メディアグランプリ

乳がんになったらうつ病がよくなった


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記事:安光伸江(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
人生の半分以上、うつ病を患っている。
 
長いこと東京でだましだまし音大非常勤講師の仕事をしていたものの、年末の試験当日に倒れてしまった。
必死で復活し、翌年前期はなんとかクリアした。
夏休みによくなろうとがんばっていた。
 
が、だめだった。
 
休職して、しばらくしたら復帰しようと思っていたが、迎えに来た父の判断で、練馬の住まいを引き払って実家に帰ることになった。
 
もう仕事ができない。
 
東京でないとできない仕事のつもりだったので、激しく落ち込んだ。
 
その後数年。
 
車で病院に送ってくれていた父は運転免許を返上し
母が圧迫骨折で歩けなくなり
 
何もせず寝てばかりいた私も家の用事をするようになった。
 
母はほぼ寝たきりだったが、父は元気だった。
その父が突然死んだ。
 
会社のOB会で昼から美味しいお酒を飲んだあと、階段で転んで頭を打ち、運ばれた病院で意識を失い、そのまま翌晩遅くに死んだ。
 
その後はパニックと戦いつつ、相続などの手続きで忙殺された。
うつ病患者にこんな作業をさせるなんて無茶だと思った。
 
そうこうしているうちに、胸の異変に気づいた。
大きなしこりがある。
動くから良性かな? とも思ったが、皮膚の色が変わってきている。
 
ある日、たまたま家に来た従姉に相談したら、翌日すぐ病院に行こうということになった。乳がん検診ではなく、いきなり乳腺外科に診察を受けに行った。
 
先生は険しい顔をしていた。ヤバいやつが来たな、と思ったのだろうか。
 
マンモグラフィーと、エコー検査をして、画像をみたら左胸は真っ白だった。
誰が見ても腫瘍だ。
針生検というのをして、結果待ちとなったが、先生は険しい顔で
 
99パーセント、いや、99.9パーセント、乳がんです!
 
ときっぱりおっしゃった。
母が寝たきりなので、ひとり家に置いて入院するわけにはいかない、と思い、
 
「手術しないという方法はありませんか」 と聞くと、
「ありますよ。むしろ、手術できるかどうかが問題なんです」と言われた。
その言葉の重大性がわかったのはだいぶ後のことだったけれど。
 
がんと聞くと、たいていのひとは頭が真っ白になるそうだ。
私の場合は、左胸はたとえ良性だったとしても何らかの治療をしないといけない自覚はあったし、右胸の画像が綺麗で安心したのを覚えている。
 
そして翌週。 先生の顔は柔らかだった。
前週の診断どおり、がんでした。と言われた。
CT検査の結果、遠隔転移は見られないということで
 
「手術、いつにしますか」
 
と、前の週の険しい顔とは打って変わってうれしそうに言われた。
 
「ちょ、ちょっと待ってください、母をひとりにできません」
 
母の面倒をみながら通院で治療をするつもりだったので慌てたのだが、付き添いの従姉は手術できるということで大喜びだ。
 
そう。遠隔転移がない、手術できる、というのはいいことなのだ。手術で悪いところを切ってしまって術後補助療法をすれば、完治する可能性も高くなる。 転移があると完治は難しいらしい。
 
その日は帰ったが、悩んだ末、手術していただくことにした。
先生のうれしそうな顔は、手術の症例を増やせるからではなく、手術できて治る可能性がある、ということだったのかもしれないと今は思っている。
 
それからは忙しかった。
母の介護保険の申請をして、医療保険で預かってもらえる病院を探してもらい、その面接に行き、母と私の二人分の入院準備をした。
手術や入院なんて生まれて初めてだからパニックを起こしたりもした。
 
そして入院。
 
なぜか、そこでどっと落ち着いた。
 
悪いところ全部取りましたからね! 全部取りましたからね!
 
と手術直後に先生に言われ、翌朝から食事は毎食完食。
いろんな人に見舞いに来てもらって、看護師さんにケアしてもらって、空調の効いた病院で快適に過ごした。
 
そうこうするうちに、頓服の精神安定剤を飲む回数が減っていることに気がついた。
父が死んで病気がわかって母を預けるまではパニック状態で数時間おきに安定剤を飲まずにはいられなかったのに。SSRIという薬は勝手に減らしてはいけないから最大量飲み続けていたが、安定剤は明らかに減った。
 
退院して術後補助療法で抗がん剤の点滴をするようになってからは、ちょっとハイになってきたということで、躁転を防ぐためSSRIの方も減らすことになった。今は最小限の服用だ。
 
抗がん剤の副作用の白血球減少を防ぐため、点滴の2日後に注射に通ったのだが、そのバスの中で
 
あれ、私、生きるための努力をしてる!
 
ということに気づいて驚いた。
うつ病で、しょっちゅう「死にたい」と言っていたのに。
 
ケアされているというのはこんなにも安心するものなのか。
長年のうつ病が、完治とはいかないまでも、明らかに改善している!
精神科の主治医も喜んでくれた。
 
今のところ再発・転移はないが、いつまで生きられるかはわからない。限りある命、がんばって生きようと思えるようになった。
 
がんになるのも、悪いことばかりではない。
 
 
***

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2017-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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