メディアグランプリ

待ってろよ、ピーマン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:志希歩(ライティング・ゼミ 通信専用コース)

 
 
「エクスキューズミー」

隣に立っている男性が目の前の外国人に話しかけた。

貸切で研修会が行われている大きなホール。
私とその男性は、会場内の案内係としてそこに立っていた。
「第1、第2会場はこちらへ、第3会場はあちらです。」
行き交う参加者にそんな案内をしながらふと見るとリュックサックを背負った1人の外国人が歩いて来た。
参加者に外国人はいないし、明らかに場違い。観光地に近いので間違えて入ってきてしまったのかも。

あ~どうしよう。
「ここは貸切です。あなた間違えてますよ」って英語で何て言うんだ?
隣の男性も英語は喋れないだろう。
そもそも英語が伝わる相手なのかどうかも分からない。

一瞬でこれだけのことが頭をよぎる。

その時だった。
「エクスキューズミー」
隣の男性が外国人さんにズンズンと力強く近づいていく。

「え、喋れるの?」

この男性は会合などで時々顔を合わせる程度の知り合いだが、英語が喋れるとは知らなかった。
そんな雰囲気は一切醸し出していないし、「あの人、実は英語ペラペラらしいよ」という噂は薄い人間関係でも割と簡単に伝わるものだが、「ぺ」の1文字すら伝わってきたことはない。

「ここは私達の研修会をしています。今日は私達だけです。他の人は入れません」
ペラペラを期待していた私の耳に入ってきたのは、なぜか若干ぎこちない日本語だった。

幸いその外国人さんは日本語が話せて、翌日このホールを使うので下見に来たこと、ホールの様子を少し見せてほしいということを丁寧に伝えてくれたので、そのくらいならOKよ、と曖昧な日本語で返事をし、「ここが第1ホール、向こうが第2ホールです」とぎこちない日本語で教えてあげた。
「アリガトゴザマシタ、サヨナラ」と笑顔で去っていく外国人さんを手を振って見送る男性。

それを見ながら私の胸をよぎったのは、「エクスキューズミーって言っといて結局日本語じゃん!」という突っ込みでも「日本語が分かる人でよかった」という安堵でもなかった。

ただただ「ああ、羨ましいな」と思った。

私は、英会話コンプレックスなのである。略して英コン。
小学生の頃に英語に興味を持ち、中学生で英語の授業が始まると面白くて仕方なかった。
日本語ではない言語が分かるってすごいことだと興奮した。

学校で習う英語は、単語や構文を覚え、日本語訳や英訳をすること。
口に出すのは教科書の音読程度で、そもそも教えてくれる英語の先生の発音がカタカナだった。

だけどこの頃は、英語の本や物語を読んで意味が分かる、ということだけで嬉しかったし、読めて意味が分かれば当然、聞き取ることも喋ることも出来る、つまり英会話は普通に出来ると思っていた。

しかし、どうやらそうではないらしい、と気付いたのは大学生の頃だった。
友達と海外旅行に行ったとき、観光施設やホテルでの簡単なやり取りを友達が難なくやっている横で私はただ見ているだけだった。何をやりとりしているかすら分からなかった。
「すごいね。ホームステイとかしてたの?」
「え、海外行ったことないよ。英語は学校でやっただけ」

彼女はミッション系の高校出身で、実践的な英会話の授業があったため、日常会話くらいは普通に出来るのだと言う。

その後も同じような状況を何度か味わい、英コンを自覚した。

「外国で3ヶ月くらいホームステイすれば喋れるようになるよ」
英会話が出来る人から何度も聞いたが、ホームステイするためには英会話が出来ないと困るではないか、というループから抜け出せないまま、英コンだけが育っていった。

数年前、外国人講師の講演会に参加する機会があった。
たまたま開演前に会場近くで講師と鉢合わせた。なんてラッキー。
「会えて嬉しい、今日は楽しみだ」と伝えたい。しかし出てきたのは曖昧な笑顔だけだった。
「ハロー」すら出てこない。
もしハローと言って、何か英語で返されても分からないのではないか、だからハローすら躊躇したのだ。
英会話が出来ないがためにこんないいチャンスを逃してしまった。

そして講演会終了後、10名程度の参加者と一緒に最寄駅まで移動した。
自然と2~3人のグループに分かれ、なぜか私は初対面のカナダ人の女性と一緒に歩くことになってしまった。
彼女は、1年前に日本に来たこと、英会話講師として働いていることなどを少したどたどしくも正確な日本語で教えてくれた。
途中で「アッテマスカ?」「ワカリマスカ?」と聞きながら日本語を絞り出す。
私はというとなぜかカタコトの日本語で答え、私の言ったことが分からなければ彼女は「ソレ、ワカリマセン」と答える。

はっと気付いた。

ああ、これだ。
私が英会話が出来ない理由。

とにかく喋る勇気、だ。
頭でいくら単語が分かってても、いくら文章を組み立ててもダメなんだ。
「聞くだけで喋れるようになる」っていう教材を聞き続けても口に出さなきゃ喋れないんだ。
とにかく口に出すこと。実践すること。

こんな当たり前の簡単なことを目の前で見せつけられた。
来日1年で普通に日本語で会話をする彼女は、ただその勇気を持っていただけなのだ。
きっと大したことじゃない。ピーマンをえいっ!と食べるくらいの勇気。
誰にも見られていない、ただ自分と戦うだけ。
そして慣れてしまえばむしろおいしいとさえ思えるはずだ。

まずは英語を口に出すところからだな、と思いながらも英コンをさらに数年あたためて、ようやく英会話のレッスンを受けることにした。
選んだのは日本人の先生のレッスン。
この期に及んで日本語が通じるという消極的な保険をかけてしまった。
まだ外国人に体当たりする勇気はないのだ。
きれいな英語を話されるので聞き取りやすく、文法が間違っていても、単語の羅列だけでもちゃんと意味は通じる、ということが分かった。
英語で考え、英語を口に出すことに少し慣れた。
「あなたの英語なら普通に外国人とお話できますよ」と言われて、ちょっと自信がついた。

そんな矢先の冒頭の出来事。
せっかく英語を話すチャンスのはずなのにやっぱりひるんでしまった。
外国人相手に英語が通じるのか、ネイティブの言うことが分かるのか。
太鼓判を押してくれた先生の言葉が頭をよぎるが、それすら疑わしくなってしまう。

なんの躊躇もなく日本人に話しかけるように「エクスキューズミー」と近づいた男性がただ羨ましかった。
ピーマンを普通に食べられちゃう人なんだ。

レッスンを受けてもまだ変わってなかった。

どうやら英コン克服の道のりはとてもとても長いようだ。
待ってろよ、ピーマン。

 
 
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2017-10-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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