ただ忠実にやっただけなのに、嘘のようにいじめられなくなった。
おまけに友達までできた。
初めてできた友達と、涼子さんと一緒に行った街をうろつき、涼子さん行きつけのブティックもさりげなく覗いてみた。
だけど、あの日カラオケボックスの前で別れて以来、涼子さんには2度と会うことはなかった。
今でも町を歩いていて、彼女と同じ香りがしてくると、私は慌てて人ごみをかき分け、香りの主を捜してしまう。
でも結局、彼女の姿を見つけることは、できないままだ。

シャワーは浴びても、髪を家以外のシャンプーで絶対に洗わない恋人。
私の部屋には泊まらず、夜になると帰ってしまう恋人。
土日やクリスマス、正月は一緒に過ごせない恋人。
涼子さんに、群れから離れた羊は悪い狼に食べられると教えられたから、
なんでも相談できる女友達をつくり、どんなに面倒くさくても、女の群れから離れないように生きてきた。
でも結局私は、今現在、妻子持ちのずるい男との恋愛に溺れている。
恋人には女の子が2人いて、上の子は、もうじき中学生になるらしい。

シャワーを浴びた後、恋人は、そそくさとシャツを着、トランクスをはき、靴下をはき、Yシャツとズボンを身に付ける。

私は、その様子をベッドの上からじっとみつめる。

「ねえ、上のお嬢さんってもうすぐ中学生よね?」
「ああ、そうだよ」
「一度会ってみたいな。
ご飯でも一緒に食べに行けたら、きっと楽しいだろうな」
ふと、そんなことを口にしてみる。

「そ、そんな怖いこというなよ」
恋人の顔が一瞬で曇る。
「冗談よ。
じ ょ う だ ん」
そんなにおびえた顔をしなくてもいいのに。
私は、ほっとしながら、天井を見上げて笑う。

どうやら私の恋人は、父や私ほど歪んではいないようだ。
ほっとしていいのか、悪いのか。
彼がずるい男だということに、なんらかわりはないのに・・・・・・

ずるい男と、歪んだ女。
お似合いの組み合わせだ。
私はやっぱりあの父の娘なんだと、苦笑せずにはいられない。

***

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