湿気を感じて人生変わった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:永井聖司(ライティング・ゼミ日曜コース)
美術に出会っていなかったら、僕の人生は一体どうなっていたんだろう。
そう思うことが、時々ある。
その時僕は確かに、あるはずのない『湿気』を感じた。
霧の中に飛び込んでしまったように、顔や服の上から湿った空気がまとわりついて、周りの空気がぐんと重くなる。少し蒸し暑くて、でも不快ではない。
展示品を守るために、温度や湿度調節されている美術館の中で、そんなことが起こるはずもない。
でも僕は、一つの作品を見た瞬間に、そんな感覚にとらわれてしまった。
作品の世界が、一気に外の世界に漏れ出して、僕の周りを包み込んで、世界を一変させてしまう。
数秒前までいたはずの場所と、全く違う場所にいるような、それまでの人生の中で味わったことのない、不思議な感覚。
『美術の力』とはこのことかと、思い知らされた瞬間だった。
そもそも僕は、美術に縁もゆかりもなかった。絵を描くのはドヘタで、シャチホコを描いたはずが、魚であることすら認識してもらえないレベル。絵心のある家族や親戚もいなければ、大学生になるまで美術館に行ったことすらなかった。そんな僕が日本美術史のゼミに所属するようになってしまったのも、やりたかった演劇や脚本の研究が出来そうなのが、そのゼミしかなかったというだけに過ぎない。
その日のことは、不思議と今でも覚えている。
就職活動で東京に出てきていたその日、時間を持て余した僕は、上野の東京国立博物館に向かった。安土桃山時代、いや、日本美術史を代表する絵師、長谷川等伯の展覧会が行われているためだった。そこまで研究に熱心ではないにしても、一応は日本美術史のゼミに所属している身だ。『見ない』という選択肢はなかった。
水墨画を中心とした等伯の作品は、どれもこれも、素晴らしいの一言だった。水墨画で表された、動物たちの毛の表現や空気感、筆さばきは繊細で、とても美しく、猿を描いた作品に関しては笑ってしまうぐらい可愛らしかった。とてつもない技量と世界観に、確かに評価されるのもわかるな、と思いながら出口に向かっていった最後の展示に、それはあった。
国宝『松林図屏風』
雨の中で揺れ、霞む松の木が、豪快な筆さばきで描かれていた作品だった。
その作品を見た瞬間、僕の世界は、様変わりしてしまった。
本当に凄い美術作品にはこんな力があるんだと、素直に思った。
そのパワーは、屏風の中だけに収まりきらず、周囲の世界を巻き込んで、空気も世界も変えてしまう。
長谷川等伯が日本美術史上でとても重要な人物であるとか、この作品が国宝であるとか、そんなことは全く関係なしに、全てをねじ伏せ、空間を支配し、屏風の世界の中に、見る人々を引きずり込んでしまう、恐ろしいぐらいの力。
その場に、僕が何分いたのか、まるで覚えていない。確実に10分以上、下手したら30分ぐらいいたんじゃないか。安土桃山時代に描かれた、雨の松林の世界の中に、僕はどっぷりとハマっていた。
あの感覚を、また味わってみたい。
ゴールデンウイーク、夏季休暇、長期有給休暇、冬季休暇。今、長い休みが取れた時、僕はほとんどの時間を、関西や東京の、美術館で過ごす。今住んでいる広島からの移動費も、決して安くはない。美術館のチケットだって、安くて1000円、高いところだと1800円ほどするものもある。旅が終わると、自分の使った金額にびっくりすることもしばしばある。あまりの僕の熱中ぶりに、同僚たちは若干呆れ気味ですらある。
関係ない。
あの感覚を味わった時の幸せを、覚えているから。自然と口元が笑顔になって、その他の全てを忘れられる。作品と僕の間に、他の人が入り込んできても、まるで気にならない。
神様を感じるとか、運命を感じるとかいうのは、もしかしたらこういう感覚なのもしれないと思う。
夢のような感覚の中で、その作品と僕だけがあって、そこには幸せしかない。
今、その感覚に出会えるのは、1年に一度、あるかないかだ。
しかも、どの作品を見ればその感覚を得られるのかは、いくら事前に調べてもわからない。すごい作品だと聞いて見に行ってみて、やっぱりね、といった感じで出会うこともある。一方で、交通事故のように、突然出会うような作品もある。でもそれが、とてつもなく楽しいのだ。
『何かお宝があるらしい』
『何か』がどういった形をしていて、どの辺りにあるのかもわからないまま僕は、ただただせっせせっせと、『美術』と名付けられた、霧に包まれた土地を、進んでいく。多分これから、ずっと。
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