メディアグランプリ

裸なんてとんでもない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:まるせモイズ(ライティング・ゼミ日曜コース)

「えー、先生なに言ってるのん」「とんでもない」
圭が通っていた公民館のクロッキー(人体スケッチ)会場でのことだ。
クロッキー会場の常連の未知さんからすっとんきょうな声が響いた。
今日は突然モデルが来れなくなったと間際になって連絡が入ったのだ。
そのあとのことだった。
こともあろうに指導の先生が描き手の1人未知さんにそっと声かけしての反応だった。
当然だと思う。
「何でプロでもない彼女に頼まんと、いかんのや」
圭もおかしいなと思った。
着衣でもみんなの前でモデルをするとなると緊張と不安にかられるのに、まして。

それから10年は経過した。
圭はプロのモデルを雇って描いていた。
なんとそのモデルはあのとき公民館で声を荒げていた未知さんである。
未知さんは三十を超えていた。

未知さんはこんな話をしてくれた。
事業をしている父と母それに妹の4人暮らし。あるとき母親が病気で寝込むようになり未知さんが家事全般の面倒をみることになった。
家計を少しでも助けるためもあって役所のアルバイトに出ていたが看病との両立に四苦八苦していた。
「どうにかしないと」
妙案が未知さんに浮かんだ。
「そうだ、絵の着衣モデルになれば短時間で収入もある程度得られるし」
趣味で絵を描いていたからこそ、未知さんにとっていい仕事だ、名案だと思った。
電話帳でなんとか調べて大阪にある美術モデル斡旋所なるものを見つけて訪ねて行った。
元モデルをしていたという六十代半ばくらいのオシャレで品のいい女性が対応してくれた。
未知さんはかなり緊張していたらしい。
事務所の雰囲気も、律儀そうで親切なお姉さんだったのも未知さんを安心させた。
未知さんは思い切って話し始めた。
「週2、3回くらいで、着衣の仕事が出来たらいいんですが」
お姉さんはしばらく黙って聞いていたが、ぽつりと切り出した。
「うーん。すこし難しいかな」
未知さんにとって意外な答えだった。
「???」
「着衣のモデルはほとんど需要がないですよ」
しばらく間があった。
未知さんは事情を聞いているうちに半ば腹をくくった。
腹をくくらされたのかもしれない。
元裸婦モデルをしていたというお姉さんは、未知さんにとっては母親くらい年の差がある。彼女の立ち居振る舞いや話しぶりにすっかり魅了された。
「思っているほどやくざな商売ではないかも」
未知さんの話しぶりが圭にはおかしかった。
事務所の初対面のお姉さんの印象から、信じてついて行こうかとも思った。
それでも裸にはかなり抵抗がある。
「そうでしょう?」未知さんは回想しながら圭に相槌をもとめた。
ほかに仕事を探すうちにもどんどん時が経つだろう。
未知さんの様子を察してお姉さんは簡単な仕事内容の説明をしだした。

遅刻しない、下着のあとは付けない、水着の日焼け跡を残さない、素描の妨げになるので化粧はしない、痩せ過ぎない、その他にモデルの7つ道具としてタイマー、休憩時着用ガウン、アップにする髪留め、水分、スリッパ等々。
モデルの中には下着跡を付けないため、裸にレインコートとヒール靴のみで電車に乗って会場に出かけたツワモノもいたという。
「スリルがあったよ」とはそのモデルさんの言。
未知さんはかなり不安になった。だが人と接する営業や事務仕事には向かない未知さんである。一応の仮契約をしてその日は帰宅したらしい。

迷う間もなく初仕事の要請があった。美術予備校の仕事をもらって生まれて初めて裸婦モデルをした。
妹には絵のモデルをするとだけ言っている。しかしどこか感づいているらしい。だが互いに口にしていない。父親にはとても言えない。
初仕事は意外だった。ガウンをとる直前まではガタガタ震えていた。高さ40cmのモデル台の上に立ちポーズで20分の静止だ。
いざ始まってみると意外に堂々と振舞った。自分でも不思議だと思ったらしい。ひとまわりも若い男女予備校生たちの真剣なまなざしを直視できない。モデル台を中心に扇状に囲んで描く。画学生の懸命さに羞恥心も薄らぐ。ただただ静止することのみ集中していた。しかし彼らの眼の届かない背中や脇には、冷や汗が流れていたのだけは鮮明に覚えている。

「この仕事私に向いているかも」
仕事を終えて自分の知らない心の奥のなお奥の方の何かに気づいた。
「自分は絵にも興味ある。でも趣味の領域だ」「立場を変えて、自分が役に立っている」
という充実感があった。
「ありがとうございました」
妹弟以上に歳の離れた彼らから行儀のいい、ねぎらいの言葉をかけられた。
なにか自信がわき、ここちよい感覚をおぼえた。

「自分には天職かもしれない」
未知さんは圭にきっぱりと言った。
「あのときモデルをしてたら良かったんだ」
未知さんは10年出遅れた自分を悔やんでいる。

現在、未知さんは自分でもモデルを続けながら小さな美術モデルクラブを立ち上げて
若いモデルたちを嬉々として育てている。

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2017-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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