鼻づまりのおかげで気づいた本の可能性
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:NORIMAKI(ライティング・ゼミ平日コース)
季節の変わり目は、いつも体調がおかしくなる。私の身体はとても敏感で、スムーズに気温の変化には適応できないらしい。昔から鼻炎がひどいのだが、この時期はさらに悪くなる。そもそも、両方の鼻が通った状態というのがあまりよくわからない。だいたい片っぽずつ通っていて、ということは片っぽずつ詰まっていて、それが定期的に繰り返される。日常からのそういう状態に加え、秋から冬を迎えようとしている今頃なんかは、一日中くしゃみが止まらなくて、鼻をかみ過ぎてトナカイになってしまう日が何日もあるのである。そういう日が来ると、ほぼ匂いがわからなくなる。おいしいものでもうまく味わえないし、とにかく、結構しんどいのだ。
そんな状態でも、鼻が敏感に反応したことがあった。それは、買ったばかりの『殺し屋のマーケティング』に読みふけっていたときのことであった。気づくといつの間にか、顔が無意識に紙面に接近していた。次に来る文字をひたすら目で追い、登場人物のセリフは頭の中で声となって聴こえてくる。そういう臨場感のなか、ハッと別の感覚が迫ってきた。
「いい匂いだ」――それは、本が持つ紙の匂いだった。
一般的には、本には文字情報が詰まっている、と考えられている。ふつう私たちはそれを、目で追って吸収していく。小説になれば、先ほどの登場人物の例のように、頭のなかで声に変換される。というように、読書をするときにオンになる感覚は、視覚とせいぜい聴覚くらいだ。ところがどうだろう。これに嗅覚を導入すると、また違う世界が開けてこないだろうか。その本独特の匂いを嗅ぎながら、本文を読み進めていくと、立体感が一挙に高まってくる感じがする。おまけに、嗅げば嗅ぐほど、鼻の調子もよくなってくる気がしてしまう。
そんなことを考えてから書店に行ってみると、そこにはいろんな本や棚の匂いが入り混じった、芳醇な空間が広がっていることに気づいた。思わず、詰まった鼻で大きく深呼吸をする。また少しだけ、鼻が通る。「ああそうか、書店通いはアロマセラピーだったんだ」暇があれば毎日書店に行く理由を、ひとつ見つけたような気がした。
そうやっているうちに、一方で大きな危機感が沸いてきた。もし世界中の本が電子化されてしまったら、「鼻読書」はできなくなるんじゃないか。もっというと、紙としての姿がなくなると、匂いだけじゃなく、手触りとか、要点が書かれたページにつけた折り目とか、そういう三次元情報は一切消されてしまう。そうすると、紙のいい匂いに出会うあの感動もどこへやら……
もちろん、私たちが生きている時代に、紙の本がゼロになることは、まだ考えにくいとは思う。また電子化には、アーカイブや検索がしやすいという利点もある。ただ、天狼院書店の定義の「書籍は『本』の劣化版」に従えば、電子書籍のほうが「本」としての密度が下がるという解釈も成り立つ。そこで読者たる私たちは、今後電子化すなわち二次元化が進めば進むほど、本から三次元的体験を得られるよう、読書の方法を工夫していったほうがいいんじゃないか。
その実践の形のひとつが読書会だろう。もともと読書は、読み手と本が「1対1」で向き合う孤独な営みだ。けれど、そこに他者を巻き込むことによって、読み手と本の関係性が「1対多」に拡大される。そうすると、その空間には新たなうねりが生まれ、いってみれば新たな匂いが生まれる。より具体的にいえば、他人の感想を受けて、本に対する自分の見方が変わり、また違った読み方が可能になるといった具合だ。
さらに、本の映画化、漫画化、ミュージカル化といった効能も大きい。●●化されることによって、原作とは別の形でのイメージの吸収可能性が広がる。また、ミュージカルのようなリアルでインタラクティブな環境では、観客の反応が演者に直接的な影響を与えることもありえる。さらに、劇場にいれば照明の暑さや埃っぽい空気、そして出演者の汗の匂いすら伝わってくる。
このように、元は一冊の本であっても、媒体や読み方を多様に展開していくことで、情報の消費のされ方は無限大に開けていくのだと思う。つまり、「本」としての密度がどんどん上がっていき、原初的な「本」の形態であるライブにどんどん近づいていくんじゃないか。
そんなことを考えていたら、『殺し屋のマーケティング』の演劇版が楽しみになってきた。また、まだ企画されてはいないのかもしれないが、同書の読書会的なイベントも、勝手ながら楽しみになってきた。
そこでは一体、どんな匂いが発せられるのだろう。そのときのために、できるだけ鼻の調子を整えておきたいと思った。
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