メディアグランプリ

それでも彼は走り続ける


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記事:Ruca(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「バレンタインデーのチョコはもらえそう?」と尋ねると
「余裕」と妙な返事が返ってくる。
「ゴディバのチョコが欲しい、誰かくれるかな」と言いながら、ヒョコヒョコと歩いて帰っていった。
 
そして事件は起こった。
 
お目当ての女の子が、「デブはキモい」と言ったらしい。
その一言が彼に火を点けた。
 
「痩せたいから体操のメニューを組んで欲しい」
「なあ頼む。俺のお願い聞いて。真剣なんやから」
 
今までのことを忘れて大人対応をしろというのだろうか。
これまでにも何度か彼の頼みを聞き入れ、彼のために時間を割いて来た。
彼がそれに報いてくれたことはない。
「同じことの繰り返しやん」と半ば呆れ顔で聞いていた。どんな交換条件を出せば、私の怒りが収まるかとあれこれ考えながら、相手の出方を伺っていた。
 
「デブマッチョ」とこっそり呼ばれている彼に出会ったのは、1年半ほど前だった。
「だるい男」らしい。
 
両親と幼稚園に通う弟とともに私の前に現れた彼は、噂通りのずんぐりとした小学5年生だった。
将来の夢は金を稼げる芸能人。と言う彼は、投げかける質問の多くに「ふつう〜」「べつにぃ〜」と答えた。
夢に溢れた生き生きとしたエネルギーをまるで感じさせない10代だった。
「確かにだるい奴やわ」
 
彼には生まれつき運動発達に問題があった。片麻痺と診断されていた。
手すりを持たずに階段を上り下りできるくらい、運動機能は良好だ。
しかし、踵を床につけて立つことができないため、ヒョコヒョコとした歩き方をしていた。
左右の身体から入ってくる情報に違いがありすぎるため、脚だけではなく手もカッコよく動かせなかった。
ついつい使いやすい方を繰り返し使うため、姿勢に問題が生じ、筋力や手足の長さに左右差が生じ悪循環に陥りやすい。
まだ成長し終わっていない子どもの身体機能は、麻痺の強い側の動きに連動しやすい。そのため片麻痺と言いながら、両側に問題を抱えることが多い。
そんな問題を回避し、解決するために、幼少時から私たち小児理学療法士の所に通うことが多い。
 
デブマッチョな彼は、比較的症状は軽いと思われがちだ。
それまでの担当者は手を抜いていたのだろうか。
彼がテキトーに取り組んでいたのだろうか。
理由は謎だが、積み残しが多かった。
開発されていない部分が多くあり、上手くいけば彼はもっと動きやすくなりそうだった。
思わずガッツポーズがしたくなった。
 
彼の母は、セッション中に絡んでくることなく、部屋の片隅で本を読むか、弟と遊んでいた。母の愛情の多くは、愛くるしい弟に向かっていた。
 
ランニングに夢中になっていた私は、一緒に走ろうと誘った。
走ると歩くよりも、運動機能の問題点がクローズアップされ、なんとかしたいと思うはずだと期待した。
しかし、彼はそういうタイプではなかった。
 
彼が持つ伸び代を生かすための突破口を探しきれずにいた。
 
女の子から爆弾が投下されたのはそんな時だった。
彼は悔しかったのだろうか。それとも、痩せればチョコがもらえると期待したのだろうか?
胸の内はわからないけれど、煮え切らない彼が、動き出し、変わり始めた。
 
中学生になり、陸上部に入ると言い出した。
走ることを誘ったのは私だが、新たに生じる問題に頭を抱えた。
顧問の先生の情熱と協力が彼を支えた。
中学の間、レギュラーの座を手にすることはなかった。
しかし、休むことなくクラブ活動に参加し、みんなのことを横目で見ながら別メニューをこなした。
そこにはもうずんぐりとした彼はいなかった。
 
母はアスリートのための栄養学を勉強した。
セッションの度に気になっていることを伝え、彼の動きを注意深く見守っていた。
 
勉強はあまりできる方ではなかったが、自分よりできない生徒もいるから地元の学校でも平気と言っていた。
しかし、高校は支援学校に行くと言い出した。
彼なりの戦略があった。
自分らしく、はつらつと過ごせるらしい。
クラブ活動はもちろん陸上部だ。
チームメイトのためにシートを温め続けてきた彼が、今はエースだ。
 
「パラリンピック狙ってもいいかな?」
 
走り始めた理由なんて忘れているはずだ。
そんなものはどうでもいいのかもしれない。
 
自信がみなぎり、優しい気遣いの言葉をかける高校生になっていた。
走る姿の動画を見せては、新しい課題を欲しがった。
以前のような駆け引きなく、私は動く。
彼に点された火は周りにも広がった。
 
「だるい男」が後輩や女子から慕われる「いけてる男子」に変身した。
しかし、彼の持つ障害はずっと付いて回る。
彼の活動に合わせて様々な形で新たなダメージが生まれる。
そしてそれに対応する。
そんなことを繰り返しながら、彼は新しい目標に向かって走り続ける。
 
彼の選手生命を長いものにできるかどうかのカギを握るのは私だ。
 
この秋、愛媛で開催される国体出場選手に選ばれ、短距離を走る。
 
「短距離の日と、先生のマラソン大会の日と被ってしまったわ。来て欲しいけど、あかんな。離れた場所でお互いがんばろな!」
大会前の最後のセッションを終え、そう言いながら帰って行った。
たくましくなった背中を誇らしい気持ちで見送った。
 
 
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2017-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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