メディアグランプリ

大きなアルミの鍋でカレーを作る時


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:津山隆平(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
一人暮らしを始めるときに、アルミの鍋を真っ先に買った。
買うと決めていたのだ。
 
四人家族でも使えるぐらいの大きなやつ。
直径は30センチを超えるぐらいで、深さは10センチと少しぐらいだろうか。
 
胴体は薄い金色。
両手の鍋で、手のところには黒い樹脂が付いている。
フタの真ん中にも同じように黒の持ち手が付いていて、オシャレにはほど遠い風体である。
 
でも、
この大きさの
この色の
この風体の
アルミの鍋を買うと決めていたのだ。
 
それは、田舎のおばあちゃんが使っていた鍋だからだ。
 
自分で言うのもおかしな話だけれど、最初の孫ということもあってか、ボクは祖父と祖母に随分と可愛がってもらった。
 
北陸の小さな町。
夏には大阪や京都からの海水浴客でにぎわうところだ。
小学生のボクは夏休みに、おじいちゃんとおばあちゃんの所に行く事をとても楽しみにしていた。
 
まだ「国鉄」の時代で、蒸気機関車に乗って約3時間。
とても堅い窮屈な椅子だったこともあり、子どものボクには3時間は途方も無いほどの長時間だった。
 
何度も「あと何分?」と両親に聞くのだが、全く到着までの時間が減っていかないのだ。ことさら時間がゆっくり流れるという事を実感していた。
 
到着すると、おじいちゃんとおばあちゃんは、とても嬉しそうにボクの名前を呼び「よう来たなぁ」と言ってくれるのだが、久しぶりの再会なので少し照れくさい。
 
海までは歩いて10分もかからないので、本当はすぐにでも泳ぎに行きたいのだが、ひと通りの挨拶やらおしゃべりやらに付き合っているので、到着した日は泳げないのだ。
 
翌朝は、早くからきれいな海で思う存分に泳いだ。
おじいちゃんが、まだ小さなボクを背中に乗せて泳いでくれたし、父も離れた島までボートで連れて行ってくれた。
お昼ご飯を食べる時間なんてもったいなかった。
 
夜になると家の前で花火をしてから、多くの人で賑わう町をブラブラ歩いた。おじいちゃんの顔なじみのお店でミルク金時を食べさせてもらった。
 
それから、何よりの楽しみは、おばあちゃんの料理だった。
海の近くということもあり、おばあちゃんは自転車に乗って新鮮な魚や貝を買い出しに行ってくれるのだ。
 
カンパチやらマグロやらの刺し身は、いくつかの大きなお皿一面をおおっている。大小のサザエのつぼ焼きもゴロゴロしているし、焼き魚はタチウオ。それにエビフライも定番で、これらが一度の夕食で出てくるのだ。
 
「この魚はなんていうか知ってる?」
「ナベワレっていうのよ」
「鍋が割れるほど美味しいって意味よ」
と教えてくれた。
「まだまだあるから、好きなだけ食べなさいよ」といって、薄い金色のアルミ鍋に入った縞模様の煮付けを見せてくれた。
 
魚を骨だけにするとおばあちゃんが喜んで褒めてくれるので、美味しいのと褒められたいのとで綺麗に食べたものだった。
 
おばあちゃんはカレーも作ってくれるのだった。
人参もじゃがいもも大きくて、四角いコロコロした牛肉が入ったカレー。
きっと子ども用に味付けしてくれているので、そんなに辛くない、おばあちゃんカレー。
 
海で思いっきり遊んでお腹がペコペコの時に食べるカレーは、体のすみずみまでチカラを行き渡らせてくれる。
 
「たくさんあるから、おかわりしなさいよ」
薄い金色のアルミ鍋にはカレーが山盛り入っていて、エネルギーの塊のようだ。
 
楽しい時間はすぐに過ぎる。楽しい夏休みの日々も一瞬で過ぎ、両親と家に帰る時には、涙が出そうなぐらい寂しい思いをしていた。
ことさら時間が早く過ぎることを実感していた。
 
一人暮らしをはじめた時にアルミの鍋を買ったのは、これなら美味しくてエネルギー満載の料理が作れるに違いないと思ったからなのだ。
祖母の鍋と一緒に過ごすことで、一人暮らしの寂しさを吹き飛ばそうとしていたのかもしれない。
 
結局、ボクには魚の煮付けは作れなかったし、カレーも2回ぐらいしか作っていない。でも、その後何度も引っ越したけれども、鍋はいつも手元にある。
 
そんな祖父母が亡くなって、ずいぶんと時間が流れた。
 
何もお返しができなかったボクだけど、今週末は、子どもたちにあのお鍋でカレーを作ってみようと思う。
 
***

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2017-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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