休み時間のチャイムに学ぶチーム作りのコツ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:猪瀬祥希(ライティングゼミ平日コース)
「キンコーン、カンコーン」
学生時代、休み時間を知らせるチャイムは、授業の終わりであると同時に遊びの始まりの合図だった。
遊ぶことが大好きだった私は、大人になってからゲームソフトの開発会社に就職した。
そのゲームソフトの完成期日は、一ヶ月後に迫っていた。
発売日は、雑誌広告を通じて発表済みだった。
万が一期日までに完成しなければ、発売延期を知らせる謝罪広告を掲載しなければならない。
もしそんなことになれば、発売を楽しみにしているファンとの絆を傷つけることになりかねない。
発売延期は、売上に影響を与えるのはもちろんのこと、さらに信頼を失う可能性まである。
その重要性は、開発に携わるメンバーの誰もが理解していた。
だからこそ、期日に間に合わせようと全員が必死に働いていた。
それまで一年以上の時間をかけて開発してきたゲームソフトの、最終段階。
バグチェックと呼ばれる、不具合の最終検査が行われていた。
不具合と一口に言っても、誤字脱字のような軽微なものから、ゲームの進行に関わる重大なものまで色々な種類がある。
そうした理由から、最終検査には各方面から多くの関係者が参加し、それぞれの観点で検査が行われる。
最終検査で見つかった不具合は、続々と開発チームに報告される。
それを受け取った開発チームは、不具合を修正する。
この作業を何度も繰り返すことで、製品の完成度がより高まるのだ。
ところが、このプロジェクトでは、想定をはるかに超える大量の不具合が発見されていた。
開発チームは必死に修正するが、次々見つかる不具合に修正スピードが追い付くことはなく、未修正の不具合数は増える一方だった。
期日までにすべての不具合を修正できなければ、その先に待っているのは発売延期だ。
このような状況に対応するため、リーダーはずっと休んでいなかった。
当然、メンバーは休みを取りにくく、精神的にも肉体的にも全員が疲弊していた。
がんばっていても、期日までに完成させることができるかどうかわからない状況。
リーダーの不安と焦りは、頂点に達していた。
イライラを隠しきれず、メンバーとのコミュニケーションはおろそかになっていた。
「給料をもらってる以上、プロなんだから言われたことはきちんとやれ」
「こんなに作業が進まない理由がわからない。やる気はあるの?」
「新入社員じゃあるまいし、なんでこんな簡単なことができないんだ?」
こんな暴言を投げつけられるメンバーのダメージは、計り知れない。
しかも、リーダーに言い訳や反論をしようものなら、すぐにキレる始末。
やがて開発現場からは会話がなくなり、静かで張りつめた重苦しい雰囲気が漂っていた。
面白いもの、楽しいものを開発する現場なのに、だ。
期日が2週間後となった日の朝、リーダーは社長秘書から連絡を受けた。
すぐに社長室に来るように、という社長からの伝言だった。
リーダーである私は、重い足取りで社長室に向かった。
「昨日現場の様子を見に行ったが、お前に任せておいて本当に大丈夫なのか?」
社長が自分自身に問いかけているのか、それとも私に問いかけているのかよくわからない質問だった。
とりあえず、メンバーの技術不足が露呈していること、不具合は増える一方であること、全体的に停滞ムードであることなどを、手短に説明した。
「そんなことは、聞いていない。聞いているのは、お前がリーダーで大丈夫なのかどうか、だ」
今なら、わかる。
リーダーが、停滞している原因をメンバーのせいにするような人間でいいのか、と。そういう意味なのだ。
しかし当時の私はそんなことはわからず、何と答えればいいのかわからずに黙っていた。
長い沈黙の後、社長は重い口を開いた。
「全員を2日間休ませろ。今すぐに、だ」
冗談じゃない。ただでさえ、残り少ない日数である。
2日の遅れを取り戻すことがどれだけ大変なのか、社長は現場のことがわかっていないのではないか。
それならば、納期の延期もお願いしたい。
口を開きかけた瞬間、「いいから、言われた通りにしろ!」と、言葉が飛んできた。
その後現場に戻った私は、メンバー全員を集めて、2日間の休暇を宣言した。
休みを終えて再会したメンバーは。誰もが明るい表情をしていた。
まるで、休み時間を終えた小学生のように充実した顔だった。
おそらく、私自身もそうだったに違いない。
もし休み時間のない学校があったとしたら、その学校の生徒は登校から下校までずっと集中して勉強することはできるのだろうか。
きっと、そんなことはないはずだ。
つまり、あの社長命令は、休み時間のチャイムだったのだ。
何かを成し遂げるために、集中力は大切だ。しかし、それだけではダメなのだ。
集中力を継続させるためには、休み時間が必要なのである。
ましてや、ここはゲームソフトという娯楽を作る場所である。
休み時間のような楽しい雰囲気だって、必要なのだ。
早速仕事に取り掛かると、休み前の停滞ムードはどこかへ消え、仕事は一気に進んだ。
停滞していたのは、メンバーの技術不足でも、やる気がなかったわけでもなかった。
変わったのは、私を含めた一人ひとりの気分であり、その気分が生み出すチームの雰囲気である。
おおげさに言えば、チームが新しく生まれ変わったのである。
とはいえ、2日間休んだ分、その後の作業は決して楽ではなかった。
しかし、集中力と明るい表情を取り戻したメンバーのおかげで、納期までに開発を終えることができた。
完成日。
全員が子供のように無邪気な笑顔で喜んでいたことを、20年経った今でも忘れられない。
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