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メディアグランプリ

夏と祭りと狐面


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:しんごうゆいか(チーム天狼院)
 
 

揺れる提灯。鼻を擽る香ばしい匂い。流れるように動いている人の波。
―――ここは夏祭りの会場。
 
こんなに人がいるのに、僕は一人で佇んでいた。
「なんでこうなった……」
 
時は数時間前に遡る―――
 
 
 
僕は、夏休みに田舎の祖母の家に遊びに行っていた。ちょうど、いとこも遊びに来ていたので、毎日が楽しかった。同い年の恭介と、恭介の3個上の姉である星姉(ほしねえ)こと星乃とは、毎年ここで会って夏を過ごした。
 
ある日の昼下がり。縁側で扇風機を回して涼んでいると、恭介が廊下をドタドタ走ってきた。
「ハルター! 今日夏祭り行こうぜ! 星姉が連れてってくれるって!」
そういって、恭介は僕に甚平を投げた。その甚平は紺色に鈴模様だった。
「それ着て行くぞ! 俺も星姉も、甚平と浴衣着るからさ」
恭介はそう言うと、その前にちょっと昼寝!と、縁側に寝転んで昼寝をし始めた。大の字で口を開けて寝息を立て始めた恭介を見て、思わず笑ってしまった。
恭介は、学校でも人気者になるタイプのいい奴だ。おとなしめの僕とも、小さいころから仲良くしてくれている。
 
しばらくして、廊下からまたドタドタと足音がして、寝ている恭介を見下ろすように、長い髪をポニーテールにした星姉は立ち止まった。眉根は寄せられているのに、笑っている。
あ、やばいな、これ。
「ちょっと、恭介!! すぐ準備してっていったよね? なのに、どうして寝てるのかなあ? 恭介君は馬鹿なのかなあ?」
「……あ、いや、星姉、違うんだ! 今やろうと思ってたとこー!」
「こら! 逃げるな!」
恭介は飛び起きて、甚平を抱えて、逃げるように廊下を走っていった。
初めに言っておきたい。星姉は基本的には優しい。
「ねえハルタ」
「……はい」
「今の、聞こえてた? ……すぐ、準備してって、いったよね?」
「すぐに準備させていただきます!!!」
星姉は優しい。
でも、怒らせると本気で怖い。たぶん、地獄の天魔様より怖い。
僕は恭介と同じように、甚平を抱えて、逃げるようにして準備に向かった。
 
「おいハルタ! 準備できたか?」
グレーに白の縦縞がはいった甚平を着た恭介が、襖から顔を覗かせた。
「うん。ばっちりだよ。恭介、甚平よく似合ってんじゃん」
そう言うと、恭介は、へへ、と嬉しそうに笑った。
「お前もな! さすがは婆ちゃんだよなあ。俺らに似合うのをばっちり見立ててくれるもんな!」
恭介の言った通り、毎年、僕たちの甚平は婆ちゃんが見立ててくれていた。自分で言うのもなんだが、今年の甚平も僕によく似合っていると思う。
「恭介、ハルタ。準備できた?」
淡い水色の浴衣を着た星姉が、顔を覗かせた。浴衣姿の星姉は綺麗で、不覚にもドキッとしたことは秘密だ。
「できたできた! 星姉早くいこ!」
「よし! じゃ、夏祭りに出発だー!」
「おー!」
 
 
揺れる提灯。鼻を擽る香ばしい匂い。流れるように動いている人の波。
毎年、近所の神社で開催される夏祭りには、多くの人が訪れ、屋台も多くでる。
夏祭りというのは、何度来ても心躍るものだ。
……心躍るものなはずなのだが。
 
「なんでこうなった……」
おかしい。先ほどまで、恭介と星姉と屋台をまわっていたはずなのに。
ちょっと金魚すくいに目を奪われているうちに、はぐれてしまったようだ。
中学生にもなって、迷子になってしまったらしい。
合流しなければと思うものの、この人の多さではかなり難しいだろう。
とりあえず、せっかく夏祭りに来ているのだし、僕は歩き回ることにした。
 
毎年来ている夏祭りともなれば、会場はそれなりに広いが、なんとなくどこに何があるかわかっている。りんご飴に綿菓子、焼きそば、イカ焼き……。多くの屋台が並んでいる。
一人でもそれなりに楽しめるものだな、なんて思いながら屋台でイカ焼きを買った。
買ったイカ焼きを食べながら、ぶらぶら歩いていると、ふと横道が目に入った。
「あれ、こんな道、あったっけなあ」
僕は、よく知らないその道に入ってみることにした。
言っておくが、普段僕は好奇心の強いほうでもないし、冒険するタイプでもない。それなのに、僕がこのよくわからない道に入ってみることにしたのは、恐らく、夏祭りの浮ついた雰囲気にあてられたのだと思う。
 
 
少し歩くと、大きな通りにでた。そこは先ほどいた屋台の通りのように見えるが、それは有り得ないことだった。なぜなら、僕はこの道を真っすぐに歩いてきたからだ。
「……気のせいか」
そう思うことにして、僕はその通りを歩きだした。
りんご飴に綿菓子、焼きそば、イカ焼き……。さっきの通りにもあった屋台が並んでいる。でも、この通りは先ほどの通りと似ているようで、何かが違った。言葉では説明がつかないのだが、何となく、違うのだ。通りを歩いていても、さっきと違って全然楽しくなかった。むしろ、どんどん暗い気持ちになっていった。もしかしたら、僕はもう、恭介と星姉に会うことはできないんじゃないかとさえ思った。
 
あれ。おかしいな。毎年きているはずなのに、帰り道がわからない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
 
涙がこぼれそうになったその時。
「……おや。そこの、鈴模様の坊ちゃん、こんな所にきてはいけませんよ」
声をかけられ、振り返った。そこには狐面を付けた白い浴衣姿の男が立っていた。
「帰り道……帰り道が、わからないんです。毎年来ているお祭りなのに、ここがどこだかわからないんです」
僕は、初めて会ったその狐面の男に縋るように助けを求めた。狐面の男は、なるほど、と呟いて、僕の頭をなでた。
「それは大変な思いをしましたね。おいでなさい、私がご案内しましょう」
狐面の男は僕の手を取り、スルスルと人の間を針のように抜けていく。涙で目が潤んでいて、周りの景色はよく見えなかったが、来た時よりも長く歩いた気がした。
どれほど歩いただろう、気づくとある屋台の前にいた。
「さあ、ここまで来たらもう大丈夫。お疲れ様です、坊ちゃん」
僕を案内してくれた狐面の男は、この屋台の店主のようだった。
「本当にありがとうございました。あの、さっきの通りって……?」
似ているようでどこか違う、あの不気味な通りのことが、僕はどうしても気になっていた。
狐面の男は、屋台の品を並べながら、フッと微笑んだ。
「世の中には知らないほうがいいことが多くあります。あの場所はそういったことの内の一つなんです」
そう言うと、狐面の男は面を外した。
僕は思わず息をのんだ。それほどまでに、とても、美しい人だった。その涼しげな目の端に紅を引いていて、色白の肌によく映えた。
「この面を差し上げましょう。お面はもともと、魔除けの効果があるものですからね。坊ちゃんがもう二度と、あんな場所に迷い込まないように、惹かれないように、きっと守ってくれますよ」
渡されたお面は、とても美しいものだった。
「そんな、申し訳ないです! こんな綺麗なお面……! せめてお代を払わせてください!」
慌ててそう言うと、
「いいんです。その面は私の自作なので、店の物ではないんですよ。ぜひ、もらってください」
にこりと微笑まれて、僕はどうにも断れなくなり、結局いただくことにした。
「ありがとうございます。……ところで、この屋台って何屋さんなんですか?」
ずっと不思議に思っていた。屋台に並んでいる商品は、とても綺麗なものばかりなのだが、どこか、この世のものではないような、そんな感じのするものばかりだったからだ。
「……坊ちゃんは、その手のものに惹かれやすいようですね」
男は心配そうに笑いながらそう言った。
「先ほど、世の中には知らないほうがいいこともあるといいましたが、この屋台もそれに近い存在なのですよ。売られている商品もあちらで手に入れてきたものばかりですから。あ、でも、危ないものはおいてませんから、安心してくださいね」
そういって、男は店に並べてあった万華鏡を手に取り、くるくると覗いた。
「おや。坊ちゃん、お連れ様がすぐ近くまでいらっしゃっていますよ」
万華鏡から目を離し、男はこちらを向いた。
僕の知っている万華鏡は、そういったことがわかるものではない。あちらの世界の万華鏡なのだろうと思った。
「わかりました。本当にお世話になりました」
そう言って、屋台に背を向けた。
 
「またどこかでお会いできたらいいですね、鈴模様の坊ちゃん」
 
振り返ると、今の今まであったはずの屋台は、店主と共に、忽然と姿を消していた。
 
 
 
「あ! いた! ハルタいた! 星姉、ハルタいた!」
「この馬鹿ハルター! どんだけ心配したと思ってんの!」
向こうのほうから恭介と星姉が走ってくる。
 
僕は狐面を付けると、もう、屋台のほうを振り向かなかった。
 
***

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2017-11-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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