鏡の中の異文化
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:西藤太郎(ライティングゼミ平日コース)
二十人近いイスラム教徒の一団がこちらへ歩いてくる。
これから礼拝なのか、終わって帰るところなのか、全員が正装の白いローブに身を包む。
何かをされるわけではないが威圧感はぬぐえない。
いつから見かけるようになったか記憶は定かでなく、気付けば自宅の近所でたまさかすれ違うようになっていた。
外国人観光客は目立って増えたが、日本に居住する外国人もとみに増加している。
官公庁が発表する統計数字にもそれが反映されている。
チェーンの飲食店などを利用するひとならば、だれもが気付いているだろう。
以前、地元の中華料理店に入ったときのこと。
昼飯の時間をはずした店内に客はわたしと白人のふたりだけ。
ひとりで食べにきたのかと白人に感心しているところに、褐色の肌をした東南アジア人が注文を取りにきた。
白人と東南アジア人は日本語でやり取りをしている。
「ほー」と感心したのもつかの間、厨房から顔を出したコックが中国語の訛りが抜けない日本語で東南アジア人を呼ぶ。
客である日本人と白人、店員の東南アジア人と中国人の四人。
交わす言葉はみな日本語に違いないが、まさかこんな場所で自分がマイノリティ、「外国人」になろうとは思いもしなかった。
日本人の思惑を置き去りに異文化は裾野を広げる。
異文化といえば、学生時代に友人とふたり、フランス・ベルギー・スイスをめぐる卒業旅行をしたことがある。
日程は二月のほぼ一ヶ月、つまりは厳冬期。
どの国も北海道より北に位置するため、野宿などすれば凍死は必至。
それにも関わらず、宿を予約したのは初日のパリだけであとは日々現地調達。
三つの国はいずれもフランス語圏である。
片言のドイツ語しか話せないわたしと英語も話せない友人。
今から振り返っても「ようやる」という感慨しか出てこない。
旅も中盤に差し掛かかった、フランスはリヨンでのこと。
フランス語しか話せないという宿屋の女将を相手にどうにかその日も部屋を確保した。
すると、わたしと彼女のようすを背後から見ていた友人がぐずり出す。
「翌朝は出発が早い。朝食をキャンセルし、その分の差額を返金してもらいたい」
あちらは英語が通じないし、こちらはフランス語が話せない。
身ぶり・手ぶりに日本語というかなり無茶な会話だったがどうにか通じた。
女将は朝食代を返金してくれると言う。
ところが、彼女とすったもんだしているあいだに時刻表を確認していた友人が「朝食を摂る時間がありそうだからやはり食べたい」と言い出した。
友人に向けた鬼の形相を引っ込め、女将に向き直るとわたしは再度交渉する。
彼女は、腹を立てず、辛抱強く耳を傾け、最後には笑顔で、朝食を用意すると言ってくれた。
ひねくれ者が多いというフランス人だが、我々のとんちんかんにつきあってくれた女将は無類に性格が良いひとだったのだろう。
だが、なにか釈然としない。
その日、わたしは書店へ行くと英仏辞典を買い求め、夜、ベッドで腹ばいになり、辞典を引き引き、手紙をしたためた。
翌朝、出発が早いわたしたちにきちんと朝食が用意されている。
昨日の会話はきちんと伝わっていた。
チェックアウトのとき、部屋の鍵と一緒に昨夜の手紙を女将に渡す。
「次回は、フランス語を勉強してきます」
一応、フランス語で書いた。
ただ、文法などまったく分からないから単語を数珠つなぎにしただけのお粗末さ。
それでも、読んだおかみは破顔一笑、うんうんと頷いてくれた。
「ちょっと良い話」のように綴ったが、これは懺悔録である。
観光旅行するのに、必ずしもその国の言葉を学ぶ必要はない。
女将が、言葉を知らないわたしたちのドタバタに見せた笑顔は、サービス業であるならば、当然の対応とも言えよう。
けれども、我々の振る舞いは正しかったのか。
観光客だから笑って済ませてもらって当然だったのか。
釈然としないのはその点だった。
異文化との交流は鏡である。
鏡に向かって手を差し出せば、鏡のなかの人物もこちらに手を差し伸べる。
鏡に背を向ければ、鏡のなかの人物も向こうを向いてしまう。
相手に理解を求めるならば、まず自分が理解する姿勢を示す。
わたしと友人のように、一方的な主張を押しつけていれば、やがて相手も同じように振る舞うだろう。
観光客だから一方的な主張が許されている部分もある。
だが、外国人を隣人にもち、共生していくときに、それはどうなのか。
相手を軽んずれば、向こうもこちらを軽んずる。
目を背ければ、向こうも目を背ける。
鏡は「わたし」の姿を忠実に映し出す。
自分が理解に努めたのと同じ時間をかけて相手もこちらを理解してくれる。
クロワッサンとコーヒーだけの朝食に「プチデジュネ・トレビアン(朝食、最高)」とこれだけは口で伝えたら、女将はのけぞるようにして笑っていた。
彼女の屈託ない姿がわたしに手紙を書かせたのだと気付くのは、ずっと後年のことである。
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