コミュニケーションの鬼は「鏡を見ろ」と言った
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:桑波田卓(ライティング・ゼミ日曜コース)
いくらなんでもそれはおかしいんじゃないですか!」
その台詞が喉元を通り過ぎ今まさにクライアントに向けて発せられようとした時だった。
「大変、申し訳ありませんでした」
隣にいた営業さんが頭を下げていた。
え?そこ謝るところなの?
明らかに悪いのは向こうでしょ?
そこはもっと反論すべきじゃないの?
憮然とした私をよそに彼女は続けた。
「今後はそのようにお伝えするようにいたします」
なるほど、これが大人の対応ってやつか。
わかる。それはよくわかる。
僕だって社会に出てそれなりにキャリアは積んでいる。
確かにこの場面でそう言うのが正解だ。
だけどね、青臭いことを言わせてもらおう。
それでいいの?
それが大人というなら大人になることって何なの?
僕は平静を装っていたが、もやもやした思いが頭を埋め尽くしていた。
「あの…次回ですけど…スケジュールの確認でしたら営業の方だけで結構ですから…ライターさんにまでわざわざ来ていただくのなんだか申し訳無いので…」
僕の気持ちが伝わったのかクライアントはこちらを少し怯えたような目で見ながら言った。
申し訳無いのではなくて来て欲しく無いんでしょ?
それにその怯えた目は何だよ。
そっちの方が立場が上だろ?だからさっきから威圧的な物言いをしてたのじゃないのか?もっと堂々としたらいいじゃないか。
どうしてこのクライアントと対するとこんなにイライラするのだろう。隣の営業さんはどうしてこんなに平静を装っていられるのだろう。
もともと人とコミュニケーションをとることが得意な方ではなかった。特に何かを主張したり交渉したりということが苦手だった。
小学校三年生の学芸会の配役を決める時だった。
「タカシ、悪いけどこっちの役やってくれない?」
浦島太郎の劇だった。竜宮城でおもてなしの踊りを踊る役で、洋風のダンスを踊る役から和風の踊りを踊る役への変更を先生が持ちかけて来た。
今から思えばどうでも良いことだったのだが、その時の僕はどうしても和風の踊り手役をやりたくなかった。ただ、その気持ちをどう言葉にして良いか分からなかった。何を言っても通らない気がしていた。そこで僕が選んだ手段は大声で泣くことだった。選んだというよりも泣くことしかできなかったと言った方が良いかも知れない。
あまりに泣きじゃくる僕に根負けしたのか
「…そんなに嫌ならやらなくていいよ」
先生は何か哀れむような目をしてそう言った。
自分の望みは叶った。
だけど全く嬉しくない。なんでこんなに嫌な気持ちになるのだろう。
それ以降僕はなんとなく主張を通すのが悪いことであると思うようになった。自分が一歩引けば全て丸く収まる。そんなふうに思うようになっていた。
それから僕は自然と主張や交渉から距離を置くようになった。一生主張や交渉から逃げ切ってやるつもりだった。しかしそう甘くはなかった。
「これ、クライアントのところ行って説明してくれない?」
営業などの仕事を避け、内勤の専門職をしていたはずだった僕はいつの間にかクライアントとの交渉という戦場に駆り出されるようになったのだ。
当然上手くいくことは少なかった。当たり前だ。今までそういう場面を避けてきたからだ。
交渉の場に出るたびに無力感とイライラを毎回のように持ち帰る。それだけであった。
いったいどうしたらいいのだろう。
こういう人たちに何を言ったらいいのだろう。
「あー、そういう人は不安を消してあげればいいんすよ」
目の前の彼女はそう言った。
「コミュニケーション部」という名前のイベント。
「コミュニケーションの鬼があなたのコミュニケーション力をアップする1DAYレッスン」
そんな触れ込みだった。
そこにいた「コミュニケーションの鬼」が彼女であった。
「自分に任せてください!って言っちゃえば意外に大丈夫ですよ!」
鬼というよりは愛玩動物のようなオーラをまとった彼女はそう続けた。なんとなく彼女が言うならそうなんだろうな、という変な説得力があった。
しかし、その次に出て来た言葉が胸に刺さった。
「でもそんな時ってだいたいこっちも同じなんですよね」
なるほど。
そういうことだったのか。
あんなにクライアントが高圧的なのに怯えて目をしていたのは。
あの時目の前にいたのはクライアントではなく僕自身だったんだ。
コミュニケーションとは例えるなら鏡のようなものだ。
こちらが不安そうにしていると向こうも不安になる。
こちらが怯えるからあちらも怯えて攻撃的になる。
だから営業さんは冷静に謝っていたんだ。
別に「大人の対応」だからそういう態度をとっていたのではない。クライアントの不安を汲み取って、その不安を消そうとしていたのだ。
「コミュニケーション部」
一度参加しただけでコミュニケーションが上手くなるとか、交渉が上手くるとか、そういうことはないだろう。
でも一歩ずつ進んでいこうと思う。
次にクライアントに会った時には
「大丈夫ですよ。自分に任せてください!」
その一言を言おうと決めている。
もちろん、その前に自分自身にも。
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