プロフェッショナル・ゼミ

大きくなったらお姫様になりたい女の子のお話《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中望美(プロフェッショナル・ゼミ)

※この物語はフィクションです

あるところに、小さな小さな女の子がいました。

女の子には夢がありました。それは、大きくなったらお姫様になる、というもの。
女の子はそれくらい純粋で、人より少し頭がお花畑で、
でも、とてもかわいらしい女の子でした。

そんな小さな女の子は、大きくなりました。
そうはいっても、生まれてまだ20年しか経っていません。

でももう、そこには、
大きくなったらお姫様になると言っていた、かわいらしい女の子はいませんでした。

その代わりにそこにいたのは、
子供を一人こさえ、毎日必死に働き続ける、自分を見失った女でした。

その女は、身長150センチ。最終学歴は高校。営業の仕事をメインでしながら、派遣のバイトを2、3個掛け持ちしていました。毎日毎日朝から晩まで働き、二日に一回寝れるか寝れないか。おんぼろのアパートに帰ってくると、玄関で気を失って寝るという始末。

女には一人の子供がいました。子供の父はいません。いるけどいないのです。女は世話をする時間も体力もないので、仕方なく児童保護施設にまだ幼い子供を預けていました。

なぜ、こんな生活を彼女はしているのでしょう? いつから女の人生は狂ってしまったのでしょう? 女は心も体も酷使した無意識状態の中で、そんなことを考えていました。いつまでこんな生活が続くのか、こんなことなら死んでしまった方がマシじゃないのか。でも、私には何の罪も持たない一人の子供がいる。あの子は私がいなくなったら、一人になってしまう、生きていくことができない……

女が、子供のために自分の身を削ってまで働くことができたのは、ある大きな理由がありました。

それは、女が幼少期に経験した過去を語らずして説明することはできません。

「じゃーんけーんぽん!!」

「勝ったーー!!」

「うわ~、負けたー」

小さな公園の中央に女の子と男の子が混じりあって集まっていました。
丁度鬼ごっこの鬼を決めているところで、鬼になった男の子ががっくりしているのをよそに、他の女の子と男の子たちはキャッキャと逃げ始めました。

小さな女の子は、鬼になってぶすくれていた男の子に向かってこう言いました。

「私も鬼になってあげる」

「え? いいよ、お前、誰も捕まえられないだろ?」

小さな女の子はお構いなしに言いました。
「よし! 二人で鬼退治だ~!!」

男の子は吹き出しながら言いました。

「いやいや、鬼は俺らだろ!」

小さな女の子はいつの間にか走り出しています。男の子も、さっきまでのいじけた顔とはうって変わって、やる気に満ちた顔になっていました。

カァ、カァ、カァ……
公園に集まった子供たちは汗だくになっています。あれからどれくらいたったでしょうか。無我夢中で鬼ごっこをしているうちに、夕飯の時間になっていました。

「もう帰らなくっちゃね~」
一人の女の子がそういうと、

「そうだね~、私も帰ろう、お腹すいた~」
「あ、○○ちゃん、途中まで一緒に帰ろう!」
「いいよ~! じゃあ、みんなまたね~!」

「またな!」
「ばいば~い」

みんなまだ遊びたい気持ちはありますが、お母さんに怒られる~とか言って、各々帰っていきます。

だけど、最後まで帰らず、公園に残っている子がいました。

小さな女の子でした。

一人、公園のベンチに腰掛け、ただ空を見上げていました。さっきまで青かった空は、すでに赤っぽくなっています。

それでも、小さな女の子は家に帰ろうとはしません。立ち上がると、その辺に転がっていた石を蹴り始めます。蹴って蹴って、蹴り続けました。滑り台の下、ブランコの下。木のまわり。公園の隅々まで石を転がします。

小さな女の子は、鬼ごっこで汗だくになった上に、また汗だくになっていました。次第に、その石ころさえ見えなくなってゆきます。
女の子はふぅっと小さなため息をついて、やっと帰路につきました。

幼少期の彼女の毎日はこんな感じでした。

よくわからないけれど、いつの日からか、家の中に居場所が無くなっていました。大きくなったらお姫様になるというと、やさしく微笑えんでくれたママとパパはもういません。その代わりにいるのは、いつ大声を出して殴りかかってくるかわからない男と、死んだような眼をした女です。

小さな女の子は、そんな家の中で暮らしていました。

だから、いつも家に帰りたくなかった。学校や、学校帰りの公園で遊ぶ時間が本当に楽しくて幸せだった。

小さな女の子は、夕方になるといそいそと帰っていく友達のことを不思議に思っていました。小さな女の子には、どんな暮らしが普通なのか分からなかったのです。自分の家しか知らなかった。というか、自分の家が普通だと思っていた。

でも、小さな女の子がだんだん大きくなってくると、自分と他人の大きな違いに気づくようになります。そうすると、女の子もだんだんと反抗心が芽生えてきました。早く、早くこの家から逃げ出したい。この家をでさえすれば、私は自由なのだ。私の新しい居場所をつくることができるのだ。

女の子は、高校卒業後すぐに働きはじめました。

その時に親しくなった男性に、恋というものを教えてもらいました。
楽しくてしかたなくて、今まで知らなかった夢のような経験がたくさん出来て、彼のことが大好きでした。大人びた洋服に化粧品。遠出へのドライブ。幼い頃に思っていたお姫様とは少し違うけれど、こんな幸せがあるのだと知りました。これが外の世界のお姫様なのかもしれないと、女の子は浮かれてしまったのです。
女の子はそのまま、彼と一線をこえました。怖かったけど、何も知らない女の子は、彼に応えることしかできなかったのです。家と縁を切った今、女の子には彼しかいませんでした。

でも、その彼も、数か月後、女の子が妊娠したことを知ると、女の子の前から突然消え去りました。

女の子は、また一人になってしまいました。幸せを知った後の独りぼっちは……絶望でした。いつも一人でいる方が楽だったのに、今は、人のぬくもりが恋しくて恋しくてたまりません。
毎日毎日、枕を濡らして、夜が終わるのを待ちました。

女の子はとにかく働きました。それしかできることがなかったのです。でも、そうしたおかげで、何とかやっていくことができました。顔もよく知らない親戚の人から、国から援助してもらう方法を教えてもらったり、バイト先のおばちゃんから食料をお裾分けしてもらって、可愛がってもらったり。この世の中には悪い人ばかりではないのかもしれないと、疲れ果てた体で星を見上げたこともありました。

血のつながらない人からの支えをうけながら、女の子は一人で、子供を産みました。もう、女の子ではありません。お母さんになったのです。彼女は、産まれたばかりの赤ん坊をみて、声も出ませんでした。不安と希望が津波のように押し寄せてきたのです。でも、それでも、彼女の腕には、生身の温かさが伝わっていました。

彼女は考えました。この子だけは、決して一人にしてはいけない。私のような思いをさせてはいけない。どんなことがあろうと、自分が守らなければならない。その時、彼女の肩に、ものすごく重たい責任というものがのっかりました。

それから彼女は、赤ん坊を育てるには、お金がかかるということを知りました。貯金も全くない彼女は、赤ん坊のために必死に働きました。

でも既に、彼女の心と体は限界を超えていました。

気づけば、彼女は病室のベットに居ました。
彼女の体は、故障してコントロールのきかなくなったロボットがついに果て、起動不可能になった時のようでした。

真っ白な天井をただひたすらに眺めていました。
なぜか心はひどく落ち着いていました。
むしろ、やっと心を落ち着かせることができました。すると安心したのか、涙がぽたぽたと頬をつたっていました。

彼女はこの時思いました。私はただ幸せになりたいのだ。
温かくておいしいご飯を食べて、暖かい布団でぐっすり寝て、働いて、たまに一休みして。ああ、小学校の頃の友達にもまた会いたいな。

この時、本当に久しぶりに心の中に眠っていた自分の願いが浮かび上がってきました。赤ん坊が生まれてからずっと、彼女は自分の心の声を一切無視してきたのです。ただ、赤ん坊のために。そうやって生きてきました。

でも、そこから切り離された場所に来た時、彼女は自分を見つめ直すことができたのです。そして、涙を手で拭いました。

それからの彼女は、今までとは全然違いました。もちろん、最初からうまくいったわけではありません。貧乏な生活は一年半続きましたし、児童養護施設に預けていた赤ん坊は週に1回から、2回、3回と、少しずつ一緒に居られる時間が増えてきました。それでも、あの病室のベットで溢れた自分の心の声を、忘れずに行動し日々過ごしていくうちに、だんだんと光が見えてきたのです。あれから彼女は一度も涙を流しませんでした。幸せそうな家族を見ると、どうしても泣きたくなることはありました。でも、彼女は、小さな小さな男の子と手をつなぎ、必死に涙をこらえました。

そうやって、強がりに思われるのかもしれませんが、彼女は涙をこらえながら、輝こうとしました。自分の人生は自分で作るしかないのです。それならば、小さな男の子に自分の輝く姿を見せていたい。そう思い続けて踏ん張ってきました。

10年後、彼女は30歳になりました。相変わらず、身長は150センチ。最終学歴は高校。一児の母。でも、彼女には、心を許すことのできるパートナーができていました。

彼女は、定職につき、コツコツと貯めたお金で、公園の近くに小さな食堂を作りました。親子でふらっと入れるようなご飯を提供するのです。

自分が店を構えるなんて、思いもしなかったし、やったこともないので、うまくいかないことばかりで、本当に苦労しました。でも、あのどん底の頃に比べると、自分のやりたいと思うことができているのですから、難しいけど、面白く感じました。経営の勉強、銀行との関わり、たくさんのことを学びました。一つ一つ課題をクリアしていき、やっとお店を立ち上げることができた時、彼女は、とても輝いていたのでしょう。神様はそんな彼女に素敵なプレゼントを贈りました。

子供の頃、毎日のように遊んでいた公園のある住宅街の一角に、その食堂があります。木でできた温かな食堂です。彼女はほとんど毎日お店を開け、その町に住むたくさんの家族にホカホカのご飯を出しました。せめてこの時間だけは、家族が笑顔になれるように。そう願いを込めてお店に立つと、自然と自分も笑顔になれました。

そんな時、でした。彼がやってきたのは。
午後六時半。ちょうど店を閉め、片付けと明日の仕込みをはじめようとしていた時でした。

「っはぁ、っはぁ、こんばんわ~、ゴホッ、ッまだ開いてますか?!」

よほど急いできたのでしょう。髪の毛ボサボサ。汗だくのスーツ姿の若々しい男性が、そこに立っていました。 

彼女はびっくりしました。なぜなら、その男性のことを、彼女は知っていたからです。

「え? どうして」

「いやぁ、お前この辺ではめちゃめちゃ噂になってるよ。すんげ~輝いてる女の人が、働いてるってさ。久しぶりだな、ってか、俺のこと覚えてる?」

そう、彼は、鬼ごっこの時の男の子だったのです。

彼は今、都内に出て働いていますが、彼女のうわさを耳に入れ、地元に戻ってきたときには、彼女の店が気になって、いつも遠くから見ていたというのです。

「俺さ、知ってたんだ。お前がいっつも夜遅くまで帰らないこと。そんで、こないだも見ちゃったんだ。女一人で頑張ってるとこ。でも、働く姿は、めちゃめちゃかっこよくて美しいって思うんだ。だから、お前のこと、もっと知りたい」

彼の目は、彼女を真っすぐと見つめていました。

そうして彼女は、やっと幸せになれました。それは、彼女の、大きくなったらお姫様になるという夢がかなった瞬間でした。

「わ~、お姫様になれたんだね」

「そうだよ、つらいこと悲しいことはいっぱいあったけど、それを乗り越えてキラキラ輝こうって頑張ったら、素敵な王子様が現れたんだよ。だからね、あなたも、自分が輝いてるなって思える時に、まっすぐな目でその姿を美しいって言ってくれる人のお姫様になるのよ」

「わかった~! ママ!」

「じゃあ、もう寝なさい。おやすみ」

「おやすみなさ~い」

3年後、彼女は33歳。身長は151センチ。一センチ伸びました。最終学歴は高校。
そして、おめでたいことに、彼女は男の子と女の子の二児の母になっていました。これで、5人家族です。毎日、家の中は大賑わい。

そんな彼女であれば、これからも、強く美しく輝いていくのでしょう。

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